『お雑煮のトラウマ』

『スナックジュン』には似つかわしくない物が、カウンター席の3人の前に置かれていた。
店の外には『Closed』の看板。
此処にいるのは、忍者隊のメンバーだけだった。
まだ正月2日。
甚平がお雑煮を作ったのだ。
「甚平…。これ、お前が作ったのか?」
健が珍しそうに訊く。
「あったり前じゃん!お姉ちゃんに作れると思うのかい?」
「こら、甚平!」
ジュンが甚平の頭をはたく真似をする。
「これ…『オゾウニ』って奴か?」
ジョーの顔色が見る見る内に血の気を引いて行く。
「ジョー、どうしたんじゃい?旨いんじゃぞ〜。ジョーは喰った事ないんかいのう?」
「いや……ある……」
ジョーは悪い記憶を追い出そうかとするように頭を振り、髪を掻き毟った。
「どうしたの?ジョー。具合でも悪いの?」
ジュンが心配してカウンターを飛び越えて出て来る。
「ジョーは南部博士の別荘に居た頃、初めてお雑煮を食べて、餅を喉に詰まらせて大変な思いをした事があるんだ…。
 病院送りになった程だからな。それ以来ジョーは絶対にお雑煮を口にしなくなった」
健が解説した。
「ジョーの食文化はピッツァとかスパゲティーの国だもんな〜」
甚平が呟いた。
「じゃあ、ジョーの兄貴には特別にピッツァを焼いて上げるよ。
 その雑煮はおいらが食べるからこっちに寄越しなよ」
甚平は全く拘る事なく、ジョーの前からお雑煮を回収した。
「折角作ってくれたのに、済まねぇな……」
ジョーはまだ苦しそうな顔をしている。
「まだあれがトラウマになっていたのか…」
健が驚いたような顔でジョーを覗き込んでいる。
「だってよ。あの翌年も同じ目に遭ったんだぜ!」
「世界中の食べ物を口にしている筈のジョーが日本の餅は駄目だなんて、不思議じゃのう…」
竜は雑煮を頬張りながら言った。
「うっ!うぐっ!」
何とその竜が餅を喉に詰まらせてしまった。
「馬鹿、喋り乍ら喰うからだ」
健が背中を叩いてやると暫くして飲み込む事が出来、竜はハーハー、と荒い呼吸(いき)をする。
「じゃあ、ジョーの兄貴も子供の頃、お喋りしながらお雑煮を食べた訳?」
「いや…南部博士の躾が行き届いていたから、そんな事はなかったよな、ジョー」
健が振り返った。
「ああ。こう言った物に慣れない子供の喉には通りにくかったんだろうぜ」
「じゃあ、今なら大丈夫なんじゃないの?」
ジュンがカウンター内から振り返る。
「かもしれねぇ……。でも、こればかりはどうしようもねぇ!」
ジョーはダンっ!と両掌でカウンターを叩いた。
「そこまでお餅が怖いとは、驚いたわ…。コンドルのジョーの弱点がお餅だなんて…。
 ごめんなさい、ちょっと笑えるわ…。
 甚平、そのお雑煮を食べ終わったら急いでピッツァを焼いて上げて」
「うん」
甚平はちゃんと餅を飲み込んでから返事をした。
「弱点だとぉ?そう言われると克服してやりたくなる!甚平その『オゾウニ』を寄越しな!」
ジョーは突然熱くなり始めた。
「やめとけよ、ジョー。『弱点』じゃなくて『トラウマ』だ。それならいいだろ?」
健が諌める。
「悪かったわ、ジョー…。馬鹿にしたつもりは全くなかったのよ」
「そうだよ、ジョーの兄貴。特上のピッツァを作って上げるから期待してていいよ」
「ありがてぇ!甚平、済まねぇな…」
ジョーは漸く微笑した。




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