『博士を癒す為に』

過酷な闘いを終えて、ゴッドフェニックスの帰途で見た夕陽は本当に美しかった。
これを南部博士にも見せて上げたい、と良く健は言っていた。
科学忍者隊全員が同じ思いであった。
「せめて、録画して帰ろうぜ」
とジョーが思いついたのは、メカ鉄獣の中に潜入してギャラクターと死闘を演じた帰り道だった。
誰もが疲れていた。
だが、この夕陽に心を奪われ、そして洗われたのだ。
疲れが心地好く癒されて行く思いだった。
「竜、旋回して夕焼けを追い掛けろ」
健が指示を出した。
「ラジャー」
帰還が遅くなる事を誰も嫌がらなかった。
南部博士もずっと基地に詰めていて大変だった事は、彼らが一番良く知っている。
博士を少しでも癒そうと考えたのだ。
任務の時は厳しい指揮官だが、任務を離れれば南部博士は彼らにとって親同様の人物だった。
実際の親が居る竜以外は、全員が孤児だった。
南部博士自身は結婚をしなかったので、実の子はいないが、彼ら科学忍者隊を自分の子供のように暖かく、時には厳しく見守っていた。
その事があるからこそ、科学忍者隊は厳しい任務にも耐えて来られたのだ。
博士はこの若さで東京大学名誉教授の椅子にも収まっている。
教育者でもあるのだ。
彼らは人一倍地球に対する愛と正義感が強い少年・少女に育て上げられた。
科学忍者隊の司令官になるまでの博士は、彼らにとって心優しい紳士だった。
今は司令官とその専属戦士と言った関係にある事から、博士は幾分厳しくなったが、普段の生活をしている時は、忙しい中でも穏やかに接していてくれていた。
そんな博士に思慕を抱く事は当然の事と言ってもいいだろう。
時には反発する事もあったが、それは大概任務に関しての事だった。
それは博士も解っている筈だ。
納得出来ない任務を渋々するより、納得して任務に臨みたいと言う彼らの気持ちは知っているが、叱咤して無理にでも遂行させる事もある。
それは指揮官として当然の事で、科学忍者隊の頭脳である博士としては、飽くまでも結果を想定しての事なのである。
健やジョー達科学忍者隊もその事は解っているが、時折感情が高ぶるままに反論してしまう事がある。
しかし、一旦喉元を過ぎれば両者の間に蟠りは残らない。
ゴッドフェニックスはかなり遠回りをして、夕景の動画を撮って帰還した。

「遅かったではないか。心配したぞ」
と憂い顔でいた博士が全員を見迎えた。
「すみません。どうしてもこれを博士に見せたくて」
健がテープを博士に渡した。
「甚平。部屋を暗くしてくれ」
「ラジャー」
健がそう言っている間にジョーが博士の手を引き、ソファーに座らせ、ジュンがスクリーンが下りて来るボタンを押した。
「一体何が始まるのかね?」
博士は急ぎの用事がある様子だったが、観念して椅子に落ち着いた。
「俺達が毎回のようにゴッドフェニックスから観ている夕景を博士に見せたくて」
ジョーがソファーの後ろから博士の肩を揉みながら、リラックスさせるように導いた。
大型スクリーンに朱を水に溶いたような夕景のパノラマが拡がった。
それは思わず博士も長嘆息する程美しい風景だった。
高速移動するゴッドフェニックスが出来るだけゆっくりと、何度も旋回してその景色を撮っていた。
朱色は色合いを刻々と変えて行く。
ゴッドフェニックスは夕陽を追い掛けるように飛んでいたようだ。
やがて海上に出たのか、ゴッドフェニックスは空中で静止して一点の空を撮っていた。
ジョーがいつも見ているような、水平線に沈む夕陽がじっくりと映し出された。
博士は溜息をついた。
こんな景色を見たのは久し振りの事だ。
「これを実際に博士に見せたいと言うのが俺達全員の願いですよ。
 いつか平和が来たら、博士も一緒にゴッドフェニックスで夕陽を追い掛けてもいいんじゃありませんか?」
健が明るい顔で博士を振り返った。
「早くそう言う日が来るように、おいら達頑張りますよ」
甚平が力強く言った。
「私もです」
「おらも…」
「全員、同じ気持ちなんですよ、博士……」
ジョーが低い声で呟いた。
「ああ……、私は研究に忙しくて君達のように素直に自然に感動する心を忘れてしまっていたのかもしれんな。
 その為に構えた別荘もただの研究室と化している。
 少しは君達を見習って私もONとOFFの切り替えをしなければならないのかもしれん」
博士の言葉に全員の眼が輝いた。
博士のオーバーワークを誰よりも心配していたのが、この5人だったからだ。
病気をした姿など見た事がない5人だったが、自分達の両親と同じかそれよりも年齢が上である筈の博士に、余り無理はして欲しくなかった。
科学忍者隊はギャラクターと闘うのが任務だが、博士にはそれ以外にも仕事が山積みとなっている。
同じ年のレッドインパルスの隊長にしたってそうだ。
普通、格闘家やスポーツ選手などはとうに引退していても良い年齢に達している。
類稀なる頭脳を持つ男と、どこまでもタフな空の男は年齢を超越しているらしいが、科学忍者隊としては、その年齢を少しは考えて欲しい、と思っている。
特に長く博士の傍にいるジョーにはその思いが強かった。
健も同様だろう。
「博士は忙し過ぎます。
 身も心も休める時間をきちんと取って下さい」
「ジョーの言う通りです。
 オーバーワークも程々にして下さい」
健の言葉に全員が頷いた。
「やれやれ、諸君には敵わんな」
南部博士が苦笑して立ち上がった。
スクリーンの中の夕焼けが博士の顔と白いスーツに映し出された。
「今日の処はこの後の予定をキャンセルする事にしよう。
 諸君の手土産に応えなければならないからな。
 私の別荘に来たまえ。
 夕食をご馳走しよう」
「やった〜!」
と叫んだのは、甚平と竜だった。
健、ジョー、ジュンが窘めるような眼をして2人を見た。
「甚平はともかく、竜までが何だ!」
ジョーは『見た』と言うよりは睨み付けていた。
甚平と竜は年の離れた友達感覚だ。
2人で抱き合うようにして竦み上がった。
「まあ、いいではないか。
 ジョーはG−2号機で私を送ってくれたまえ。
 諸君はそれぞれ追って来るといい」
「……解りました」
健が代表して答えた。
ISOに行くのを止めて、別荘に戻る気になっただけでも良しとしよう。
健が目顔で全員を説得した。
博士が別荘の賄い婦・テレサに電話を架けていた。
自分の分と若者5人の食事の依頼だ。
勿論テレサは2つ返事で喜んで引き受けた。
若者達がやって来ると、大人ばかりの別荘には花が咲くようだ。
それに何よりも『ジョーさん』が来てくれる事が彼女には嬉しい事だった。
「私は2、3予定をキャンセルしなければならないので、ジョーを残して一旦解散してくれて結構だ」
博士はそう言うと奥の部屋に消えて行った。
「そんなに今夜の予定があったのかよ?」
ジョーが呆れた顔をする。
「博士にはいろいろな顔があるからな。
 身体が1つでは足りなかろう」
健も腕を組んで頷いた。
「ああ、ジョー」
博士が扉を開けた。
「今日が何の日か知っているかね?」
「解ってますよ。テレサ婆さんの誕生日です」
「その様子なら抜かりはなさそうだな」
博士は微笑んでドアの向こうへと消えた。




inserted by FC2 system