『正体』

コンドルのジョーは、捕らえられた南部博士を救いに行き、まさかのメガザイナーの光線を正面から全身に浴びてしまった。
変身が解け、素顔を晒した上で意識を失ってしまった。
科学忍者隊の1人を料理したとはしゃいでいたカッツェが、ジョーの姿を見て固まった。
「こやつ……。やはりBC島でしっかり身柄を確保しておくべきだった。
 そうすれば利用のし甲斐があったものを……」
「カッツェ様、何と?」
近くにいた隊員が訊く。
「良く見ろ。こいつは裏切り者、ジュゼッペ浅倉にそっくりだ!
 ジュゼッペ浅倉とカテリーナの子に違いない。
 ギャラクターの裏切り者として両親と共に葬り去ったつもりでいたものを、南部の奴めが助けて科学忍者隊として育てたな!?」
透明ガラスの向こうにいる南部博士をベルク・カッツェは仮面の下から睨みつけた。
「だが、皮肉なものだ。
 折角10年前に助けたジョージ・浅倉ももうその生命は風前の灯だ。
 助かる方法はただ1つ。
 ギャラクターに戻る事だ。
 こいつは呪いの子だ。
 生きているのなら、ギャラクターに戻って貰うしかあるまい。
 もっと早く探すべきだった。
 くそぅ。BC島で蜂の巣にされた後、死体がなかったのは解っていたのに……」
ジョーはカッツェの嘆きは聴こえない状態で意識を喪っている。
南部が代わりに答えた。
「彼はギャラクターに両親を眼の前で殺された事がトラウマになって、此処まで復讐心だけで生きて来た。
 彼にはそれだけしかなかったのだ。
 それに自分の出自を思い出して、どれだけ苦しんだか解らない。
 自分が憎むべきギャラクターの子だと知った時の彼の心情は如何ばかりであったか……。
 ベルク・カッツェ。
 君にはジョーの苦しみは解るまい。
 彼は死んでもギャラクターに与する事だけは絶対に有り得ない!」
強化ガラスの向こうのジョーに『ジョー、目覚めるのだ』と念を送った。
南部にはそれ以外に何も出来る術はなかった。
今、カッツェと同じ空間にいるジョーしか、カッツェに一矢報える者はいない。
しかし、ギャラクターの隊員達がぞろぞろと興味本位でジョーを囲んだ。
「まあ、押さずに押さずに」
カッツェは余裕の表情を見せた。
「カッツェ。お前も相当辛酸を舐めて来た筈だが、このジョーもこの若さにしてそれ以上の辛酸を舐めて来た。
 18歳だぞ!?
 彼のこれまでの人生は、18歳で体験するような出来事じゃなかった。
 彼の苦しみが解るか?」
「ああ、私には解る筈もない。
 解る必要もありはしない!
 総裁X様に忠誠を誓ったこの私にはな!」
カッツェは南部の眼の前でガラスの壁に握り拳を叩き付けた。
勿論その程度で割れる事はない。
この男は南部を餌に他の4人の素顔も白日の下に晒そうとしている。
「1人1発ずつ鉛弾をぶち込んでやれ」
カッツェがジョーに向き直って冷淡に命令した時、外が騒がしくなった。
健達が到着したのだ。
見事な手際で健達は敵兵を薙ぎ倒した。
ジョーは健達に向けてメガザイナーを発射しようとしているカッツェに気付いた。
気を失う前に持っていた筈のエアガンを探るように探すと、幸い彼の右手に当たった。
咄嗟にそれを手にして起き上がったジョーはメガザイナーの射出口に見事命中させた。
メガザイナーは爆発を起こし、今度はカッツェの正体が割れる番だった。
しかし、既に南部博士はカッツェの正体を知っていた。
メガザイナー爆発の衝撃でマスクが取れたのが、ジョーにはハッキリと解った。
「くそぅ。せめてこの男をギャラクターに連れ戻そうと思ったのだが……」
カッツェが呻いた。
「俺はギャラクターに協力する気など最初からねぇ。
 おめぇ達に対しては復讐心しかねぇからな。
 そして、カッツェ!
 俺の両親を殺せと命じた貴様を俺が許せると思っているのか?
 この手で殺してぇと思っているぐれぇだ。
 さあ、こっちを向きな!」
ジョーがカッツェを引き摺り起こそうとした時、南部博士がそれを止めた。
結局カッツェは一瞬自ら素顔を見せたが、総裁Xの登場で上手く逃げ去ってしまった。

ジョーはトレーラーハウスに戻ってもなかなか眠れなかった。
カッツェの正体は解ったが、自分の正体もばれた。
これからはいつ何時に襲われても不思議ではないかもしれない。
だが、もう自分の体調からこの先長く生きる事はない、と覚悟は出来ていた。
とにかくギャラクターに自分を取り込もうなどと言う考えが、まだカッツェにあった事に驚きを感じていた。
ギャラクターは本当に意表を突く。
メガザイナーなど忘れ去られていた物を再開発していたのだ。
南部博士もこれから決戦になるだろうと言っていたではないか。
決戦が終わるまでは死ぬ訳には行かない。
俺は生きる。
ジョーはベッドの上で半身を起こして、その開いた右手をじっと見詰めていた。
自分が動けなくなってしまわない内に、何としてもギャラクターを倒されなければ、と言う決意に燃えていた。
『トントン…』
トレーラーハウスの扉をノックする音がする。
やって来たのは健だ。
そんな事は気配を探るまでもなく、解っている。
夜半から夕方に掛けてしとどに降った雨も止んでいたし、来るのではないかと思っていた。
だが、ベッドのサイドランプしか点けていないのを良い事に、ジョーは寝た振りを決め込んだ。
健はジョーがまた過去の事を晒された事を慰めに来ただけかもしれない。
だが、ジョーはそれにさえ今は触れて欲しくないもののように感じていた。
今の自分を放っておいて欲しい。
健の友情は痛い程感じていても、ジョーはそれを素直に受ける事が出来なくなっていた。
自分の体調の悪さと相俟って、「これからは余り出歩くな」などと言った健の小言を受けたくないのも事実だった。
カッツェの正体が知れた事が少しも嬉しくはなかった。
あれ程切望していた事だったのに……。
今回の事は、自分の忌まわしい記憶を更に深く甦らせた事件でもあった。
自分の正体が知れた事よりも、その事の方がジョーには重かった。
明日はサーキットで飛ばそう。
死への恐怖やギャラクターへの憎しみを一瞬でも忘れる為に。
何もかもそうやって振り払って来たのだ。
だが、それがサーキットでの最後の走りとなるとは、その時は全く思いも寄らなかったジョーであった。
況してやその日が自分の余命を知る日になる事など……。
彼の運命の歯車は早い内から既に狂い始めていた。
体調の不良から何とはなく嫌な予感は感じていたが、こう言う形で既に事が始まっていたとは彼にも思い及ばなかったのである。
奈落の底が蓋を開けて彼を待っていた。




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