『南部博士のお年玉』

「君達にお年玉を上げよう」
南部博士が徐ろに切り出したのは、三日月珊瑚礁基地の司令室での事だった。
確かにその日は正月2日だが、科学忍者隊のメンバーがお年玉を貰った事は近年無かった。
甚平だけはそっとお年玉を貰っていたようだが、他の4人は科学忍者隊としての訓練を開始した辺りからは南部博士からお年玉を受け取る事は無かった。
『親代わり』から『司令官』に立場が変わった事を示す為だろう、と健とジョーは思っていた。
その南部の口から『お年玉』と言う言葉が出た事で、ジョーは思わず健と顔を見合わせてしまった。
(オケラの健は嬉しいかもしれんが、俺は別にお年玉なんてガキみたいなもんは……)
「諸君に1日休暇を与える。
 ユートランド郊外のホテルに部屋を取ってあるから、温水プールなどの施設で楽しんで来るといい」
「えっ?」
全員が驚きの声を上げた。
「食事も豪勢な物が付いている。嫌かね?諸君…」
「いえ…そうではありません。ただ、例年にない事なので驚いただけです」
健が正直に答えた。
南部がふっと口元を綻ばせた。
「この配慮はアンダーソン長官によるものだ。
 たまには科学忍者隊を若者らしく遊ばせて上げて欲しい、とチケットを下さったのだ」
南部は5枚のチケットを一番近くにいたジョーに渡した。
「私からお願いして、甚平はジュンと同室にして貰った。まあ、たまにはゆっくりして来てくれたまえ。
 但し、任務がある場合は休暇を返上しなければならない事を忘れないようにな」
「ラジャー!」
南部は彼らの答えを聞くと、何か用事があるのか急ぎ足で司令室を出て行ってしまった。
「おい、健よ…。急に休暇って言われてもな…。変な気分だぜ」
ジョーが呟く。
休暇と言えばサーキットに繰り出すジョーだが、さすがに正月はサーキット場も閉鎖されている。
「アンダーソン長官も粋な計らいをするもんじゃのう」
竜が乗り出して、ジョーの手にあるチケットを覗き込んだ。
「まあ、折角ですもの。水着を用意して出掛けるとしましょうよ」
ジュンが言った。
「健…。このホテル、ドレスコードがあるんじゃねぇのか?このTシャツって訳には行かねぇぜ」
ジョーがチケットに眼をやりながら呟くと、
「え?」
健が慌ててチケットを1枚ジョーの手から奪い取る。
「本当だ…。高級ホテルじゃないか!この格好はマズイな……」
「俺達の柄には合わねぇぜ」
「でも、このまま無駄にするってのもよう…」
竜は高級ホテルの豪勢な食事が気に掛かって仕方がないのだろう。
「たまにはめかし込んで出掛けようぜ!」
甚平が指を鳴らした。
「甚平、水着は『赤フン』だけはやめとけよ!」
ジョーが鋭い声を出した。
「任務が入った時の事を考えて、いつもの服は別途持参するように。
 待ち合わせは11時にホテルのロビーだ」
健が指示をして、全員が一旦散った。

ホテルのロビーにはそれぞれめかし込んだ5人が揃った。
年上3人組は無難にスーツとネクタイ。
ジョーは細いウエストラインが強調されたデザインのダークグレーのスーツを着ている。
ワイシャツは紺色、ネクタイは黒とグレーのストライプ、と全てダーク系の色を選んで来た。
長い脚がそのスタイルを完璧にしている。
健は余り衣装持ちではないのか、先日の護衛任務で南部博士が用意してくれた時のスーツをそのまま着用している。
ブルーグレイのスーツに白いワイシャツ、黒と白のポーダーのネクタイだ。
竜は窮屈そうにダークブラウンのスーツにストライプのワイシャツを身に付け、ネクタイは無地のダークグリーンの物を緩く締めていた。
ジュンは白いミディアム丈のワンピース、甚平は紺のブレザーにグレーのスラックスを履いて来た。
「ほぅ〜。ジュンも女の子らしい格好をすると、見栄えがいいじゃねぇか」
ジョーが顎に手をやった。
その肘で健を突つく。
(健、褒め言葉の1つでも言ってやれよ!)
とジョーは言いたいのだが、健は「何だよ!」とまるでジョーの気持ちを理解していない。
ジュンはジョーの意図を感じていたが、この際健は無視し、
「ジョーも決まってるわね。さすが世界を股にするレーサーだけの事はあるわ」
「今じゃ任務で国内レースにしか出られねぇがな」
ジョーは無神経なリーダー様を放置する事にした。
「こう言う場所は慣れてるだろ?ジョー。チェックインはお前に頼むよ」
全く周囲の思惑を感じ取っていない健が言った。

ジョーは手馴れた様子で5人のチェックインを済ませ、まずはそれぞれの部屋に散った。
すぐに昼食の時間だ。
昼食はホテルの最上階にあるレストランに行くようになっていた。
「竜。高級ホテルのレストランなんだからな。
 余り食い意地が張っている処を見せると摘み出されるぜ」
ジョーがテーブルに着いた時に釘を刺しておいた。
こう言った場所でのテーブルマナーに一番長けているのも、実はジョーである。
「ジョーの兄貴ィ。おいら不安になって来たよ…」
「心配するなって、甚平。いい機会だ。俺がいろいろ教えてやるぜ」
緊張しながら食べた昼食だったが、さすがに味はジョーの肥えた舌も唸らせるものだった。
当然他の4人も大満足だ。
「ラウンジで少し食休みをしたら、みんなで泳がない?」
ジュンが誘って来た。
「そうだな…」
健が同意する。
「き…綺麗なお姉ちゃんが沢山居るかもしれんのう…」
「竜、おめぇの狙いはそれか?」
ジョーが呆れて見せた。

プールにはそれぞれ思い思いの水着で現われた。
男4人はトランクスタイプの水着、ジュンはビキニを着ていた。
先日、ジョーがバスタオル1枚で眼の前に現われた時は悲鳴を上げたジュンも、水着姿のジョーには別段驚かない。
しかし、ジョーの均整の取れた身体付きにご婦人方の視線が集まっている事にジュンは気づいた。
細く引き締まった、余計な肉が一欠片も無い、筋肉質なそのジョーの肉体。
大胸筋と腹筋がくっきりと浮き出ていて、背はスラッと高く、カモシカのように筋肉質で長く伸びた足。
細いのに、その身に纏う筋肉のせいか、ガリガリな印象は全くない。
そして、枯葉のような色の髪。
深く刻まれたイタリア人系の顔立ち…。
同様に科学忍者隊のリーダーとして当然ではあるが、筋肉質な身体を持ちながらも、それと相反する可愛らしい顔立ちの健も女性達の視線を浴びていた。
「2人共、女性達の視線が熱いわよ」
ジュンは何故かつんつんしながら、さっさと華麗にプールに飛び込んだ。
ピンク色のビキニに男性達の視線が集まっている事に彼女は気付かない。
「どうやらおら達だけ置き去りにされたようだのう、甚平」
「兄貴もジョーもお姉ちゃんも、人目を引き過ぎなんだよ…」
残った2人がぼやいていた。

夕食を摂り、ホテルの各々の部屋でのんびりと過ごす事が出来た為、久々に5人とも良く眠る事が出来た。
早朝からもう一泳ぎして、それぞれがシャワーを浴び、朝食に集合した。
この食事が終われば、休暇は終わりだ。
「アンダーソン長官のお陰でいい休養になったな…」
健が呟いた。
「ああ…。俺達がこんなにのんびりしてていいのか、とさえ思ったぜ…」
食後のコーヒーを味わいながらジョーが言った処で、全員のブレスレットが控えめに鳴った。
「健!お呼びだぜ!」
「ああ!」
全員がスッと立ち上がった。








ぺたる様より戴きましたイメージイラストです。
ぺたるさん、どうも有難うございました。
ぺたるさんのブログ『イメージ画あれこれ』はこちらからどうぞ。




inserted by FC2 system