『甚平の観察眼』

サーキットへはジュンと甚平が遊びに来ていた。
ジュンが親しげにジョーと話す度に女性陣からの羨望の眼差しが突き刺さるので、ジュンは少し萎縮していた。
「嫌だ。此処には来るものではないわね。
 甚平がいつも楽しそうなので、着いて来てみたものの……」
「ああ、あいつらか。ほっとけよ。
 俺が相手にしねぇから、俺と話しているジュンが羨ましいのさ」
「ジョーの兄貴も隅におけないねぇ」
甚平が揶揄するかのように言った。
肘でジョーを突つくようなポーズを取ったが、無理をしても腰の辺りまでしか届かなかった。
ジョーは意に介さず、
「ああ言うケバケバしいのは、俺の好みじゃねぇのさ」
「かと言って私のようなタイプも好みじゃないわね。
 ジョーは清楚なタイプがお好き?
 私の友達のカテリーナさんみたいな……」
「ああ、忘れていた。あの女(ひと)か。
 テレサ婆さんの娘夫婦の養女になったってんで驚いたぜ」
「まあ、ジョーったら忘れるだなんて、酷いわ〜」
「冗談さ。別に2〜3回逢った事がある女性の1人さ」
「ジョーの兄貴は女の人と付き合おうって気がないもんな」
「甚平!」
ジュンが窘めた。
マリーンの事を気遣っているのだ。
「俺はギャラクターを斃すまでは恋になんて興味がねぇぜ」
甚平でさえ、仄かな恋心を諦めた事がある。
その手前、自分が恋だなんて許されないと彼は思っているし、ギャラクターへの復讐心と車への関心以外の全てを棄ててしまったように思える。
「ジュン、おめぇの恋は忍者隊内部の事だから気にする事はあるめぇ。
 だが、俺達は違う。
 ギャラクターと闘う科学忍者隊である以上、仕方のない事さ。
 だから、あの聖名子(みなこ)と言う女性も俺にとっては、今は対象ではないのさ」
ジョーは『カテリーナ=聖名子』と言う女性に対して、母親と同じ名前を呼ぶのには抵抗があり、聖名子とだけ呼んだ。
「解ったわ。ごめんなさいね。ジョー」
「別に……。気にするこたぁねぇさ。
 甚平、今日も乗るか?」
「うん……、と言いたい処だけど、今日は仕入れのついでにお姉ちゃんと寄っただけだからさ」
「そうか…。じゃあ、またの機会に乗せてやる」
「甚平。3周だけならいいわよ」
ジュンが甚平の肩に優しく手を乗せた。
「いいよ。乗ってしまうと、降りたくなくなるもん」
「おう、俺の気持ちが解るようになったじゃねぇか」
ジョーは甚平の頭を撫でた。
「でも、任務の時は別だよ。
 レースの勝敗に拘って、出動に遅れたジョーとは違うよ」
「こいつぅ。言ってくれるじゃねぇか?」
「まあ、甚平の言う事には反論出来なくってよね?ジョー」
ジュンが笑った。
また遠目で見ている取り巻きの女性達の嫉妬心が燃え上がったように見えた。
「あいつら、馬鹿だな。
 ジュンの関心は俺じゃなくて健にあるのによ。
 意外と見る眼がねぇんだな」
「恋は盲目って言うぜ。ジョーの兄貴」
「おめぇ……。マセ過ぎだ!
 ジュンは一体どう言う教育をしてやがる?」
「ふふっ。私はそんな教育してないわよ。
 ジョーの姿を見て学んでいると思うわ。
 一番近しい年上の男性ですもの」
「健や竜だってそうだろ?」
「女性に関しては、ジョーが一番よね、甚平」
「そうだよ。兄貴はトンチキだし、竜はモテないもん」
「酷い言われようだな」
ジョーはG−2号機に乗り込んだ。
「じゃあ、ひとっ走りして来るぜ」
「私達は店に戻るわ。気をつけてね」
「ああ、後で寄るぜ」
ジョーはグンッとスピードを上げて、急ピッチでサーキットへ飛び出した。
その後、ジュンは女達に取り囲まれて、何を話していたのかと訊かれたが、ただの友達で、私の好きな人は他にいる、と言って甚平と2人、素早い身のこなしで脱出した。
とんだ災難が飛び火したものだ。

『スナックジュン』でジュンがその事を健達に嘆いていると、サーキットから帰って来たらしいG−2号機のエンジン音がした。
「ああ、モテ男の到着だ」
健が呟いた。
「今日は精々ジョーに沢山食べて貰うんだな。
 詫びの印に少し儲けさせて貰え」
健が冗談を言うとは珍しい、とジュンは思った。
「しっかし、ジョーはすっかり喰わなくなったのう…」
竜が呟くと、一瞬全員がシーンと静まり返った。
そこにジョーが入って来たので、彼らはまた明るく話を始めた。
「今日はジュンが大変だったらしいぜ、ジョー」
「は?」
ジョーは健の言葉に不審そうな顔をしながら、カウンター席のスツールを長い脚で跨いだ。
「ジュンがどうしたって?」
甚平が事の次第を説明した。
「あいつら……。今度良く言っておく。
 済まねぇな、ジュン」
「いいのよ、ジョーのせいじゃないんだから」
「でも、男のフェロモンをプンプンさせているのはジョーの兄貴の責任だよ」
「フェ…フェロモンだとぅ?本当にマセてやがるぜ!」
ジョーが呆れた、と言う表情になった。
「だって、レーシングスーツを着てさぁ。
 それだけでも充分にかっこいいのに、汗を掻くと身体にピッタリフィットするじゃんか。
 筋肉が浮き上がっててさ、おいらでもかっこいいと思うもん。
 あれが女の人達にはたまらないらしいぜ。
 ジョーの兄貴はスタイル抜群だからさ。
 脚もスラッと長くてカモシカのように筋肉質だし……。
 おいらも大きくなったら、兄貴やジョーの兄貴みたいになれるかな?」
「甚平。脚の長さと顔はともかく、今のように鍛えていれば筋肉は付くじゃろ?」
竜は少し余計な言葉を付け加えたので、甚平はベェ〜っと舌を出した。
「そうだな、甚平。お前は鍛えているから、しっかりした身体付きになるだろう」
健がカウンターの中に手を伸ばし、甚平の頭を撫でた。
「おいらの頭が丁度いい高さだから、って、兄貴もジョーも髪を掻き乱さないでくれよ」
「傷ついていたのか?甚平…?」
ジョーが少しだけ表情を曇らせた。
他の人間には解らない程度だ。
「ううん。そうじゃないけど。折角梳かしても意味がなくなるからさ」
甚平の言葉を聴いて、健とジョーは顔を見合わせた。
「それって、梳かしてたのか…?」
2人は同時に全く同じ言葉を発したので、そのまま笑い始めた。
「全く、2人でハモっちゃって…。
 ジョーは何にする?エスプレッソ?」
「ああ。それとサンドウィッチを頼む」
ジョーが珍しく食べ物を注文した、と全員の顔が明るくなった。
「何だ?どうかしたか?」
「いや、何でもない。ジョー、今日はジュンへの詫びの印に沢山喰ってやれ」
健がジョーの肩を叩いた。
「詫びって言われてもよ。
 俺にはあいつらに注意しておく以外に何も出来ねぇだろ……。
 出来れば近寄りたくねぇんだがな。仕方ねぇか……」
ジョーはボソッと呟いた。
それから声音を強くした。
「これから南部博士を迎えに行く。
 その前に腹拵えに来たのさ。
 甚平、早いとこ頼むぜ」
「ラジャー。行っけない、少々お待ちを」
甚平の言い方に全員が笑った。
「しかし、甚平の観察眼も大したもんじゃわ。
 サーキットに通って、ジョーをそんな風に見ていたんかい?」
「まあ、確かにレーシングスーツが良く似合うからな、ジョーは」
「別に…ただ着慣れてるからだろ?」
ジョーはもうその話は止してくれ、とばかりにぶっきら棒に答えた。
「おらも健やジョーみたいになってみたいもんじゃのう」
「ダイエットするか?指導してやるぜ」
また健とジョーが寸分狂わずにハモったので、その場は大爆笑になった。
「リーダーとサブリーダーは随分と気が合う事!」
ジュンが楽しそうに笑った。
こんな時間が少しでも長く続いてくれるといい、と彼女は願った。




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