『小さな記者会見』
「えっ?子供達が俺に?」
ジョーがサーキットから下りて来て足を止めたのは、サーキットの支配人から声を掛けられたからだった。
カート場で走り始めている子供達が、ジョーに話を訊きたいと言っているのだと言う。
「急に用事が入る事もありますが、それでも良ければ……」
ジョーは頭を掻いた。
自分もカートをしていた頃、憧れのレーサーはいたものだ。
今は自分がそんな存在になっているのか、と思うと何だか面映い。
F1レーサーなど上を見ればまだまだ多くの有名レーサーはいるものの、一番近くですぐに逢えるのがジョーと言う存在なのだろう。
それに彼はそう言った『上』を狙える存在だと早くから目されている事も、サーキットに隣接しているカート場の子供達は知っているのである。
「すぐに来ますから」
と支配人に言われて、ジョーはG−2号機に寄り掛かりながら、ペットボトルに入ったスポーツドリンクを一気に飲み干した。
汗で身体にピッタリと着いたレーシングスーツが筋肉の動きを見事に浮き出させていた。
その下にはいつものTシャツとジーンズを履かざるを得ないので、余計に暑い。
Tシャツなどビショビショになっている事だろう。
10人を超える子供達が「わぁ〜っ」と言いながらサーキット外の整備場へ駆け込んで来た。
「わぁ、やっぱり近くで見るとかっこいいっ!」
「お兄さん、背が高いんだね!」
「憧れちゃうな!」
子供達は一斉に喋り始めたが、針が落ちる音にも敏感に鍛えているジョーには、どの子供が何を言っているのかきちんと聞き分ける事が出来た。
「他の子にも解るように1人ずつ発言しなさい」
支配人がアドバイスを送った。
「お兄さんも此処のカート場に居たってホント?」
1人の賢そうな男の子が訊いて来た。
甚平と同じ位の年齢だろう。
「そうだよ。最初はカートから入った。
子供がいきなりストックカーやレーシングカーには乗れないからね。
特例で早く免許を取ってから、サーキットで走るようになった」
「お兄さんは史上最年少優勝の記録を持っているんでしょ?
どんな気分だったの?」
「そりゃあ、嬉しかったさ。
やってやったぜ、って感じかな?」
まるで子供記者会見でもさせられている気分だった。
「お兄さんの夢って、何?」
「お兄さんはくすぐったいから、ジョーでいいぜ。
そうだな。地球が平和になって、レーサーとしてもっと上を目指す事だな」
「もっと上って、最終的にはF1レーサーでしょ?」
「そうだよ」
「此処のサーキットからF1レーサーが出たら凄いなぁ。
ジョーってやっぱり凄いや」
「まだ何があるか解らねぇさ。
みんなも事故には気をつけなきゃならねぇぞ。
カートでの事故だって、怪我はするからな」
ジョーは出来るだけ優しい声になって言った。
「うん!」
子供達全員が声を合わせて答えた。
「まるで子供記者会見のようだったぜ。
質問攻めでよ」
『スナックジュン』のカウンターで、ジョーは少しへたばっていた。
「こう言う時に任務が入ってくれるといいんだが、生憎入らなくてな…」
「あら、ジョーったら不謹慎よ」
「それもそうだ…」
ジュンが窘めるとジョーは破顔した。
「なかなか解放してくれねぇんだ」
「そりゃそうだよ。ジョーの兄貴は子供達の憧れさ。
はい、お待ちどう様」
甚平がエスプレッソが入ったカップ&ソーサーをジョーの前に差し出した。
ジョーは早速そのカップを手に持った。
「ちょっとした優勝インタビューの気分になれたんじゃなぁい?」
ジュンがからかうようにジョーの顔を覗き込んだ。
ジョーはブッとエスプレッソを噴き出しそうになったが、何とか堪えた。
イタリア紳士としての嗜みがある。
だが、少し噎せてしまった。
「ジョーの兄貴、大丈夫?
全くお姉ちゃんが変な事するから」
甚平はカウンターの下から飛び出して来て、ジョーの背中をさすった。
「ジョーの兄貴…。痩せたね…」
甚平の手が止まった。
背中の筋肉はそのままだが、ごつごつした感じが手に残ったのだ。
「なぁに、次のレースの為に少し体重を落とそうとしているだけだ」
「ジョー、任務に影響がないようにしてね」
ジュンが心配そうにジョーを見た。
「ああ、当然のこった。解ってるぜ」
ジョーはニヤリと笑った。
「まだまだ俺は上を目指す。
ギャラクターを倒して、レーサーとして大成し、大きな記者会見を開いてやるんだ」
「じゃあ、今日のは『小さな記者会見』だったって訳だね」
甚平がカウンターの中に戻りながらウインクした。
「まあ、そんな処だな」
「今日の子供達の中からきっと第二のジョーが出るわ」
「そうだと嬉しいがな。
それよりもカートにも事故は付き物だ。
そっちの方が心配だぜ」
「ジョーは意外と子供好きだから、そう言った事が心配になるのよね」
「事故を起こさねぇ為の注意を沢山して来てやったぜ」
「小さな記者会見がジョーの交通安全教室になっちゃったんだね」
甚平が笑った。
「何食べる?お昼はまだでしょ?」
手を洗いながら注文を聞く甚平に、ジョーは
「今日はコーヒーだけでいい」
と答えた。
「ジョーの兄貴、また食欲がないのかい?」
「心配すんな。支配人が子供達の相手をした御礼にと、ちょっとご馳走してくれたのさ」
「そう言う事ならいいけど…」
ジュンが憂い顔で答えた。
ジョーが言った事が嘘ではないか、と彼女は思っていた。
この処ジョーの食欲が落ちている事は、ジュンと甚平が一番良く知っている。
「少しは竜を見習って食べなさい。
ジョーはもう少し太ってもいいんだから」
「さっきも言ったろ?
次のレースはレーシングカーレースだから、体重を落とした方が有利なのさ」
ジョーはエスプレッソを急いで飲み始めた。
逃げる用意をしているな、とジュンも甚平も感じた。
嫌な予感が頭を掠めた。
「無理はしないでね」
「ああ、任務に影響があるような事ぁしねぇ。
心配すんな」
ジョーは健に見つかる前に帰ろうとしているのが明白だった。
健もジョーが痩せて来ている事には気付くだろう。
この2人が気付いているのだから。
そうすれば小言が始まるに決まっている。
それはごめんだ。
「見てろよ!!
その内必ずでっかい記者会見を開く事が出来る人間になってやる。
その為にもギャラクターを壊滅させねぇとな」
ジョーはスツールから下りて、尻ポケットから財布を取り出し、小銭を掻き集め始めた。