『微生物の侵入(後編)』

南部博士はその後も徹夜で検体の調査を行ない、様々な実験を行なった。
ジョーは無菌カーテンで仕切られ、その中で懸命に『現状維持』をする為の必死の作業をしていた。
博士はジョーの容態の変化を聞きながら、治療の指示をし、研究も続けなければならないと言う多忙な状態になった。
部屋の外にいる健達も、部屋を出入りするスタッフから状況を聞いては、溜息をついていた。
博士が見つけた症状の改善方法は、カトンカカトンナなる鉱物から抽出される物質10ミリグラムを点滴投与、若しくは放射線に混ぜて全身照射せよ、と言う内容で、すぐさま全世界に記者発表された。
後者の方が治りが早く予後がいい。
但し、この治療を出来る病院施設は少なかったし、対象となるのも特別に体力のある若者に限られた。
年配者や子供は点滴投与だけにする事、と言う指示が出された。
ISOでもすぐさま全力を尽くして、カトンカカトンナを採掘し、抽出作業を行なって、量産体制に入った。
それだけ治療を必要とする人々が世界中に溢れていたのである。
南部博士の発見はその人達を救う事になった。

ジョーは特別治療室に移された。
健達はガラス越しにそれを見る事が出来た。
中には、下着1枚のジョーが横たわっている。
左腕には縫合した傷の上からガーゼが貼られているだけで、既に微生物採取による出血は収まっているらしい。
健達に続けて控え室に入ろうとしたジュンに、健は「ジュンはよせ」と言った。
「……えっ?……ま、まさか、裸?」
真っ赤になるジュン。
「まさか。下着は着ている。
 とにかく俺達が見ているから、ジュンは廊下で待っていろ」
「解ったわ……」
ジュンは大人しく従った。
「ジョーの兄貴、パンツも脱がされちゃうのかなぁ?」
「馬鹿だなぁ、甚平。
 放射線物質の照射治療だ。
 金具が付いた服はまずいと言うだけだ。
 個人の尊厳が優先されるだろう。
 見ろ、ブレスレットも外されている」
健は心配そうな表情を崩さないまま冷静に答えた。
ジョーの体力なら心配はあるまい。
放射線照射は10分が限界だと南部博士は言っていた。
その間に症状が改善するのだろうか?
まだジョーは酸素吸入器に頼って呼吸を保っている。
横たわる筋骨隆々の形の良い肉体に、発疹が全身に拡がっているのが見えた。
これが消えて行けば体調が戻るサインになるかもしれない。
とにかくアナフィラキシーショックを起こしている事が心配の種だった。
南部博士の合図で、放射線照射が開始された。
ジョーの身体が蒼く光った。
この特別治療室は放射線照射の後、部屋をクリーンルームに変えられる設備になっていて、ジョーは治療後に部屋毎身体を浄化された。
中にはスタッフは誰ひとりいない。
ジョーは運び込まれてからこの部屋に1人で残され、スタッフは部屋の外から作業をしていたのである。
浄化が済んでから、スタッフがまずジョーの身体のデータを見た。
「微弱ですが、自発呼吸が戻っています。
 身体の発疹も消えています」
南部は「ほーっ」と溜息をついた。
「博士!」
「まだ様子を見ないと解らんが、恐らく成功しているだろう」
博士はそう言うと、スタッフに向かって、
「ジョーを先程の部屋に戻したら、至急骨量検査をしてくれたまえ」
と指示をした。
ジョーは服を着せられて、先程の部屋に戻された。
検査の結果、ジョーの抵抗力が微生物の力を上回っていたのだろう、骨には異常がなかった。
スタッフと科学忍者隊の間に歓声が上がった。
「素晴らしい体力ですね」
スタッフが笑顔で南部博士に声を掛けた。
「後はアナフィラキシーショックの症状を改善させれば大丈夫だろう。
 元々アレルギー体質ではないので、すぐに元気になるに違いない。
 血液検査を行なってくれ」
「畏まりました」
全員に喜色が甦った。

翌朝の病室。
「すまねぇな、健があの時機転を利かせていなかったら、俺はどうなっていたか解らねぇ。
 トレーラーハウスで症状を起こしていたら、危なかったな」
まだ鼻から酸素の供給を受けているジョーが呟いた。
しっかり話も出来ている。
問題はないだろう。
左腕もきちんと治療され、包帯が巻かれていた。
右腕に点滴が施されている。
見舞いは1人ずつ、と言う南部博士の指示があり、今は健だけが病室にいた。
「しかし、お前の体力が打ち克ったんだ。
 普通の人なら危なかったそうだよ。
 アナフィラキシーショックの症状まで出た時には、さすがの博士も動揺したらしい」
「恐ろしい微生物だ。
 だが、博士のお陰で助かる人が増えた。
 後はギャラクターの微生物作戦を叩かなければならねぇな」
「博士だけじゃない。
 お前のお陰だとも言える。
 お前が検体を提供したからこそ、博士は治療法を確立出来たんだ。
 ギャラクターは博士が治療法を開発し、それを発表した事で、今回の事からは手を引くだろう」
「本当に奴らは意表を突いて来るからな」
「……気分はどうだ?」
健がカーテンを開けた。
「もう一晩経ったからな。
 今すぐにでも暴れられそうだぜ」
「でも、まだ熱が高いそうだ。
 少しはゆっくりしていた方がいい。
 お前の身体はまだ闘っているんだ」
健が今にも起き上がりそうなジョーを押し留めた。
「とにかく酸素もまだ取れていない。
 無理をするな。
 身体が鈍る事を心配しているのなら、治ってからいくらでも組み手の相手をしてやる」
健の言葉に、ジョーは漸くニヤリと笑った。
「そう来なくちゃな、リーダーさんよ」
ジョーらしい不敵な笑みにホッとした健は、
「じゃあ、パトロールに行くから退散するぜ。
 あ、みんなからの差し入れだ」
と手提げ袋を差し出した。
ジョーには見慣れたカー雑誌が入っていた。
退屈凌ぎにはなるだろう。
「みんなにすまねぇ、って言っといてくれ」
「ああ!」
健はシュッと右手を上げると、病室を出て行った。




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