『愛機との別れ』

ジョーが正式なレースで史上最年少優勝を攫ったのは15の時だった。
大人顔負けのテクニックを駆使して、コースで1位のドライバーを抜き去り、先頭に立ってチェッカーフラッグを通過した時は、サーキット内に紙吹雪が舞い上がり、掃除が大変だったとジョーは後で聞いた。
でも、その事はサーキット職員の語り草になっていて、今ではすっかり良い思い出になっているらしい。
その時は南部博士も忙しい中を抜けて、健と共に観客席に居た。
祝いに、と見せられたのがG−2号機だった。
ジョーはその日の事を鮮明に覚えている。
史上最年少で優勝した事よりも、G−2号機との出逢いの方が嬉しかったのだ。
あれから3年。
レースでも闘いの中でも、いつも共に在る。
彼の手となり足となり……、一番の相棒だと言っても過言ではない。
彼と苦楽を共にし、彼の喜怒哀楽、全ての感情をG−2号機は受け止めて来たのだ。
そのG−2号機と別れの時が迫っているのを、ジョーは痛感せずには居られなかった。
その為、1回出動する度に丁寧に洗車をし、ワックス掛けをした。
基地でやると不審がられるだろうから、いつもトレーラーハウスの横でそれをした。
トレーラーハウスもまた、彼の全てを知り尽くしている存在である。
G−2号機もトレーラーハウスも、科学忍者隊の仲間達以上に正確に彼の事を理解していた。
ジョーは感謝の気持ちで一杯だった。
「もう一緒にサーキットには出られねぇかもしれねぇ。
 だが、これまで俺と共に居てくれて有難うよ」
ジョーはそうG−2号機と自分自身に言い聞かせるかのように、それは丁寧にワックスを掛けていた。
まるで何かの儀式のようにゆっくりと時間を掛けた。
いつ訪れるか解らない突然の別れ。
それをジョーは覚悟していた。
彼が不調な時もG−2号機はじっと運転席に居る彼を守るかのように優しく見守っていた。
そんな時、G−2号機からは何物も寄せ付けない強いオーラが発せられていた。
ジョーが苦しんでいる処を誰にも見せまい。
見るのは自分だけで充分だ。
G−2号機はそうやって、ジョーを守っていたのだ。
その事はジョーも感じ取っていた。
だからこそ、これまでの感謝と愛情を込めて、一生懸命綺麗にしてやったのだ。
「よう、男前になったな」
ジョーが作業を終えて、言葉を掛けた時、G−2号機はクラクションを2回鳴らした。
ジョーはその事に驚く事はなかった。
最近はこうしてコミュニケーションが取れる事がある。
もう不思議な事ではなくなっていた。
ジョーはG−2号機の運転席に乗り込んで、シートを倒した。
「お前と居られるのももう残り少ないようだな…」
ジョーは眩暈を感じて、思わず瞳を閉じた。
「眩暈が酷くて、焦点が定まらねぇ。
 これではレースにも出られねぇぜ!」
ジョーが叫んだ時、G−2号機が何かの気配を感じ取ったのか、ゆうらりと蒼いオーラを放って、ジョーにその事を知らせた。
「健、か?」
ジョーは起き上がらずに寝た振りをした。
ドアは開けてあった。
「おい、ジョー。
 洗車が終わったからって、そんな所で休んでいると風邪を引くぜ」
案の定健の声が掛かった。
「へっ、G−2号機は俺に風邪を引かせたりしねぇぜ。
 こいつは最高のベッドだ」
眼を開けたが、眩暈のせいか、健の顔が定まらない。
ジョーは起き上がる事が出来なかったが、G−2号機がリクライニングをゆっくりと上げてくれたので、ジョーは自然と起き上がる形となった。
「甚平からの差し入れだ。
 この頃、食欲がないんじゃないか、って心配していたぞ」
「それは有難ぇな。後でしっかり食べるから心配すんな、って言っておいてくれ」
「いや、お前が全部食べ終えるのを見届けて来い、ってジュンが、な……」
「けっ!余計な心配しやがって」
ジョーは頭痛に耐えて、シートを降りた。
G−2号機が心配そうなオーラをジョーに投げ掛けた。
(大丈夫さ。おめぇも心配すんなよ…)
ジョーはルーフを撫でてG−2号機に声を掛け、ドアを閉めた。
「上がれよ。おめぇも一緒に食べて行ったらどうだ?」
「これは全部お前の分だ。
 俺はもう店で食べて来た」
万事休す…。
健の前で全部食べなければ解放して貰えそうにない。
無理をすれば食べられない事はないが、後で頭痛の影響から吐き気を催す。
健が帰った後、戻すのを覚悟の上で、ジョーはサンドウィッチと格闘するしかなかった。
みんなの気持ちは有難い…。
それを無にしては行けないし、体調が悪い事は隠し通さなければならない。
ジョーは頭痛と眩暈に耐えながら、牛乳でそれを押し込むようにして食べた。
「よし。全部食べたな」
健は安心したように立ち上がり、空になったケースを手に取った。
「帰るのか…?」
「ああ、これで俺の『任務』は終わりだ。
 顔色が悪いようだから、少し休め。
 俺が居ては寝られないだろう。
 昨日の任務はお前には過酷だったからな。
 無理するなよ。じゃあ……」
健はそのまま出て行った。
その後、ジョーには地獄の苦しみが待っていた。
トレーラーハウスはただ彼の苦しみを見守っているより他なかった。
本当は健を呼び止めたかったに違いない。
G−2号機とは違った形で、トレーラーハウスもジョーを心配していた。

それから暫く経って、ジョーは余命を知った。
その時、彼が乗っていたのはG−2号機ではなかった。
G−2号機は南部博士の別荘に置いてあった。
出動命令が来た時、ジョーは急ぎ格納庫に行って、短い時間だがG−2号機のシートに収まった。
「おめぇとはもしかしたらこれで最後かもしれねぇ。
 出動する気は満々なんだが、俺の余命は南部博士に知られちまった……。
 長い間有難うな。
 また逢えたら今の話は鼻で笑ってくれ。
 じゃあな」
ジョーはそう言って司令室へと向かった。
これがまさにG−2号機との最後の別れだった。
案の定出動から外されたジョーは、ゴッドフェニックスの機能を果たさせる為に、G−2号機を健に委ねた。
もう自分は還って来れない事を知っていたから……。
G−2号機は最後にジョーが別れを言いに来た時からその事を解っていた。
これが今生の別れになる、と言う事が。
でも、これまでジョーが掛けてくれた愛情を考えると、最後まで科学忍者隊の一員としてジョーの分まで頑張ってやる、と決意していた。
それはジョーを思い遣る健気な思いだった。
ジョーの無事を祈るしか、今のG−2号機には出来なかったのだ。

本当にそれっきりジョーは還って来なかった。
今、格納庫でポツリと休んでいるG−2号機はもうあの懐かしい声が聴けないのだと思うと、寂しくて、心にポッカリと穴が空いたようだった。
機械にも心はある。
ジョーと共に在る内に『彼』にも心が吹き込まれたのだ。
愛してくれたからこそ、その愛に応えた。
『彼』にとってはそれだけの事だった。
誰か他の人間に整備される事があっても、必ずジョーは自らの手で慈しむように丁寧に洗車をして、ワックスを掛けてくれた。
その事が懐かしい。
乗り手が居なくなったG−2号機は、ただ、かつての『2人』の活躍に思いを馳せるだけであった。




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