『隠密行動(4)/終章』

基地に戻ると南部博士がすぐさま健の骨折の簡単な手術を行なってくれた。
「もう大丈夫だ」
処置室から出て来た南部博士が、廊下で待っていたジョーに告げた。
「だが、今日のテスト飛行は中止だ」
「博士、健には何か考えがあるようですよ。
 テスト飛行は予定通りにやるんだ、と言っていました。
 敵が盗んで行ったデータは今日のテスト飛行のメカの物なんですよね?
 データを盗めなかったとあっては、機体自体を盗みに来るのではありませんか?」
博士は憂い顔をジョーに向けた。
「その事なんだが……。
 ジョー、君にテスト飛行士の姿をして一芝居打って欲しいのだ。
 表向きはテスト飛行を行なうように見せ掛ける」
「俺が…ですか?」
「テスト機を操縦しろ、とまでは言わん。
 健には強い麻酔を打っておいたから時間までに目覚める事はない。
 本人は部分麻酔で、と言い張ったのだがな。
 とにかくテスト飛行を決行する振りをするだけでいいのだ」
「飽くまでも隠密裡に事を終わらせるって事ですね」
「その通りだ。
 この事に科学忍者隊は関わらない。
 レニック中佐の『国連軍選抜射撃部隊』が行動を起こす。
 君はそれと連携して、ブラックバード隊を蹴散らして欲しいのだ」
「俺はともかく、選抜部隊には危険な任務なのではありませんか?」
ジョーは不審そうな顔を隠さなかった。
「選抜部隊は近づかない。
 ある特殊弾を使って、ブラックバード隊を狙撃して貰うだけだ」
「解りました。
 やってみましょう」
テスト飛行の予定時刻は数時間後に迫っていた。
「で、特殊弾とは?」
「一時的に相手を仮死状態に陥れるものだ。
 その間に国連軍がブラックバード隊を連行する」
「国連軍に任せておいて、奴らが目覚めた時に犠牲者が出ないといいんですがね」
「科学忍者隊にとっても相当に手強い精鋭部隊である事は、レニック中佐にも伝えてある。
 中佐が軍にそれを伝えているから、何らかの方法を考えるに違いない」
「軍内部の兵器を奪われては敵いませんよ?」
ジョーが眉を顰めた。
「その事は軍に任せておきたまえ」
博士の言葉には何か裏があるように思った。
軍ではブラックバード隊が仮死状態にある間に何か細工をするのかもしれない。
それはジョーには言いたくない内容なのだろう。
「解りました。では、手順を話して下さい」

ジョーは博士の指示通りに、健が着る筈だったパイロットスーツと同じ白いタイプの物を着た。
背が高くスラッとしているので、とても良く似合っている。
僅かな関係者席からは「おお…」と言う小さなさざめきが起こった。
テスト機は張りぼてで、全く動かないものだと言う。
それにしっかりタラップが装備されていて、見ただけでは偽物には見えない。
(良く此処まで造ったものだ。
 いざと言う時の為に用意してあったんだな……)
ジョーは感心して見上げた。
その姿は、これから搭乗するテスト機に敬意を表しているように、傍からは見えた。
それを双眼鏡で覗いている者がいた。
他でもない。
10人からなるブラックバード隊だった。
ジョーは既にその気配に気付いていた。
関係者席の後ろ側の高い位置にいる。
銃器を持っている事にも感づいている。
ジョーは南部博士にその旨を連絡した。
彼はいざと言う時の為に、パイロットスーツにエアガンを忍ばせてあった。
関係者席からどう狙って来るのか、ジョーは気にしていた。
その時、関係者席にジュン、甚平、竜が来ている事に気付いた。
3人はなぜパイロットがジョーなのかと不審がっている。
南部博士がそれに気づき、先手を打って連絡を取っていた。
『これから何が起こっても3人は動かないで一般関係者と行動を共にするように。
 これは私の命令によるジョーの隠密行動だ。
 解ったな?絶対に勝手な行動を取るな』
強い口調だった。
ジョーもそれを聞いていた。
『ジョー、3人には余計な事をしないように釘を刺してある。
 予定通りに頼むぞ』
「ラジャー」
係員に促されて、ジョーはタラップに向けて移動を始めた。
タラップに足を掛け、数段上がった時だった。
関係者席の向こうから黒い鳥のような影が10個飛び出した。
ジョーは背中でそれを感じていた。
すぐさまタラップから飛び降りた。
「みんな伏せろ!」
ジョーは振り向きざまにパイロットスーツに忍ばせていたエアガンを放った。
それはブラックバード隊の構える拳銃の銃口を見事貫き、銃が暴発した。
暴発した銃は持ち主の手を傷つけて、その黒いグローブから血が滴った。
次の瞬間、大量の銃弾がブラックバード隊に撃ち込まれた。
南部博士とジョーしか知らない事だったが、レニック中佐が指揮する国連軍選抜射撃部隊が、特殊弾で狙撃を開始したのだ。
ジョーは流れ弾に当たらないように注意しながら、張りぼての機体の上にジャンプして、高見の見物を決め込んでいた。
もう自分の任務は終わったからだった。
『ジョーったら、一体どうなっているの?
 健はどうしたの?
 後で説明して貰うわよ』
「博士の密命だったんだが…。
 健なら博士の別荘で眠っている。
 そろそろ麻酔から醒める頃だろう。
 俺も後で行くから先に行っていろ」
ジョーはジュンからの通信に笑って答えた。
その間にブラックバード隊は全員仮死状態になり、軍が担架を運んで来ていた。

この後、空港の控え室でレニックと逢わされたジョーは、彼と固い握手を交わした。
今回の共同作業も成功だ。
もう信頼関係は出来上がっている。
だからジョーは特殊弾を装用した銃を持たなかったのだ。
「しかし、相変わらずの射撃の腕だ。
 マカランが退官して困っている。
 君のような腕の立つ右腕がいたらなぁ」
レニックが珍しく嘆いた。
「俺はマカラン少佐のように人望がある訳じゃありませんからね。
 スカウトしても無駄ってもんですよ」
ジョーは一笑に付した。
「無い物ねだりさ。仕方があるまい」
レニックも唇を曲げた。
「適材適所だ。君には科学忍者隊が良く似合っている」
レニックはそこまで認めるようになっていた。
「またお互いに無事なら逢おう。
 南部君、後処理があるので失礼する」
「ご協力に感謝します」
南部が頭を下げた。
「俺は健の様子を見て来ます。
 さぞかし腐っているでしょうねぇ」
「本番のテスト飛行は3週間後に決まった。
 手術をしたので回復が早い筈だ。
 問題なく搭乗出来ると伝えておいてくれたまえ」
「俺はみんなの矢面に立たされそうです」
ジョーは苦笑して忙しそうに去る博士を見送った。
「あ、それからな」
博士が振り返った。
「君達が乗り込んだ基地は爆発したそうだ。
 情報部員から連絡があった」
やっぱりな、とジョーは顎に手を当てた。




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