『贅沢なデート』

今日は夕陽を見ていたい、そんな気分の夕暮れ時だった。
サーキットの帰り道、ジョーは彼の特別な場所の1つである、海へとG−2号機を走らせた。
この海から夕陽が沈んで行く夕焼けのパノラマを、何度G−2号機と一緒に見た事だろう。
砂浜に停めて、G−2号機に寄り掛かるようにして立ちながら、ジョーは手にした缶コーヒーを開けた。
橙色が段々と濃くなって行く。
朱色と橙色のグラデーションが空一杯に広がり、その景色を今、ジョーはG−2号機と共有していた。
この場所では、彼らだけの特別なパノラマ世界だ。
「たまにはこう言う贅沢もしなけりゃな」
ジョーはG−2号機のルーフを撫でた。
G−2号機が短くクラクションを鳴らした。
最近ではたまにだが、こう言ったリアクションを見せる事があり、ジョーはもう驚かなくなっていた。
自分とG−2号機とは心が通じ合っているに違いない。
長い間自分を乗せて闘いに挑んでいた同志なのだから。
「おめぇとデートしているのが、一番心穏やかでいられる。
 おめぇは誰よりも、俺の全てを知っているからな」
ジョーは機体に身を任せ、安心しきっている様子を見せた。
G−2号機は精神面でもジョーを守ってくれる。
彼を気遣う行動を取る事があるのだ。
例えば車内で体調が悪くなった彼を、特に健の眼から隠す為にフロントガラスに露を付けて外からの視線に晒さないようにしたり、室内を暖めてくれたり……。
ジョーはそれを有難く思っていた。
激しい頭痛と眩暈で気を失った時、何時の間にかトレーラーハウスまで戻っていた事もある。
G−2号機が彼を運んでくれたのだ。
「これからこんな時間がどの位取れるのだろうか……?」
ふと漏れた呟きに、G−2号機が車体を少し揺らした。
「ふっ……。おめぇは永遠に、と言いたいんだな」
ジョーの言葉にまたクラクションが短くなった。
肯定の合図だろう。
ジョーはニヤリと笑った。
「おめぇが意志を持つようになったなんて聴いたら、博士は驚くだろうなぁ。
 およそ非科学的だと言うかもしれねぇぜ。
 それにおめぇは俺に対してしか意思表示をしねぇからな」
再びルーフを撫でた時、急にオレンジ色のパノラマがコバルトブルーへと変化し始めた。
そうなると陽が落ちるのは早い。
刷毛で刷いたような美しい朱色は段々と薄くなって行った。
「陽が沈むぜ。今度は海に道が現われる……」
ジョーは飲み終えた缶コーヒーの缶を車内に戻した。
海に投げ捨てるような真似は絶対にしない。
いくつか砂浜に転がっているのが散見出来るが、そう言った事をする人間の感覚が解らない。
持って帰って棄てろよ、とジョーはいつも思っている。
そんな事に気を取られていると良い処を見逃してしまうので、ジョーは他人のゴミの事までは木にする事を止めるようにしていた。
自分だけはマナーを守る。
それでいい。
夕陽のパノラマのクライマックス、海から一直線に自分への道が出来ていた。
「これを見るのが好きなんだ……」
G−2号機はクラクションを鳴らさなかった。
充分に解っている。
今はジョーを邪魔したくなかったのだ。
ジョーは我を忘れたかのように、夕陽が沈み切っても海を見続けていた。
自分の人生と重ね合わせて見ていたのだ。
そろそろ自分も落陽の時期に差し掛かっている事を強く自覚していた。
その事もG−2号機には切ない程解っていた。
このような贅沢な時間を少しでも彼に味わわせたいと、G−2号機は強く念じていた。
だから、静かに佇んでいた。
ジョーが動き出すまで。
やがて、コバルトブルーの空はその色を濃くして、今度は星空が拡がり始めた。
「見ろ。綺麗な星空だ。ユートランドの星空はBC島にも負けねぇ位美しい」
G−2号機は黙っていた。
答えなくても心は通じ合っている。
ジョーの背中の温もりがある限り、自分は彼を守って行くのだ。
この温もりを失ってしまう事がただ怖かった。
G−2号機のそんな思いを感じ取ったのか、ジョーは振り返って、またルーフを撫でた。
「俺はまだ本懐を遂げてねぇ。そう簡単に死にはしねぇから心配するなよ」
まるで彼女を愛おしむかのように、ジョーは優しくルーフを撫で続けた。
「それまでずっと俺の相棒でいてくれよ。
 激しい闘いの中でも、決して傷ついたりしないでくれよ」
クラクションが鳴った。
G−2号機に異論がある筈もなく、ジョーと共に最後まで闘うつもりであった。
その為にもジョーを自分が盾になってでも守り抜く、と決めていた。
本懐を遂げさせてやりたい気持ちを人一倍G−2号機は持っていたのだ。
恐らくは他の科学忍者隊のメンバー以上に……。
闘いやレースが終わって、機体が汚れれば、必ず人任せにせず、自分の手で労わりと愛情を込めて綺麗に洗車してワックスを掛けてくれるジョーに、そう言った形で応えたかった。
自分は誰よりも彼の相棒なのだ、と言う自覚がG−2号機には芽生えているのだ。
もう始めからそうだったかのように、G−2号機は当然のようにジョーを支えて来たつもりだった。
ジョーにもその思いは通じている。
解ってくれている。
今日のような贅沢な日が、これからも永遠に続いて欲しいと願うG−2号機だった。
「さて、星空も堪能した事だし、そろそろ帰るとするか?」
ジョーはドアを開けて、シートに収まった。
「少し冷えて来たな…」
とジョーが呟くと、車内が暖かくなって来た。
「おめぇ、俺の為に……。ありがとよ」
ジョーはエンジンを吹かせた。
「すっかり暗くなっちまったな。
 おめぇとのデートですっかり時間を忘れちまった」
G−2号機は嬉しそうにクラクションを鳴らした。
「じゃあ、帰って休むとするか?」
ジョーはステアリングを撫でてから、アクセルを踏み込んだ。
「明日は朝から綺麗な男前にしてやるからな」
ジョーは呟いた。
今日もレースで埃を被った。
ナビゲートシートにはトロフィーがある。
勿論、G−2号機と共に優勝したのだ。
「おめぇとだから優勝出来るんだぜ。有難うな」
レーシングカーでのレースにも出るが、ジョーは優勝を攫う事が多かった。
マシントラブルがなければ、大概優勝する事が出来た。
だが、G−2号機とのレースが一番多く、優勝を経験する事も多数あった。
任務による途中棄権がなければ、もっと優勝回数は多くなった事だろう。
「おめぇと後どの位走れるのかな?」
信号待ちで停まった時にジョーが呟いた言葉は、G−2号機には堪えた。
だから、聴かなかった振りをして無反応で通した。
ずっとだよ、と言いたかった。
言葉が話せるものならそうしただろう。
こんな街中で下手にクラクションは鳴らせない。
本当ならビビビビビっ!と鳴らし続けたい気分だった。
もどかしい……。
ジョーとはずっと一緒だ。
死なせはしない。
自分が共に在る限り。




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