『彼(か)の地の上空にて』

「やだよ!死んじゃやだよジョー!」
甚平が寝言を言ったのは、ゴッドフェニックスでのパトロール中の事だった。
「……ぺい!…甚平!」
ジュンに揺すり起こされて甚平は我に返る。
「嫌ねぇ、甚平ったら。パトロール中に居眠りするなんて!」
ジュンが甚平の頬を軽く抓った。
「あ!お姉ちゃん!め…面目ない」
甚平は抓られた事によって覚醒した。
「いってぇな〜もう〜!お姉ちゃん加減ってもんがあるだろ?」
「あら?大分加減したつもりだったんだけど?」
ジュンが首を傾げた。
「甚平、ジョーの夢でも見てたのか?」
健が振り向いて言った。
「無理もないのう…。この場所じゃからな」
操縦席から前を見つめつつ竜が言った。
眼下に広がるのはクロスカラコルムの荒れ果てた広大な土地だった。
「おいら、お姉ちゃんに何か我侭言ったかい?」
甚平はジョーの今際(いまわ)の際(きわ)の言葉を気にしているらしい。
『甚平…ジュンに我侭言って困らすんじゃねぇぞ』
今の夢の中でも同じシーンが再現されていたのだろう。
「甚平……」
ジュンは思わず甚平を抱き締めた。
頬にはほろりと二筋の涙が溢れた。
「甚平。お前は急いで大人になる必要なんかないんだぞ」
健が前を向いたままで静かな声で言った。
「お前は本当ならまだまだ我侭を言いたい子供なんだ。
 それを良くこれまで多くの辛い出来事を我慢して乗り越えて来たと俺は思っている」
健が甚平の席へと歩いて来た。
甚平はジュンから離れた。
「兄貴…」
「ジョーはお前を一人前の『男』として扱った。だからあんな風に言ったんだろうと思う。
 あの言葉は甚平を子供扱いして言った言葉じゃないんだぞ。
 お前はもうジュンを困らせるような我侭な子供じゃないって事をジョーは一番良く知っていた。
 あいつだってお前の事を弟のように思っていたのさ」
「そうじゃわな〜。ジョーは随分甚平の事を可愛がっていたとおらも思うぞい」
「甚平は科学忍者隊の末っ子で、『弟』的存在ですものね。
 みんなに可愛がられて……」
ジュンがまた涙ぐんだ。
ジョーが甚平の頭に手を置いている姿が脳裏に浮かんだ。
「甚平。夢の中に出て来たジョーは、あなたが私に我侭を言っている、と指摘している訳ではないのよ。
 自分の死を乗り切って欲しい…、ジョーはそう願っていると思うわ。
 あなただけではなく、私達全員に……」
「ジョーは短い生命を生き急ぎ過ぎた。
 まるで生まれた時から自分の生命の限界を知っていたかのようだな…」
健が呟く。
「だが、甚平。俺達は違う。俺達はジョーの分まで生きなくてはならないんだ。
 それがジョーへの供養になる。解るな?甚平!」
「うん。おいら解るよ、兄貴」
「竜!少しだけ寄って行くか?」
健が操縦席の竜に振り返った。
「よっしゃあ!」
竜は早速着陸態勢に入った。
今日は命日でもないし、手向ける花もない。
しかし、4人は『その場所』へ降り立った。
「ジョー。俺達はこれからも地球を守る為に働いて行く。もう振り返りはしない。
 お前の尊い生命を無駄にしない為にもな!」
健はその場に膝まづいてジョーがその上に横たわっていた草に触れた。
「俺達はお前の事を忘れない。しかし、前を向く為に、2度と振り返る事はしない。
 ……それで、いいんだよな?ジョー……」
健のブルーの瞳から涙が溢れた。
ジュンも、甚平も、竜もそっと涙を拭いていた。







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