『特別な場所へ…』

コンドルのジョーの死を受けて、ギャラクターの残党の襲撃を恐れ、南部博士の公用車は健か竜が運転する事になっていた。
それは博士にとっても、科学忍者隊にとっても何とも寂しい事だった。
ジョーが健在であっての、交替運転なら何も思わない。
だが…もうジョーは居ない……。
健が運転を担当していたある日、博士が「健、そこを右に入ってくれたまえ。少し寄り道をしてもいいかね」と言った。
「解りました」
健は博士も珍しい事を言うものだ、と思いつつ、ステアリングを切った。
博士は健の心の傷を知っていた。
それを少しでも癒してやりたい、そんな気持ちになっていた。
ジョーの事に敢えて触れないのではなく、彼の息づいた場所に連れて行く事で、健に克服して欲しいと願ったのだ。
丁度夕暮れ時だった。
そこはジョーの『特別な場所』だった。
丘が街に向かって突き出している。
そこから見る海と夕陽は格別な物だと言う事を、博士は公用の帰りに1度ジョーに連れられて来て教えられた事があった。
ジョーはこの場所を博士以外には教えていなかった。
「健、車から降りなさい」
博士はそう言うと、自らもシートベルトを外して、先に立って降りた。
「見たまえ。この景色はジョーが頻繁に見ていたものだ」
「えっ?」
「そこの草に跡がある。
 ジョーは最近まで此処に来ていたようだな」
「……あ、トレーラーハウスで……?」
「そうだ。此処に泊まって、沈み行く夕陽を見るのが、彼の格別の贅沢だったらしい」
「………………………………………」
健にとって、ジョーを思い出す事は懐かしい事であると共にある種の苦痛でもあった。
クロスカラコルムの地に『置いて来た』と言う感覚は、今も彼を責め立てる。
「健。自分を責めるのはもう止しなさい。
 このジョーが遺した場所から夕陽を見ていてごらん。
 自分がちっぽけな存在だと言う事に気付く。
 この場所にはきっとジョーが今も私達を見守っている筈だ。
 ジョーが今の君を見て、何と言うと思うかね?」
「………………………………………」
「ジョーは君を恨んだりしていない。
 いや、感謝している事だろう。
 自分を置いて敵地に突入した君の判断は正しかったと思っている筈だ。
 ジョーも科学忍者隊のサブリーダーだ。
 自分の役目は良く解っていた……。
 それに責められるべきは私の方なのだ。
 ジョーの近くに居ながら、病気を隠し通され、見抜く事が出来なかった。
 いくらカッツェの正体の研究に余念がなかったとは言え、私には慙愧に耐えない」
「博士……」
「見たまえ。ジョーは此処で心を洗っていたのだと思う」
水に溶かしたような見事なオレンジ色のグラデーションが空に広がっていた。
それが海にも映っていて、オレンジ色に輝く海が静かに波打っている。
「夕陽が沈んで来ると、沈む夕陽からこちらに向かって1本の道が出来る。
 ジョーはそれを飽きずに眺めていたらしい。
 故郷の島まで歩いて行けそうな感覚に捉われた事もあるようだ。
 実際にはそんな事は有り得ない事を知りつつ、ジョーはあの『道』に望郷の念を重ねていた」
「ジョー……」
「この場所は誰にも教えなかったらしいが、私がある日疲れ果てていた時に、ジョーは黙って此処に私を連れて来たのだ。
 私を椅子に座らせて肩を揉んでくれた…」
博士の声が一瞬揺らいだ。
健に背中を向けて、そっと涙を拭った。
博士にとっても、それは美しい思い出だったのだ。
「ジョーは生きている。そうは思わんかね?」
健は無心になって空と海を眺めていたが、不審げに振り返った。
ジョーは助からなかった筈だ、と言ったのは他でもない南部博士だ。
「肉体から魂は離れても、ジョーは私達の傍にいるではないか。
 今も気配を感じているのだろう?健……」
「はい、その通りです」
「そうやって、風になったり、陽の光になったりして、ジョーは君達を見守っている。
 科学者の私が非科学的な事を言うので、君には不思議だろうが、ジョーに関してだけはそんな気がしてね…」
博士は健の横に並び立って、『ジョーの丘』から夕陽がゆっくりと落ちて行く様を眺めた。
そのスピードは段々と早くなり、太陽の高さが水平線に近づいた時には彼らに向かって海の上に夕陽の道が出来ていた。
それはそれは見事な道だった。
「ああ、ジョーがあそこを歩いて行けそうな気持ちになったと言う感じ、良く解ります。
 ジョーの故郷は海にあるから余計にそうだったでしょう」
健が明るい声でそう言った。
「ジョーは俺達にはこの場所を教えなかったんですよ」
「ジョーは自分ひとりの秘密の場所にしておきたかったようだ。
 だが、疲れている私を見て、連れて来る気になったのだろう。
 休む事も必要です、と言ってな……。
 あの時は虹が出て、本当に美しかったのだ」
「ジョーらしいですね」
健が久し振りに笑顔を見せた。
ジョーが健を癒してくれたのだと博士は思った。
一番傷ついていたのは、他でもない健である事を博士も他の仲間達も良く知っていた。
ジョーを置いて行く決断をしたのは彼だったのだから。
でも、その決断の後押しをしたのは、ジョー本人だった。
その事も博士はジュンから聞いて知っていた。
「ジョーはもう、ギャラクターさえも、自分の出生の秘密さえも恨んではいないだろう。
 そして、君達と出逢って青春を過ごせた事に感謝しているだろう。
 一生の仲間だ」
「でも、遺された俺達にとっては、その一生の仲間の1人を失ったのです」
「健……」
博士は健の肩を抱き寄せた。
「『ジョーの森』も、『ジョーの丘』も逃げはしない。
 此処は環境保護地域だから、破壊される事はない筈だ。
 いつまでも此処にはジョーの気配が残っている……」
「そうですね…。こんなに素晴らしい夕陽をあいつは独り占めしていたんですね」
健は握り拳で涙を拭った。
「ジョーらしくないと思うかね?」
「いいえ、ジョーらしいと思います。
 あいつはレーサーなんかやっていて都会的に見えましたが、実は自然の中で暮らしているのが好きでしたから…」
「そうだな。『ジョーの森』のトレーラーハウスもあそこに置いていてやりたかったが、今度私の別荘の車庫に引き上げる事になったよ。
 健、一緒に行くかね?」
「撤去される処を見るのは辛いです。
 後で車庫に戻ってから部屋の中を見せて貰いますよ。
 あいつは綺麗にしていましたが、少しは整理が必要でしょう」
「そうだな。食品などは捨てるしかあるまい」
「俺達にやらせて下さい。
 ゆっくりジュン達とジョーの思い出に浸りながら片付けたいと思います」
「では、君達に任せるとしよう」
博士が微笑んだ。
「トレーラーハウスは保管しておけるのですか?」
「勿論だ。あれはジョーの城だったんだからね。
 私はずっと置いておくつもりだよ」
「ありがとうございます」
「ジョーの生きた証だからな」
2人が話している内に夕陽は沈み切り、辺りは『コンドルのジョー』を思わせるコバルトブルーに変化した。
「博士、帰りましょう。博士に風邪を引かせたら大変です。
 博士は地球の頭脳ですから」
健の言葉に博士がフッと笑った。
「え?」
「いや、ジョーにも同じ事を言われたな、と思ってね」
博士は穏やかな笑みを浮かべて、公用車に戻った。
健はもう1度空を振り仰いだ。
「ジョー……。また来るぜ」


※この話は371◆『空のパノラマ、夕陽の道』と421◆『君の蒼』の間の話となります。




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