『余命〜103話異聞』

ギャラクターに拉致されたジョーは辛くも敵の飛行空母から脱出を果たし、山岳地帯へと転落して行った。
途中で「バード・GO!」と変身を果たし、無事に道路の上に着地する。
しかし、そこに折悪しく車が迫っていた。
ハッとしたが、ジョーには避けられなかった。
急停車した車の運転手に怒鳴られた瞬間、ジョーは激しい頭痛と眩暈の発作を起こして倒れ込み、突然意識を失ってしまった。
運転手の男性は思いも掛けず親切な人間で、ジョーを自分の車に乗せ、病院へと運んでくれた。
「奇妙な姿をした行き倒れの若い男を運んで来たんだが、頼めるかな?」
自分の車の前で倒れたジョーを、彼は知り合いの医師の所に連れ込んだ。
「ううむ。この姿、どこかで見た事があるぞ」
口髭を蓄えた医師はそう言い、とにかく2人で車からジョーを運び、ベッドに横たえた。
ジョーは上背がある割には体重が軽い方だが、気を失っているので、身体が弛緩し、男1人では運びにくかった。
マントがあるから尚更だ。
運転手の男はマント毎ジョーを抱え込んで、車に引き摺り上げたのだ。
ジョーをストレッチャーに寝かせ、医師がまず彼に事情を訊いていると、ジョーは「うっ…」と唸って一旦意識を取り戻した。
「君の名前は?」
医師が意識状態を確認する為に質問をした。
「か…科学忍者隊、Gー2号……」
ジョーは自分がバードスタイルのままである事を認識していた。
眼の前にバイザーが見える。
だからそのような名乗りをした。
そこまでは良かったのだが、突然激しい頭痛にのたうちまわった。
打たれ強い彼だが、その痛みには耐え切れず、再び意識を失って、突然彼らの眼の前で虹色に包まれて、変身が解けてしまった。
見ていた2人は驚いた。
何事が起こったのか解らなかったが、この若いイタリア人らしき青年−いや、まだ少年だろう−が『科学忍者隊G−2号』の正体なのだろう。
医師は用事があると言う運転手の男を帰宅させ、ジョーのTシャツを捲って身体を調べ、すぐさまレントゲンを撮る事にした。
その結果、脳の状態が猶予ならない事態である事が判明した。
そして、彼が余命幾許もない事も解った。
医師は以前、科学忍者隊の写真が公開された事を覚えていて、新聞記事をスクラップにしていた為、それを繰って記事を見つけ出し、南部博士に連絡すれば良いと言う事を知った。
「私は開業医をしているディーツラーと言う者ですが、科学技術庁長官の南部博士の縁者の事で、博士とお話しさせて戴きたいのです」
国際科学技術庁に電話をしたこの医師は、南部博士の別荘へと電話を転送して貰う事が出来た。
電話の向こうで南部が名乗った。
医師はもう1度自己紹介をした。
「私はディモールトシティーの開業医、ディーツラーと申しますが、科学忍者隊のメンバーが行き倒れになっていたのを助けられて、当院に運ばれて来ました。
 ええ、G−2号と言っていました。
 複数の誰かにリンチを受けたと思われる打撲傷もありますが、打撲傷の方は大した事はありません。
 私の元々の専門は脳神経外科です。
 症状から判断して脳のレントゲンを撮りましたが、案の定彼の脳には弾丸(たま)の破片がいくつも残っています。
 そして血液検査の結果、かなり前から相当量の市販の鎮痛剤と吐き気止め、眩暈止めを飲んでいたようです。
 本人は症状を自覚していたのだと思われます。
 脳に傷があるのは致命的です」
ディーツラー医師は南部博士にジョーの病状を告げ、「お気の毒ですが…」と彼の余命の話をした。
その時、仕切りの向こうでジョーが意識を取り戻しているとは、気付いていなかった。

南部博士は電話を終えた後、しばし呆然と受話器を置いてそのままの状態で固まっていた。
ジョーのこれまでの様子の事を思い浮かべると、思い当たる節がある事に気付いた。
グレープボンバーの時だ。
あの時、ジョーは「ちょっと気分が悪くて…」と確かに言ったではないか。
それなのに自分はそのサインを見逃していた。
南部が痛恨のミスだと悔やんでいる時に2度目の電話が架かった。
先程のディーツラー医師からである。
『すみません、今の話を聞いていたのか、彼が窓から抜け出しました』
「何ですと!?今の話を病人の枕元でしていたのですか!?」
南部博士は受話器を置いて頭を抱えた。
顔色が紙のように白くなり、病状を押し隠して任務に臨んでいたジョーの事を思った。
ジョーは任務から外される事を何よりも恐れていたのだ、と言う事が良く解った。
僅か18歳にして、こんな形で余命を知らされて自暴自棄にならなければ良いが…、と言う心配があったが、何よりも病状の心配をした。
ブレスレットに呼び掛けてもその日は応答が無かった。
どこかでまた行き倒れていないかと不安に陥った。
南部は別荘の職員に頼んで、ディーツラー医師の所からレントゲン写真を借り出す事にした。
掛かった医療費の支払いもした。
届いたレントゲン写真は、ジョーの容態が容易ではない事を如実に示していた。
脳外科医であると言うディーツラー医師の診立てが正しい事も、それを見て判断出来た。
これを見た限りでは、確かに後1週間、持って10日と言う処だろう。
だが、南部は自分でジョーを診たかった。
ジョーはブレスレットのスイッチを切っているらしい。
何度呼んでも答えはなかった。
無理もない…。
今頃相当なショックを受けている筈だ、と南部は瞑目した。
自分がジョーを此処まで追い込んだのだと、激しく悔やんだ。
一晩中、執務室にいた。
とてもベッドに横たわる気にはなれなかった。
また悪い知らせと共に電話が鳴るのではと気が気ではなかった。

翌朝まで1人街を彷徨ったジョーは、サーキットに車の回収に訪れていた。
黄色いレーシングカーは無傷でそのまま残っていた。
たった一夜と言う短い時間で心を立て直したジョーは、ブレスレットのスイッチを入れた。
南部博士には自分の余命を知られてしまっただろうが、飽くまでもシラを通すつもりでいた。
もしも…、任務から外す、と宣告された時には、ある覚悟を既に決めていた。
その後、地球に異常事態が発生したと言う、南部博士からの呼び出しに応じたジョーは、すぐさま「Gー2号、ラジャー」と短く告げて通信を切った。

博士の別荘に着くと、ジョーは真っ先にG−2号機が格納されている格納庫へと出向いた。
まだ他のメンバーが到着している様子はなかった。
ジョーは僅かな間だが、G−2号機との別れの時間を持った。
シートに静かに収まり、ステアリングを撫でた。
「すまねぇな。俺は多分おめぇを置き去りにする事になるだろう。
 これが今生の別れ、と言う奴かもしれねぇ。
 おめぇはゴッドフェニックスの役割を果たさせる為に俺の代わりに健達と行ってくれ。
 ……もし、また逢えたら今のは俺の戯言だと嗤ってくれよ」
G−2号機に別れを告げ、少し遅れて司令室へと入って行く。
他の4人が揃っていた。
博士が憂い顔でジョーを見たが、ジョーは黙って中に入った。
地球のあらゆる場所で大規模な地震が起こっていると言う。
調査の為に科学忍者隊に出動命令を出す事になる。
状況説明の最中にもジョーは眩暈を起こし、健に顔色の悪さを見咎められた。
「なぁに、ちょっと考え事をしてたのさ」
と答えたジョーをじっと見つめる南部博士がいた。
一瞬、我を忘れる程だった。
ジュンに先を促されるまで博士は呆然としていた。
それだけ、ジョーの余命問題が南部の心に重く圧し掛かっていた。
本来なら地球の事よりも優先したい位だった。
だが、そう出来る立場にはない。
南部の出動命令に出動体勢に入る5人に向かって、南部は心を鬼にしてついに告げた。
「ジョーは残れ!」
その言葉はジョーが一番聞きたくなかった言葉だった。
「俺は行くぜ、博士」
「許さん!」
博士の語気は荒くなった。
此処へ来て、仲間達にも彼の病気が露見する事になった。
自分の死期を聞いた博士が出動を許す筈がない事を、本当はジョーも良く知っていた。
だが、仲間達と最後まで行動を共にしたかった。
まだ1週間はあるではないか?
だが、博士は不退転の決意を固めている。
出動を禁じられたジョーは、健にG−2号機を託して、窓辺に立っていた。
せめてゴッドフェニックスを見送りたいと南部に申し出たのだ。
太陽の光がキラリと光った。
美しい筈のその光が彼の眼を刺激して、不意な眩暈に襲われた。
ジョーは思わず右手で眼を覆った。
身体が揺らぎ、崩れそうになったが、窓枠に掴まり、意志の力でその体勢を直した。
「ジョー、それ程までに体調が悪いのなら、なぜ早く私に相談してくれなかったのだ?
 私が近くにいながら、君の体調不良に気付かなかったとは、痛恨の極みだ…」
「………………………………………」
ジョーは博士の問いには答えず、いつまでも窓の外を愛おしむように見詰めている。
ゴッドフェニックスの勇姿を胸に刻み込みながら、腕を組んでじっと見ていた。
もう2度と見る事はないだろう、と思っていた。
「ジョー。脳のレントゲンを撮る」
博士が後ろを向いた時、ジョーは密かに心の中で博士に別れを告げていた。
博士が部屋を出た瞬間にふら付く身体を押して窓から飛び降りた。

ジョーはスポーツカーで一路空港へと向かった。
自分の身の回りを整理している暇はなかった。
もうクロスカラコルムへ向かうしか彼には道がなかったのだ。
博士には済まないと思っている。
だが、自分の生き方を貫き通したかった。
今更検査を受けても良くなりはしない。
それよりも闘うのは『今』なのだ。
残り少ない生命の全てを賭けて、ギャラクターを潰してやる。
クロスカラコルムはカッツェの口ぶりからしても、恐らく大規模な基地だろう。
何か恐ろしい陰謀を企んでいるに違いない。
何故、博士や仲間達にそれを告げなかったのかは自分でも解らない。
1人で決着を着ける。
ただ、そう思っていた。
これが自分の最後の闘いだ。
華々しく散ってやる。
本懐を遂げる事は出来ないかもしれないが、1人でも多く自分と地獄の道連れにしてやる、と思った。
クロスカラコルムにはカッツェが自ら陣頭指揮を取りに行っている筈だ。
出来る事ならカッツェの寝首を掻きたい。
自分の生命と引き換えになろうとも、もう惜しくはなかった。
(俺の人生の幕引きにはピッタリなステージを用意してくれたな、カッツェ!)
ジョーはヒマラヤへ向かう飛行機の中で手紙を何通か書いた。
それは南部博士や仲間達への言葉であり、自分の死後の事を頼むテレサ婆さんへの手紙であったのである。
不思議といろいろな事に気が回った。
これから死を目前としているとは思えない位、気持ちは穏やかだった。
素直な言葉が手紙に書き出された。
(心残りがねぇと言えば嘘になるが、後はこの手紙を投函するだけだ…。
 この混乱の中でも無事に届くと俺は信じている……)
ジョーは願いを込めて、現地の切手を貼り、投函した。
この手紙が南部博士の処に無事に届いたのは、彼の四十九日の日の事だった。
南部博士はジョーの『遺言』の手紙を押し抱き、人知れず執務室で涙を流したのである。

※この話は2014年2月22日を記念した書いたものです。




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