『男の料理』

ジョーが『スナックジュン』に入ろうとした時、甚平が走り出て来た。
「おいっ!」
ジョーにぶつかりそうになりながら出て行った甚平はガレージに入ると、G−4号機で1人出て行ってしまった。
どうやら仕入れではないらしい。
「またジュンと喧嘩でもしたか…」
ジョーは苦笑しながら扉を開けて中に入った。
案の定、ジュンは不機嫌だった。
「いらっしゃい。料理は出せないわよ」
「今度は何だってんだ。また姉弟喧嘩かよ?
 おめぇ達は傍から見ても本物の兄弟より仲のいい姉弟なのにな」
「些細な事よ。その内帰って来るわ」
ジュンは喧嘩の詳細を話したくないらしい。
その位、本当に『些細な』事なのだろう。
ジョーはそれ以上訊くのをやめた。
「エスプレッソでいい?」
「ああ…。飯を喰いに来たんだが、まあいいだろう」
正直空腹だったが、甚平がいないのでは仕方がない。
「カレーライスなら出せるわよ」
「レトルトだろ?遠慮しておく」
ジョーはすっかりジュンの行動を見透かしている。
「じゃあ、ジョーが作る?」
「馬鹿言え。俺は客だ。
 そんな事するぐれぇなら家で喰うぜ」
「それもそうね。ジョーはお母さんに仕込まれたんですものね」
「俺の料理は必要最低限の事だけだから、甚平のようには行かねぇぜ」
「甚平は元々才能があったのね。
 孤児院にいた時、調理場で良く遊んでいたのよ。
 その時、見様見真似で覚えたのね。
 博士に引き取られる少し前には、調理場の人達に可愛がられて料理を教えて貰ったりしていたわ」
「俺が親と別れた頃と同じ年頃だな。
 だが、あいつの料理は俺とはレベルが違うぜ」
「そうね。いい調理人になれると思うわ」
「本人がどう言う道に進みたいかによるぜ。
 俺達が押し付ける事ぁねぇ。
 自分の道は自分で見つけるさ。
 まあ、『男の料理』には賛成だがな。
 健なんかも覚えるといいんだ」
「そうね……」
「ジュン、おめぇもだぜ」
「言われると思った…」
肩を竦めて「はい」、とジュンはエスプレッソを出した。
良い香りが鼻を擽った。
ジョーは早速ひと啜りした。
芳醇な味と香りが口の中一杯に広がった。
「俺は必要に迫られて、親から教え込まれたが、健は11歳まで母親がいたし、博士の処にも時折預かられて出入りしていたしな。
 あいつは料理をする必要がなかったんだ。
 ジュン、あいつは料理をする玉じゃあねぇ。
 おめぇがしっかりしねぇと駄目だぜ。
 今の内から甚平に料理を習っておくんだな」
「そうね……」
「さっきから『そうね』ばっかりだな。
 一体どんな喧嘩をしたんだか……」
ジョーは溜息をついた。
「おい、甚平を迎えに行ってやれ。
 俺が此処で留守番してやる」
「店番してくれるの?」
「店番じゃねぇ、留守番だ。
 気になるんだろう?甚平が。
 さっきからそわそわしてやがるぜ」
「バレてた?」
「当たりめぇだ。行き先は解っているのか?」
「大体ね」
ジュンは下を向いた。
2人の思い出の場所でもあるのだろう。
ジョーは頷いた。
「さっさと行け。そして2人で遊園地にでも行って来い」
「えっ?」
「きっとすぐに仲直り出来るぜ。ほれ」
ジョーは遊園地のペア無料入場券を差し出した。
「昨日食料品を買い出しに行ったら、福引で当たったのさ」
「ジョーが食料の買い出しをしている図って想像出来ないけど、ちゃんとやってるのね」
「当たりめぇじゃねぇか。1人で暮らしているんだ」
「そっかぁ。ジョーもやっているのよね。
 私もしっかりしなくちゃ」
「やる気になったのか?」
「今日の喧嘩の理由、その事だったのよ」
ジュンは苦笑した。
「ちぇっ。くだらねぇ」
ジョーは笑った。
「そうと決まったら、店は閉めな。
 俺は帰って食事をする」
ジョーは尻ポケットから財布を取り出した。
「このチケット、貰っちゃっていいの?」
「ああ、俺には無用な物だからな」
「じゃあ、コーヒー代はいいわよ」
「構うもんか。タダで貰ったんだ」
「健なら二つ返事で喜ぶ処よ」
2人は顔を見合わせて笑った。
「何か言ったか?」
健と竜が連れ立って入って来た。
「ごめんなさい。今日は店じまいするのよ」
「ええっ?」
お腹を減らしていたのか、竜が驚いて見せた。
「ご覧の通りだ。甚平が臍を曲げて飛び出しちまった。
 今からジュンが迎えに行って、遊園地へ行く事になった」
「遊園地?」
健が不思議そうな顔をする。
「ジョーがチケットをくれたのよ」
「ああ、そう言う事か」
「俺も腹が減ってるんで、けぇるぜ」
「ジョー、どこで飯を喰うつもりなんだ?」
竜が訊いた。
「トレーラーハウスに帰って、何か作るさ」
「ジョーはいいのう。親に仕込まれているからよ」
「竜だって海の男だ。魚なら捌けるだろう?」
「まあ、そうだがよう」
「何も出来ねぇのは健だけか」
「それを言うならジュンもだろ?」
健が余計な事を言ったので、ジョーと竜は思わずジュンの顔を見た。
だが、ジュンは殊勝にも「そうなのよね」と答えた。
「甚平と仲直りして来るわ。
 そう言う事でみんなごめん」
ジュンは店じまいの支度を始めた。
「そう言うこった。みんな出た出た!」
ジョーが健と竜を追い払うように一緒に店を出た。




inserted by FC2 system