『決着は着かず…』

科学忍者隊として闘いを始めてから、ジョーは益々復讐心を募らせていた。
実際にベルク・カッツェと相見える事でその思いは嵩んで行くばかりだった。
それを良くないと否定する南部博士。
その言い分も解るのだが、ジョーにしてみればそれを自分に当てはめる事が出来ない。
沈着冷静なリーダー・健でさえ、父親を喪った時に自分を失って大荒れに荒れたぐらいだ。
若い自分達に精神のコントロールは不可能だとジョーは考える。
しかし、健はその後落ち着いて来ているようだ。
ジョーはなかなかそう言う訳には行かない。
健の体験も壮絶なものだったが、ジョーは幼い時に直接両親の死を見ている。
どんなに自分の中に燃え滾る思いに決着を着けようとしても、種火は残ったままだ。
例えどんな事があろうとも消す事など出来ない。
この種火はほんの少しのガスで爆発しかねないが、水を注いでも消火する事は出来ない。
ジョーは心の中にいつも燻り続けるこの復讐心と向き合っていなければならなかった。
いつも葛藤があった。
科学忍者隊の任務はギャラクターの本部を突き止める事にあった。
南部博士はその後はどうするつもりだったのか?
大人達で何とかしようと考えていたのだろうか?
だが、実際の処、ギャラクターへの応戦はいつだって科学忍者隊に頼られていた。
国連軍では歯が立たなかった。
そんな中で、復讐心を消して闘って行くのは至難の業だ。
アランは復讐の虚しさを自分に教えたかったようだが、彼の生命を奪ってしまった罪の意識はあっても、ジョーには復讐心を抑える事は叶わなかった。
自分の出自を知り、それを負い目に感じ、罪の意識に苛まれる事でその思いは更に積み重ねられて行ったのである。
ギャラクターの殺戮現場を直接に見て来た事もある。
10代には刺激の多いシーンばかりだ。
そんな凄惨な思いをして来た自分に、今更復讐心を忘れる事が出来る筈がない。
決着の付け処がない、と言っても良かった。
私情を挟まずにギャラクターを倒せようか?
健だって上手く押し隠してはいるが、何かの切っ掛けがあれば、またベルク・カッツェへの怒りが台頭して来るに違いない。
あいつだって、俺と同い年だ。
奴が荒れた時は俺が冷静になったが、俺と健は光と影だ。
健が光であり、俺はその裏で奴を支えるのが役目だと思っている。
だが……。
とジョーは考えた。
ギャラクターを壊滅させる時だけは、自分の手で勝利を収めたい。
健を出し抜くつもりはないのだが、いざとなったらそう言う行動を取るかもしれない。
もう地球の運命は自分達に懸かっているとジョーは感じていた。
科学忍者隊が負ければ、即ち地球もギャラクターの手に堕ちてしまう。
それだけは阻止しなければならない。
自分の生命に代えても、と彼は思った。
刺し違えてもベルク・カッツェは斃したい。
そして、総裁Xも……。
自分が手を染める事で済むのなら、健をはじめとした仲間達に『殺人』には手を染めさせたくない。
自分は既にアランを『殺して』いるのだ。
それを言ったら健は「自分だってG−6号を殺している」と言うだろう。
だが、ジョーにしてみれば、あれは不可抗力だ。
健のせいではない。
ジュンが矢羽コージをバードミサイルで撃ったのとも違う。
自分はこの手を血に染めているのだ。
これ以上仲間達にそんな思いをさせたくない。
例え相手がベルク・カッツェであろうとも。
手を汚すのは自分だけで充分だ。
その事で自分の復讐も完遂するのだ。
ジョーにとっては2つの目的が果たされる事になる。
だから、彼は自分の復讐心に決着を着ける気などさらさらない。
南部博士が健に言った言葉は覚えている。
彼は科学忍者隊は個人の復讐心を満たす為の場所ではない事など、最初から知っている。
だが、自分はそう言う生き方をして来てしまったのだ。
両親を殺したギャラクターへの復讐心だけを糧に生きて来た。
そして、今では自分の身体に流れるその血までを憎んで憎み切っている。
自分の存在自体が許せない、と苦しむ事もあった。
そうして苦しむ事が、両親への裏切りである事も彼は解っている。
自分の存在を否定しかねない彼の事を、両親は草葉の陰から心配して見つめている事だろう。
(この世に生を受けたからには、俺は全てを乗り越えて生きて行くさ。
 親父とお袋の事。ギャラクターへの復讐。
 本懐を遂げたら、俺は生まれ変われる気がする……)
海底1万メートルでの任務の時に、様々な事を克服した筈だった。
光を見ても大丈夫な状態になった。
それなのに、この処、またおかしいのだ。
もう両親が殺される時の夢は観なくなった。
また光が眩しく、激しい眩暈を起こさせるようになった。
最近は頭痛もある。
あの時の体調不良とは違うのか…?
ジョーには計りかねた。
何となくではあるが、自分は長くは生きないと思うようになった。
それでもいい。
ギャラクターを壊滅される事が出来るのなら、それで……。
レーサーとしての未来を思い描くのは、ギャラクターを斃して、その後無事に生きていたら……、それからでいいだろう。
今はもう消す事の出来ない復讐心に向き合い、それに応えるしか道はないのだ。
健は血を流す事に疑問を持っている。
それも人間として至極当たり前の感情だが、自分達がやらなければ誰がやる?!
地球の人々の代わりに自分が手を汚している。
それは誰かが引き受けなければならない役目なのだ。
ジョーはそう自負していた。
科学忍者隊の中でも、陰となるような仕事は俺が全部引き受けてやる。
だから、健は堂々としていればいい。
ジョー自身にとっても、健は『光』だ。
彼はリーダーとして凜としている必要があった。
曲がって欲しくない。
自分のように屈折しないで欲しい。
屈折した光ではなく、真っ直ぐな光のままの存在でいて欲しい……。
ジョーの勝手な思いかもしれないが、健には変わらずにそう言った人間であって欲しかった。
その為にもジョーは科学忍者隊の暗部を引き受ける。
バードミサイルを率先して撃ちたがるのも、実はその思いが裏にある事を誰も知らない。
ジョーは誤解される事を厭わなかった。
そのままで構わない。
自分の手でメカ鉄獣や敵基地を破壊してやりたい思いがある事も、また事実だったから……。
彼の思いは複雑に二層にも三層にも折り重なって出来ているのだ。
そうならざるを得ない環境で育って来た。
生意気だの我儘だのと思っている大人はいくらでもいるだろう。
別にそれでいい。
自分の生き方は今更変えられないし、変えるつもりもない。
(俺はこれでいいのさ。この生き方を貫くだけだ)
ジョーは何物にも屈しない鋼(はがね)の心で、ギャラクターに対抗して行くだけだ。
身体の不調だけは気になったが、隠し通せない事もないだろう。
ギャラクターとの最終決戦は確実に近づいている。
そこまで持てばいい。
彼は達観していた。
齢18とは思えない程、自分の人生を俯瞰して見ていた。
(後悔なんてこれっぽっちもねぇ、と言えば嘘になる。
 アランの事だけは後悔しているからな…。
 だが、俺はやってやるぜ。
 アランに恥じねぇ、散り方をしてやる)
ジョーはギャラクターと闘って死ぬ事ばかりを考えていた訳ではない。
『生きる』事も考えている。
だが、いざとなったら生命を棄てる覚悟だけは持って臨みたい。
そう言った思いだったのだ。
結局、アランが身を以って提示した復讐心の愚かさについては、彼の中では決着が着かずに終わった。




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