『トレーラーハウスでの目覚め』

ジョーはトレーラーハウスの中で、気持ちの良い目覚めを迎えた。
今日は休みだ。
ゆっくり寝ていようかと思ったが、鳥の鳴き声で自然と目覚めた。
森の中にいると、静けさの中に、様々な生き物が生息している事が良く解る。
「あいつら喧嘩してやがるな」
扉を開けて椋鳥達の遣り取りを眺める。
こんなのんびりした朝もたまには良いものだ。
今日は何をするのかまだ決めてもいなかった。
この処、体調も優れないし、此処で1日過ごすのもいいだろう。
此処にはハンモックも掛けたままになっている。
陽気がいいので、昼寝を貪るのも良いかもしれない。
今日は身体を休める事を一番に考えよう。
病院に行く事も一旦考えたのだが、一般の街医者ではいつ南部博士の耳に入るとも限らない、と彼は思った。
幸い今日は気分が悪くない。
このままのんびりと過ごして、鋭気を養おう。
まずは朝食にするか。
食欲はないけれど、何かは口にしなければならない。
ジョーは買い込んでいる食料の中から、パスタを取り出した。
だが、茹でている間に気分が悪くなった。
台所をそのままに、火だけを消し、ジョーはフラフラと外に出た。
外で横になった方が少しは気分が紛れると思ったのだ。
折角の気分の良い朝だったのに、急に体調不良に襲われる。
これが彼の病気の性質だった。
頭が痛く、激しい眩暈もする。
ハンモックに上がる事が至難の業になった。
(こんなんじゃ、今出動が掛かったらどうする?)
ジョーは自嘲的に嗤った。
違法だが、もぐりの医者に行ってモルヒネでも打って貰ったら楽になるだろう。
そう言った物を自己注射する事も考えた。
だが、闇の世界に首を突っ込む事になる。
科学忍者隊にはそぐわない。
痛み止めとして使われるモルヒネだが、正規の病院で使われてこそ、威力を発揮するものだ。
ジョーはハンモックに上がって、その身を横たえた。
頭に何か突き刺さっているような鋭い痛みが走る。
そして吐き気を伴う激しい眩暈が起こった。
具合が良くない事を南部博士が知ったら、すぐに第一線から外される事だろう。
ジョーはそれだけを恐れていた。
だから、健や他のメンバーにも知られてはならなかった。
苦しい……。
朝の目覚めからこれでは、今日1日は台無しだ。
スクランブルが掛からない事を願うしかなかった。
そして、仲間達が訪ねて来ない事も密かに願った。
ジョーの頬は凄惨な程にこけて来ていた。
身体もゴツゴツと骨っぽくなりつつある。
筋肉は残していても、それは顕著に見え始めていた。
いずれ仲間達には気付かれる。
今はレースの為に体重を落としていると誤魔化しているが、一体どうなる事か?
体調の不安、いつまで闘えるのかと言う不安の他に、ジョーはそんな心配も抱えていた。
こんな症状が任務の最中に出て来たら、と思うとぞっとする。
実際、バードミサイルや竜巻ファイターを失敗した例もあった。
健は気付き始めている。
ヘピーコブラ戦の朝、殴り合いを演じたのもそこから来ていた。
(健よ、どうか俺をほっといてくれ。
 このまま俺の意思を完徹させてくれ……)
ジョーはハンモックの上で身体を海老のように丸めながら、考えていた。
やがて発作は収まった。
陽が高く上がっていた。
ジョーは汗を掻いていた。
油汗だ。
体調の不調を顕著に表わしている。
とにかくトレーラーハウスに戻り、作り掛けのパスタの続きを調理した。
体調が悪くなってからは、ソースに拘りがあった彼もレトルト製品を買って来て、パスタに掛けて済ます事が増えて来た。
調理をする気になっただけでもまだ今日は良い方だ。
出来るだけ出来合いの物を買って来るようになっていた。
食事を済ませて片付けもそこそこにまたベッドに横たわった。
食休みをしないと動けない。
ジョーは休息を充分に取って、それから片付け物をし、シャワーを浴びようと思った。
脂汗を掻いたままでは気持ちが悪い。
彼は清潔好きだった。
さっぱりするついでに病気も洗い流したかった。
食事の後に痛み止めと眩暈止めを飲んだので、少しは気分が回復して来るだろう。
市販薬でも気休め程度にはなる。
ジョーは容量オーバー分の薬を飲まなければ、耐えられない程になっていた。
薬を押し込むように飲んで、横になったのだ。
効いて来るまでに1時間は掛かった。
それから後片付けをして、着替えとバスタオルを出した処に、健の登場だ。
ノックをする前に解った。
放置しておいてシャワーを浴びようかとも思ったが、鍵は開いているから健は勝手知りたる何とやらで入って来るだろう。
「何の用だ?寝汗を掻いたんでシャワーを浴びたいんだが?」
「折角の休みに『ちゃんと休んでいる』のはいい事だ。
 サーキットにはいなかったからな」
健はサーキットを回ってから此処に来たらしい。
「おめぇは何だ?休みにウロウロしやがって」
「そう怒るなよ。折角の休みに悪かったよ」
健は屈託なく笑った。
「甚平からの預かり物だ」
健は籠を置いた。
「籠は急いで返さなくていいってさ。
 何かのついでの時でいいって」
「何だ、それ?」
「中を開けてみたらサンドウィッチが山ほど入っていた。
 ジョーが飯の支度をしなくても済むようにと言う甚平とジュンの配慮だろ?」
「そんな配慮をする必要はねぇ、って言っておけ。
 ちゃんと自分で作って喰ってる」
「だが、あいつらはジョーが痩せ始めているのを気にしているからな。
 解ってやれよ」
健はそう言うと、早々に辞した。
シャワーを浴びようと上半身裸になっていたジョーに遠慮したのだろう。
そして、その肉体を見て、健は懸念を強くしていた。
確かに筋肉は落ちていない。
だが、全体的にほっそりしている。
今のジョーは60kgを切っているだろう、と健は思った。

昼間っからのシャワーとは優雅なものだ、とジョーは思いながら服をスルリと脱ぎ捨て、シャワールームに入った。
全身が写せる鏡には、確かに一回り痩せた自分が映っている。
だが、まだ筋骨隆々と逞しいのは、彼が訓練を怠っていないお陰であった。
これで筋肉まで落ちたら、とてもギャラクターとは闘う事が出来ない。
それだけは自分自身が一番許せない状況だった。
ジョーは丁寧に身体を洗った。
先程の脂汗と共に、全ての屈託を洗い流したかった。
今日の目覚めが良かったので、この後も安穏に1日を過ごしたい。
甚平からの差し入れがあったし、今日は買い出しに行かなくてもいいだろう。
このままシャワーが終わったら、のんびりと過ごそう。
体力を温存しておく事も、今の自分には必要な事だ。
身体を鍛える事ばかりが、戦闘能力を持たせる方法ではない。
ジョーは水滴1つ残さずに身体を拭いて、服を着込み、髪を乾かした。
シャワールームで髭も剃った。
さっぱりとして、気持ち良くベッドに横たわる事が出来た。
シーツを引き上げる。
そのまま夕方まで惰眠を貪った。
目覚めた時、身体に力が漲っているように感じた。
休む事に徹したのは、効果的だったのだ。
「たまの休みには訓練ばかりせずにこうして過ごすのもいいな。
 体力を回復出来る」
ジョーは改めて今日の休日の過ごし方の有意義さを感じた。




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