『if…part2』

全ての事が終わって、健は夢中で本部の入口へと上がる階段を駆け上った。
ジュンもそれに続いた。
竜の『2か…。ジョーの番号だのう…』の言葉に我に返った健は、一刻も早くジョーの姿を確かめたかった。
生きて『俺の心』を返してくれ、と約束したのだ。
階段を勢い良く上がった健は、呆然とした。
ジョーの姿がない。
すぐに追いついて来たジュンと2人、立ち尽くしていた。
「ジョー…。俺の心をその手で返してくれ、と約束した筈だぞ…」
健の口からその言葉が迸り出た。
「俺なら…まだ…生きて、るぜ…」
か細い声が聴こえて、健は振り返った。
ジョーは爆風で離れた瓦礫の陰に飛ばされていたのだ。
「ジョーっ!しっかりしろっ!」
健は自分の真っ白い翼が血に塗れる事も厭わず、ジョーを抱き起こした。
「確かに…返した、ぜ…」
ジョーは震える手を持ち上げようとしたが、もはやブーメランを持ち上げる力さえ余してはいなかった。
健はその手を握り締め、そっとブーメランを受け取って腰に戻した。
「ああ、確かに返して貰ったぞ。
 ジョーは約束を守る男だと信じていた」
しかし、それを受け取った事で、ジョーが役目を終えたとホッとして逝ってしまうのではと言う不安に強く押し潰された。
「ジョー…。良く待っていてくれた。
 さあ、みんなで帰ろう」
健は優しく声を掛けると、竜にゴッドフェニックスの様子を見て来るように指示を出した。
「もう…これ以上は…限界、だ…」
ジョーは弱々しく言って、激しく血を喀いた。
それは血飛沫となって、健のバイザーを染めた。
「済まねぇ……待って、いるのが、やっと、だったぜ……」
ジョーが倒れていた場所に血溜まりが出来ている。
せめてゴッドフェニックスに連れ帰って、止血の手当だけでもしたい。
「竜、どうだ?」
健はブレスレットに話し掛けた。
『車輪はやられているが何とか動きそうじゃ。すぐに行く』
霧は晴れて視界は良好だった。
すぐにゴッドフェニックスの姿が見えた。
「ジョー、ゴッドフェニックスが来たぞ。
 気をしっかり持つんだ」
「ゴッド…フェニックス、の姿を…見た時、力が、沸いたぜ…。
 そのお陰で…基地から脱出、出来たのかも、しれねぇ……」
光を失いつつあるその瞳で、最後のゴッドフェニックスの勇姿を確かめるかのように、ジョーはじっと見つめた。
「おめぇ達、と…共に…闘えて良かった。
 健…おめぇは立派、な、リーダー、だっ…た…。
 最後の…采配は…大した、物だった、ぜ……」
ジョーは弱り切った瞳の力をまさに失おうとしていた。
「ジョー、しっかりするんだ。
 南部博士に逢いたくはないのか?」
健は力付けるかのように、ジョーの肩を抱き直した。
「もう……持たねぇ。
 博士には…申し訳なかった、と伝、えてく……」
ジョーはまた血を喀いた。
痛々しくて見ていられなかった。
「地球は救われたぞ。
 お前の闘いは決して無駄にはならなかった」
健がジョーを抱き締める。
「だから…まだ逝くな。
 帰って治療をしよう。
 俺達の為だと思って、一緒に戻ってくれ」
「健!」
竜がトップドームから飛び降りて来た。
「ジョーはおらが運ぶ」
竜は軽々とジョーを抱き上げて、トップドームへと戻った。
全員がそれに続いた。
コックピットに戻るとすぐに発進した。
そして事の次第を南部博士に連絡した。
『諸君。ご苦労だった。君達のお陰で地球は救われた』
「最後に原子爆弾が停止したのは、何の力によるものか解りませんが、俺達はツイていました。
 それより、ジョーが瀕死の重傷を負っています。
 連れて帰りますから、何とか助けて下さい」
『とにかく急いで帰って来たまえ』
南部はスクリーン越しにジョーの様子を見て、実は『もう駄目だ』と感じていた。
それでも、最善の手は尽くそう。
せめて自分の処に帰って来るまで、その生命の火を消さないで欲しい、と切に願った。
ジュンと甚平が傷の手当の準備を始めた。
だが、どうにも手が施せない状態だった。
ジョーは毛布を敷いた床に寝かされた。
座っているのも苦痛な筈だった。
傷口にガーゼを当てて、圧迫止血するしかなかったが、傷の数が多過ぎた。
毛布があっと言う間に絞れる程に血に染まった。
これでは、失血死を免れまい。
胴体に幅広の包帯を巻くしか方法がなかった。
健がジョーを後ろから抱き起こし、ジュンが包帯を巻いた。
だが、そのポーズさえもジョーには辛そうだった。
竜は必死に飛ばしたが、ゴッドフェニックスも満身創痍で思ったようなスピードは出ない。
「健、国連軍からドクターズヘリを回して貰おうかのう?」
竜が呟いた。
「いや、ゴッドフェニックスで行こう。
 ジョーはその方が本望だと思う」
ジョーがまた血を喀いたのか、ジュンが「ジョー!しっかりして!」と叫んでいる。
甚平も「ジョーの兄貴ィ」と泣き出しそうな声を出している。
「じ、ん、平……。馬鹿だなぁ、泣く、奴が…あるか……。
 おめぇ、は、男だろ?」
消え入るような声をジョーは搾り出した。
もうその視界は眩くなり始めていた。
「もう……眼が見え、ねぇ……。
 俺は、此処で……死ん、でも本望、だ…。
 おめぇ、達と…また逢えた、事、自体が…奇跡だ、から、な……」
「ジョー、元気になっておらに一発殴らせろ、と言った筈だぞい。
 そのまま逝ったら許さねぇからな」
竜が操縦席から声を掛けた。
「悪りぃな……。
 それは約束、して…ねぇぜ。
 健との、約束、を…果たすだけで……俺には、もう、精一杯、だった……」
ジョーの声は掠れ、弱々しかった。
呼吸が苦しげで、息をするのも辛そうだった。
「俺の…言いたい、事は…もう、さっきみんなに…言った、ぜ……」
「ジョー、死ぬな!死ぬんじゃない。
 お前はまだこれからじゃないか?
 ギャラクターを斃したら、レーサーとしてやって行くつもりだったんだろう?」
健の心が迸った。
「もう…無理だ……。
 頭痛、と眩暈で…レーサー、としてはやって行…けねぇ。
 俺はどうせ…脳の傷、が原因で…残り、僅かの、生命、だったんだ……」
ジョーの言葉と共に唇から血が溢れ出す。
もう喋るのはやめろ、と言いたいが、彼が言いたい事を全て聴いてやりたい、と言う思いが科学忍者隊のメンバーにはあった。
「もう…俺は、とうに覚悟を…決めた、んだ。
 その覚悟、を…今、になって、揺らがせないで、く、れ…。
 俺に…無様、な死に方、は、させないでくれ……。
 おめぇ、達のせい、じゃ、ねぇ。
 俺には、こう言う、生き方しか、出来、なかっ、た、んだ……」
ジョーは荒い呼吸の中、漸くそれだけ言った。
喋る度に唇から血が溢れ出る。
コックピットの中は血の臭いで充満していた
どれ程酷い傷を受けていたのか、胸が詰まる思いで、仲間達はジョーを見守った。
「みんな…あり、がと、よ…。
 俺の事、は忘れ、ろ……。
 おめぇ、達は、いい、仲間だった……」
これがジョーの最期の言葉となった。
良く此処まで意識を保って来たと思う。
健はジョーの手をしっかりと握り締めた。
ジョーの身体が弛緩して行くのを、健は実感した。
「竜、近くに着陸して、すぐにこっちへ来い」
健の指示で竜はすぐに着陸地点を探し、ジョーの元へとやって来た。
「ジョー、俺達はみんな一緒だ。
 お前は決して1人じゃない
健は握り締めた手に力を込めた。
ジョーが1度だけ薄っすらと眼を開いた。
しかし、その瞳には光が宿っていなかった。
彼には見えなくても、周囲を仲間が囲んでいる事が解ったに違いない。
「………………………………………」
言葉はもう出せなかったが、ふと弱々しく吐息を漏らした。
それがジョーの最期のひと呼吸だった。
健の手からするりとジョーの手が抜け落ち、健は慌ててその手を握り直した。
軽くなってしまったジョーの肉体を、健は魂が出て行かないように全身でギュッと抱き締めた。
「ジョー、逝くな!」
と叫びながら。
しかし、もうジョーの身体には力がなかった。
ジョーはついにその魂を肉体から手放したのだ。
「ジョー!」
仲間達は憚らずに泣いた。
もうすぐ南部博士の元に還れたのに…。
ジョーの顔色は次第に紙のように白くなって行った。
報せを受けた南部博士はヘリコプターで、ゴッドフェニックスの着陸地点にやって来た。
その後のコックピット内が愁嘆場になった事は言うまでもない。
南部博士はさすがに涙を見せなかったが、明らかに肩を落としていた。
手の施しようがなかった。
博士はAEDを持参していたが、既に手遅れだった。
どちらにせよ助かる生命ではなかったが、少しでも生き永らえさせてやりたかった、と言う思いと、楽になって良かったな、と言う思いが複雑に交錯し、博士は泣けなかった。
ただ、健に抱き締められたままのジョーの髪の毛にそっと触れた。
まだ彼の身体は温かい。
健はその体温を逃がすものかと意地を張るように、ジョーの身体を離さなかった。
「健……」
南部がその手を外そうとした。
「嫌です。ジョーが死んだだなんて!
 魂が身体から出て行かないように、こうして……」
「健。子供みたいな事を言うな。
 ジョーはもう神に召された……」
南部はそう言って健の肩をそっと叩いた。
健の身体から力が抜けた。
南部がそっとジョーの身体を横たえさせた。
「脳の傷が原因でもう生き永らえる事は出来ない状態だったのに…。
 こんな苦しい思いまでして、ジョーは満足だったのか?」
南部はその穏やかな死に顔に向かって呟いた。
「ジョーは……これが俺の生き方だったのだ、と俺に言いました」
込み上げて来る嗚咽を堪えながら健が呟いた。
南部は眼を逸らして、立ち上がった。
「竜、ゴッドフェニックスを私の別荘に戻しなさい。
 ジョーは手厚く葬って上げよう」
「……ラジャー」
肩を落としていた竜が、操縦席へと移動した。


※この話は065◆『if…』の別ヴァージョンとしてお考え下さい。
 もしもクロスカラコルムでジョーが発見されたら…と言うお話です。




inserted by FC2 system