『ジョーとフランツ』

サーキットには爽やかな風が吹いていた。
今日は大きなレースがある。
ジョーは張り切って、サーキットの外でG−2号機の手入れをしていた。
「ジョー、今日も絶好調のようだね?」
フランツが話し掛けて来た。
「久し振りじゃないか?
 仕事が立て込んでいたのか?」
ジョーは振り返ってフランツを見た。
様々ないきさつがあり、ジョーは何となくフランツの本業を知っていた。
お互いに自分の真実を語る事はなかったが、ある任務の中でそれぞれの正体に気付いてしまったのだ。
そのまま知らない振りをすれば良い、と思っていた。
それが大人の付き合い方であり、ジョーはそう言った意味ではもう大人だった。
フランツがISOの情報部員である事を、彼が変装をしてSP業務をしていた時に看破していたのだ。
フランツも同様にその任務の時に、ジョーが科学忍者隊のG−2号である事を確信したらしい。
その事も互いに知った上で、何事もなかったかのように振る舞っていた。
「ああ、それもあるが、妻が体調を崩していたんでね」
「え?それで、もう大丈夫なんですか?」
「ただの風邪だ。心配には及ばない」
「それは良かった…」
ジョーは胸を撫で下ろした。
フランツの妻には1度だけ逢った事がある。
なかなか清楚な美人で、日本人だった。
長い艶やかな黒髪をストレートに伸ばしていて、日系イタリア人のジョーには新鮮だった。
「いい奥さんなんだから、大事にしてやらないと。
 こうして休みにはレースにも送り出してくれる」
ジョーは整備を続けながら言った。
「ああ、ジョーに言われなくても解ってるよ」
「おのろけをどうも」
軽口を叩いて、ジョーはボンネットを開けた。
フランツはジョーも早くそう言う人を探せよ、とは言わなかった。
マリーンの事があるからだ。
マリーンとジョーは心を通わす寸前だった、と言う事をフランツは思っている。
事実マリーンには母親にレースをする事を反対されている事など、いろいろな相談を受けていたが、その触れ合いの中で、彼女のジョーへの思慕を感じ取っていた。
彼女はジョーに次にジョーに逢う時に話がある、と告げていたが、それは叶わなかった。
ジョーが任務でサーキットになかなか行けなかったその間に彼女は事故死したのだ。
フランツは彼女の『話』とは、ジョーへの告白だったのではないかと考えていた。
ジョーも満更ではない様子だったし、あの2人はまだ何もなかったが、相思相愛だったに違いない。
フランツはそう確信を持っていたし、ジョーも彼女の死後、突然沸き上がった感情には困惑したものだ。
任務の為に恋愛はしない、と決めていた彼が、実はマリーンに惚れていたのだ。
その確固たる思いに気付いたのが、彼女が事故死した後だったと言う不運。
その事を知っているから、フランツはそう言った言葉を口にしなかった。
サーキットの中では暗黙の了解となっていて、皆その事には気を配っている。
フランツが根回ししていたのである。
ジョーはその事にも気付いていたが、敢えて何も言わなかった。
感謝する気持ちはあったが、自分が何か言うのも変である。
フランツの気遣いは有難くそっと胸に秘めた。
彼の妻の話をしただけで、ジョーはマリーンの事を思い出していた。
それに気付いたフランツは話を180度切り替えた。
「今日もマシンの仕上がりは順調なようだね」
彼はコンスタントに入賞を果たすが、優勝経験はない。
ジョーは出場回数の割にはトップタイムを叩き出す事が多く、一目置かれている。
しかし、ジョーはコツコツと入賞を続けているフランツの方が優秀なレーサーなのではないか、と密かに思っていた。
自分は現段階では、レースに専念する事が出来ない。
フランツもそうだが、ジョーのようにレース中に飛び出して行くような事はなかった。
フランツは早くギャラクターが壊滅して、ジョーがレースだけに専念出来る日が来る事を心から願っていた。
「マシンも俺も順調さ。
 そっちはどうです?」
フランツはジョーの倍程度の年齢だったが、ジョーはほぼ同等の口を聞いていた。
彼にはそれを許容する器があった。
何故ならジョーのレーサーとしての腕に心底惚れているからだった。
そして、早い内に両親を亡くした事で、ジョーが心を開くのに時間が掛かる事も知っていた。
比較的早く自分に心を開いてくれたのが、フランツは嬉しかったのだ。
初めて逢って、もう5年になるか…。
とフランツは思った。
13歳でサーキットにやって来たジョーはめきめきと腕を上げて、史上最年少優勝まで攫っていった。
その頭角の表わし方は天才的だった。
フランツはその腕に惚れた。
初めてその走りを見たのは、実はもっと前だった。
「カート場に凄い子供がいるらしい」と言う噂を聞きつけて、サーキットの隣のカート場に行ってみた事があるのだ。
ジョーはその事までは知らない。
フランツは密かにカートに乗るジョーを見て、その才能を見抜いた。
(絶対にサーキットに上がって来い)
そう念じて帰ったものだ。
その時のジョーはまだ11歳だった。
天賦の才と言ってもいいだろう。
フランツは彼の走りにそれを感じ取ったのだ。
ジョーのデビュー戦は衝撃的だったが、フランツには当然予想出来た事だった。
デビュー戦から優勝を果たすと言う大どんでん返しをやってのけたのだ。
この記録は破られる事はあるまい。
フランツはその時の事を今でも脳裡にくっきりと刻み込んでいる。
この天才的なレーサーであるジョーには、是非世界に羽ばたいて欲しい。
その為にはギャラクターを少しでも早く壊滅させなければならない。
今の年齢、18歳ならまだまだ世界に出るチャンスがいくらでもある。
実際にスポンサーに付こうと狙っている者は数多いし、ジョーにはその実力があった。
サーキットの情報通であるフランツは、一部にジョーの腕を妬む者があるのも知っていたが、実力で敵わないのだから、敵うようになってからごちゃごちゃ言え、とそれを一蹴していた。
フランツはそれだけジョーの腕を買っていて、どうしても世界の一流レーサーの仲間入りをして欲しい、と願っていた。
この才能を潰してはならない。
だから、彼はいつでもジョーの事を気に掛けている。
マリーンの事で潰れるようなジョーではない事は知っていたが、やはり心配だった事も事実だ。

レースはジョーが2位を大きく引き離して表彰台に立った。
フランツは3位だった。
フランツにしては、順位が高い方だった。
ジョーと同じ場所に立って表彰を受けるのは彼にとっては喜ばしい事だった。
表彰式が終わった後、ジョーが自ら握手を求めて来た。
「おめでとう、フランツ」
「それは変だろう?お祝いを言うのは俺の方だ。
 優勝おめでとう、ジョー。
 まあ、予想通りの結果だったがな」
「天候も良かったしね」
ジョーはレーシングスーツを上だけ脱いだ。
下に着ているTシャツが汗で身体に張り付いていた。
形の良い筋肉が浮かび上がっている。
それを見た女性達の「キャー!」と言う声が聴こえて、ジョーはしまった、と言う顔になった。
「ジョー、逃げろ!俺に任せておけ」
フランツが小声で囁いた。
「じゃあ、また!」
ジョーは素早くG−2号機に乗り込み、優勝カップをナビゲートシートに乗せると、急発進した。
フランツの配慮はいつでも有難かった。
ジョーはフランツがどうして自分を此処まで買ってくれるのか、と言う事には気付いていない。
彼の天賦の才を潰したくないのだと言う思いでフランツはジョーを様々な面からフォローしている。
サーキットのオーナーも同様で、サーキットの古株になりつつあるフランツとは親友の間柄だった。
この2人は、ジョーが世界の舞台に立つ事を心から待ち望んでいる。
それが叶わない夢になるなどとはこれっぽっちも疑わず、ジョーの夢を共に見たのだ。
あの不幸な病いにジョーが襲われなければ、きっと近い将来実現出来たに違いない、そんな夢だった。
まだ誰もが実現を信じて疑わなかったのである。




inserted by FC2 system