『クロスカラコルムの決戦』

ジュンからの連絡で、俺はジョーの元へと風のように駆けつけた。
仰臥しているジョーを見て、一目で酷い、と思った。
これは助からない……。
つい、責めるような言葉が口から零れ出た。
「ジョー、お前って奴は……」
「これが俺の生き方だったのさ…」
「何で勝手な行動をしたんだ。何で俺達に一言相談してくれなかったんだ?」
これは全員の思いだと思う。
その思いをジョーにぶつけた。
答えは解っていたとしても、ジョーの口から聞きたかった。
「おめぇには最期まで説教のされっぱなしさ」
ジョーは答えをはぐらかすかのように言った。
解っている。解っているとも、ジョー。
だが、何ともやり切れない。
お前の不調に気付いていたのは俺だけだったから。
俺は居ても立ってもいられなくなった。
ジョーの変わり果てた姿を見ているのが辛くなって、立ち上がり、背を向けた。
涙は見せたくなかった。
ジョーが横たわっているのと同じ草をじっと見つめていた。
ジョーは仲間達に遺言を始めた。
これまでのジョーだったら言わないような言葉だ。
ジョーは最期を悟っている。
最期の瞬間に、自分に素直になったのだ。
竜に詫びているジョーなど見たくはなかった。
いつも強気だったジョーが、あんな言葉を吐いている。
「おら聴かねぇ!」と言っている竜の気持ちが良く解る。
ジョーは余命を知って、自分の最期の生命の炎を一段と放って死のうとしたんだろう。
俺はジョーを責めなければ良かった…。
お前の気持ちは良く解る。
俺だって、お前の立場ならそうしたかもしれない…。
でも、死ぬ事を前提に行動しなくたっていいだろう?
ジョーらしくもない。
俺は死なない方向を模索する!
だが、仕方がない事かもしれない。
ジョーは残り少ない生命をそうやって燃焼し尽くした。
それによって、満足して死んで行くのだろう。
俺達には深い哀しみを残してしまう事になったが……。
俺はそれを喜んでやるべきなのか。
答えは出なかった。

俺がジョーを置いて行く決断が出来たのは、ジョーの「さあ行け」と言う言葉があったからだ。
科学忍者隊のサブリーダーとして、最後のコマンドを発し、俺の背中を強く押したのだ。
俺はジョーの方へと進み出て、傍らに膝を付いた。
「ジョー……」
俺の呼びかけにジョーはもう弱々しく眼を開くしかなかった。
「ああ……」
辛うじて声を出した、と言う感じだった。
その証拠にすぐにその瞳は閉じられた。
「赦してくれ。死ぬ時は共に、と誓った俺達が、今、お前を見捨てて行かなければならない」
俺の心としてブーメランを託すと、ジョーはもうそれを握り締める力さえ余しては居なかった。
俺はそっとそれを両手に握らせて、胸の上に置いた。
ジョーは最後の力を振り絞って、ブルーグレイの瞳を開いた。
その眼に最後の俺の姿は映ったのか?
ジョーは俺の…、いや、ガッチャマンの姿を眼に焼き付けて死のうと思ったのだろう。
瞳は急激に輝きを失い、吐息を吐いてすぐに閉じてしまった。
それが俺が見たジョーの最後の表情だ。
疲れ果ててはいたが、安らかな顔だった。
もしかしたら、この時既にジョーは生命を落としていたのかもしれない。
だが、それを確認するのが怖かった。
それに、ギャラクターの隊員達がぞろぞろと包囲網を縮めて来ていた。
俺は知らぬ間に流れていた涙を拭いて、「それ以上近づくな、ギャラクター!」と見栄を切った。

この時の記憶は鮮明で、いつも脳裡を掠めている。
ジョーを喪って何年経っても、鮮烈な記憶である事には変わりない。
科学忍者隊の任を解かれ、ISOで働くようになっても、あのクロスカラコルムでの決戦は深い傷を俺達に与えた。
カッツェの死もまた強烈だったし、何よりも、後で知った事だが、地球を救ったのがジョーの羽根手裏剣だったと言う事実が、また俺達の胸を熱くした。
もう、ジョーは『スナックジュン』の扉を開けて、「ようっ!」と入って来る事はない。
時々ジョーの気配を感じる事はあっても、姿は俺達には見えない。
あいつは今も俺達の傍に在るのだろうか?
生きていて欲しかった。
お前だけ永遠の18歳だ。
もうすぐ甚平もお前の年を追い越すぞ。
俺達だけそうして年齢を重ねて行く事が何とも辛い。
お前とは一生の付き合いが出来ると信じていたのに……。
俺はお前の遺言通り、近々ジュンと結婚する運びとなった。
その祝福の場に一番居て欲しかったのはお前だよ。
もしかしたら、もう子供の1人や2人連れていたかもしれないな。
そんなジョーを見ていたかった。
もう1度逢いたい、そんな気持ちを幾度も抱えた事か……。
眠れない夜はいつでもジョーの事を考えた。
あのクロスカラコルムでの記憶は恐らくは一生消えない事だろう。
ジョーの強烈な生き方は、それだけ俺達の心に残り、そしてある意味傷つけた。
それも全てはギャラクターがいたからこそ、だ。
ギャラクターがもしこの世に誕生しなければ、ジョーとは普通の友達でいられただろうか?
いや、ジョーとの出逢い自体がなかった事だろう。
戦友とはなり得なかったから、あれ程濃い時間を共には出来なかったかもしれない。
でももし出逢う機会を得る事が出来たら、長い時間を掛けて、親友にはなる事が出来ただろう。
僅かな時間の濃い関係と、長い時間の熟成して行く関係。
それならば後者の方が幸せだったろう。
ジョーはレーサーとして大成し、今頃は超人気レーサーになっていたのだろうか?
そう言った明るい人生を送れたかもしれない、なんて思うのはナンセンスだ。
だって、人生はやり直せないのだから……。
ジョーは結果的には自分の手でギャラクターを斃す事になって、その事を喜んでいるに違いない。
せめてそう思いたい。
生きていてくれたら…、と思う事はあっても、もう、ジョーの生命が甦る事はない。
サーキットに行ってもジョーの姿はなく、ゴッドフェニックスの格納庫には今も主の居ないG−2号機が寂しそうに佇んでいるだけだ。
だったら俺達がジョーの死を無駄にしないように、ジョーの分まで生きてやるしかないのだ。
俺達はジョーの事を忘れたりはしない。
お前は俺達の中で生き続けている。
そして、俺達の事を天からずっと見守っていてくれているような、そんな気がしている。
対立もしたけれど、ジョーはいい仲間だった。
いつも最終的にはサブリーダーとして俺を助けて任務を遂行してくれた。
信頼が置ける、いつでも背中を安心して任せられる相棒だった。

楽しかったな、ジョー。
辛く苦しい事も多かったけれど、一緒に闘っている時間は楽しかった。
今となればそう思う事も出来るんだ……。
躍動感があってさ。
共に身体を動かして闘う事で、俺達の絆は深まった気がする。
お前が早くに逝ってしまったのは悔しいが、戻る事は出来ない。
俺達はまだ生きているんだ。
お前の分まで生きて、死んだ時には堂々としてお前に逢いたい。
お前の濃過ぎた18年をきっと超えてやるぜ。
それまで1人で寂しいかもしれないが、ちょっと休んでいてくれよ。
俺達はいつか必ずお前に逢いに行くから。
長い間お疲れ様。
その疲れを癒している内には俺達もそっちの世界に辿り着くから。
待っていてくれ。
約束だぞ。
お前は俺との最後の約束を果たせなかったんだからな。
ブーメラン…俺の心を返してくれると言う約束を。
俺が一方的に押し付けた約束だった事は認めるから、ジョーが約束を守らなかったとは思っていない。
『果たせなかった』んだ。
ブーメランはあの世に持って行ってくれたか?
だとしたら、いつか俺が天に召される時に返してくれたらいい。
俺の心はお前が取り戻させてくれた。
ジュンに言った遺言が、俺に対する遺言でもあったんだからな。
2人でいる内に少しずつ心の傷は癒されて行ったのさ。
共に同じ痛みを持つ人間として、傷口を舐め合うのではなく、俺達は痛みと『向き合った』んだ。
そうして、段々と克服しつつある。
記憶は鮮明だし、哀しみが甦る事はあっても、今はジョーの懐かしい姿を思い出して談笑する事が増えた。
時間が薬…、とは本当に言い得て妙だな。
お前にもギャラクターを斃した後、そんな時間を過ごして欲しかったが、仕方がない事だ。

さっきから思いがループしている。
何を言ってるんだ、とお前は笑うかもしれないな。
俺はジョーの墓の前から静かに立ち上がった。
今日はジョーの月命日だったのだ。
また逢いに来るぜ。
此処に来なくてもいつでも逢えるのだろうが、やはり墓標に額づきたくなる。
お前と話をするには、此処が一番だ。
今度改めてジュンと一緒に結婚の報告に来る。
それまで暫く待っていてくれ。
……じゃあな、ジョー……。




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