『鬼の瞳にも涙…』

『こちら南部。G−2号、応答せよ』
トレーラーハウスで日中微睡んでいると、南部博士からの呼び出しがあった。
『科学忍者隊の諸君』ではない。
ジョー1人に対する呼び出しだ。
ジョーは起き上がって、すぐさま応答した。
「こちらG−2号。博士、何かありましたか?」
『G−2号機のメンテナンス中に、タイヤにおかしな物が埋め込まれていたのが解った…』
「えっ?特に異常は感じませんでしたが……」
『うむ。異常は感じないだろう。これだけ埋め込まれていては』
「一体何なのです?走行に問題があるんですか?」
『走行に問題はない。メカ鉄獣の破片と一緒に埋め込まれていたのだが、G−2号機のタイヤはパンクをしないような特殊タイヤで出来ている。
 それは君も承知しているだろう。
 タイヤは交換した。中身に興味はないかね?』
「そりゃあ、ありますけど…。何だか勿体ぶってますね」
『ハハハ…。まあ、基地まで来てみたまえ』
南部からの通信はそれで切れた。
「何なんだ?一体…」
ジョーはブツブツ言いながらも、緊急性が無さそうなので、軽い食事をしてから、黄色いレーシングカーで出掛けた。
時速制限付きだが、この車で公道を走る許可は得ている。
博士は笑っていたから、それ程深刻な話ではない事は解っている。
でも、わざわざジョーを呼び出すような事なのか…?
謎は深まるばかりだった。

ジョーは車ごと載せる事が出来る潜航艇を使って、三日月基地へと向かった。
「ジョー、呼び出して悪かったな…」
と迎える南部は何故かニコニコしている。
ジョーは益々頭の中が混乱した。
「一体何が出たと言うんです?」
「見たいかね?」
「その為に呼び出したんでしょう?博士。
 博士も人が悪いですね」
腕を組んで暗に非難した。
「それは悪かった…。実はな。これがメカ鉄獣の破片と共に紛れ込んでいたのだ」
博士が取り出したのは、手紙のような物だった。
メカ鉄獣の破片の間に挟まって、上手い事、タイヤの中に埋め込まれていたと言うのだ。
「この手紙は?」
「開封するのに躊躇したのだが、止むを得ず開けてみた」
南部はレターオープナーで開いたぐしゃぐしゃの封筒から、その手紙を出した。
「もはや届け先すら解らないのだがね……」
南部はその手紙をジョーに手渡した。
「その文面から察するに、これはギャラクターの隊員が娘に宛てた手紙だろう」
「……そのようですね……」
ジョーは文面に眼を落とした。
これを自分に渡す意味が解らない。
博士にはどんな意図があるのか?と博士の表情を仰ぐと、
「ジョー、私の意図を探る必要はない。
 とにかく最後まで読みなさい」
と言われた。
ジョーは仕方なく全文を読む事にした。
子供に向けた手紙なので余り難しい漢字は使われていなかった。
日系イタリア人のジョーには有難かった。
子供を気遣い、逢いたい、と言った感情に溢れた手紙だった。
「どうやらギャラクターの隊員には、世襲制の隊員と、サラリーマンのような雇われ隊員がいるようだな。
 単身赴任をしているような物だろう。
 一生脱ける事が出来ないのを知らずに入隊したのだろうな」
「……………………………………………」
ジョーは黙り込んだ。
博士の言いたい事を正確に理解していた。
博士は彼の両親の事を言っているのではない。
一般隊員にはそう言った後者のような者が沢山いるのだ、と言いたいのだ。
ギャラクターの中にも血が通った人間がまだいるんだぞ、と……。
「中には無理矢理に入隊させられた者もいるだろう」
「そうでしょうね。腕のいい奴ならギャラクターは喜んでスカウトするでしょうよ」
「ギャラクターの中にも、存外人間らしさが残っている者が存在している、と言う事だ」
「この手紙の主は恐らく……」
「……メカ鉄獣と運命を共にしたのだろうな」
2人は暫く押し黙った。
「君がギャラクターを憎む気持ちは解る。
 だが、こんな隊員もいる事は忘れんで欲しい」
言われなくても博士の意図は解っていた。
この言葉を言う為にジョーを呼び出したのだと言う事も。
あの手紙を読めば、すぐに解る。
「解りました。でも、いざ戦闘となったら手を抜いたり気を抜いたりする事は出来ません。
 相手の背景まで考えていては、攻撃が出来なくなってしまいます。
 俺はこれからも無心で行きますよ」
『無心』が難しい事は解っている。
ギャラクターへの敵愾心はなかなか殺せない。
だが、肉弾戦の最中は無心で闘っている事が多い。
次の攻撃目標を見定めながら眼の前の敵兵を攻撃しているジョーの戦闘方法では、余計な事を考えている暇などなかった。
それは博士も解っている筈だ。
「敵方にも事情がある、と言う事を頭の隅に入れておいてくれるだけでいい。
 ジョー、解ってくれるね」
「博士。この手紙、貰ってもいいですか?」
「ああ。届け先が解らないのでね。
 君に預かっていて貰っても結構だ」
「解りました」
ジョーはそれを丁寧に折り畳んで尻ポケットに入れた。
その仕草を見て、博士は少しは思いが届いた、と安心した。
ジョーはまだ完全に受け入れられた訳ではない。
だが、博士の思いは解る。
時折この手紙を見る事で思い出すぐらいの事はしてやってもいい、と思った。
ベルク・カッツェは憎いが、ギャラクターの隊員個人個人に私怨がある訳ではなかった。
デブルスターは強烈なイメージがあって、赦す事は出来ないが、一般の隊員に怨みがあると言う事はない。
ただ、地球や人々を恐怖に陥れる行動に加担している事が赦せないだけだった。
ジョーが複雑な思いを抱えていると、「ジョー、G−2号機は持って帰って貰って構わん」と博士が言った。
「それからな……」
上着の内ポケットから、10枚綴りのコーヒーチケットを差し出した。
「上のテラスでコーヒーでも飲んで帰りたまえ」
博士はそれだけ言うと、忙しいのか、司令室を出て行ってしまった。
ポツリと残されたジョーは、手紙の在り処をもう1度確かめてから、展望台へと上った。
色とりどりの魚達が優雅に泳ぐ姿を海上からの光が注いで浮き立たせている。
それを小1時間眺め続けた後、ジョーはG−2号機を回収した。
此処に来る時に乗っていた黄色いレーシングカーも潜航艇に搭載して、陸に上がったら、G−2号機でサーキットまで牽引して行くつもりだ。
サーキットをパーッと走って、車は預けて帰ろう。
彼には少し気持ちの整理と気分転換が必要だった。
「鬼の瞳(め)にも涙、って事か……」
ジョーは1人小さく呟いた。




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