『予告電話(前編)』

「博士、また尾行が尾いていますよ」
公用車を運転しているジョーが後部座席に座っている南部博士に告げた。
公用車なので、防弾ガラスで区切られている。
今日はG−2号機がメンテナンス中だった。
「こんな時にG−2号機がないのは辛いですね」
「いや、待て、ジョー。あれはギャラクターではない。
 警察ではないかな?」
「俺は刑事に睨まれるような事をやったりしていませんよ」
「うむ。それは信じているが…。だとしたら私への用か?
 ジョー、停めたまえ」
「解りました」
ジョーは車を路肩に寄せて停まった。
「まだギャラクターではないと決まった訳ではありません。
 博士は中に居て下さい」
ジョーはそう言い残すと、1人車から降りた。
仕方なく尾行して来た車も停まった。
「何か?免許証の提示が必要ですか?」
「いや。これは南部博士の車ですかな?」
でっぷりとした男が降りて来た。
「それが何か?」
「国際警察のヤマムラ警部であります。
 たった今、南部博士の殺害予告電話が入りまして、追って来た次第です。
 国際警察にはナンバープレートの捕捉装置がありましてな。
 南部博士の公用車がどこを走っているかすぐに解るのです」
ブレスレットからは予告電話に関する連絡はない。
だとすれば、ISOに入った電話ではないと言う事だ。
「国際警察にその予告電話があったと?」
ジョーは眉根を寄せた。
「その通りです」
身分証明書を見せられた。
南部は車内からそれを確認した。
「ジョー、この身分証明書は本物だ。
 国際警察にしか許されない透かしの模様が入っている」
「そうですか…。では、ギャラクターではないと安心してもいいんですね?」
ジョーは改めてヤマムラ警部を見た。
「そのテープ、コピーを貰えませんか?
 こちらでも分析します。
 それから護衛なら、俺だけで充分です。
 国際警察の手を煩わせる事はない」
「ほう、あんたは運転手兼護衛と言う訳かね?
 道理で運転手らしからぬ服装をしていると思った」
ヤマムラ警部は少しジョーを侮蔑しているようだった。
「これは私の養子です。
 武術と運転技術に秀でているので、仕事がない時には運転を頼んでおるのです」
南部博士が車内から出ないまま答えた。
万が一の事がある。
車から降りて、ジョーの手を煩わせたくはなかった。
「ですが、国際警察に予告電話があった以上、『事件』として取り扱わなければなりません。
 それは解って戴けますな?」
南部も渋々頷いた。
「どんな筋です?ISOのマントル計画推進室長に恨みを持つ人間なんて、ギャラクター以外にいるとは思えませんが?」
ジョーは低い声で訊ねた。
「鋭意捜査中であります。何しろ予告電話が入って、まだ間もないのでね。
 逆探知は不完全で、ニュージョーク市のある地域とまでは特定出来ているのですがね」
ジョーは腕を組んだ。
「博士は非常に温厚な性格です。
 仕事の面では厳しい事を言う事があるかもしれませんが、こちらには恨まれる心当たりはありませんよ。
 ねぇ、博士?」
「いや……」
博士は言葉を濁して顎に手を当てた。
「博士、まさか心当たりがあるんですか?」
ジョーは驚いた。
「ないとは言えない。だが、それを言う事は出来ない」
何やら事情がありそうだ。
「解りました。では、そう言う事で国際警察には手を引いて貰いましょう。
 俺が必ず博士を守りますので、どうぞお引き取りを」
「こちらにも規律がありますから、一旦『事件扱い』となった以上は、手を引く訳には行かないんですよ」
ヤマムラ警部が言った。
「襲って来られても国際警察に太刀打ち出来るかどうか解りませんよ?
 どんな手を使って来るか解らないんですから。
 どうしてもと言うのなら尾いて来るのは構わねぇが、手出しは無用に願いたい。
 それから、俺はレーサーだから、相手の出方次第によっては、かなり乱暴な運転をするかもしれねぇ。
 それは大目に見て貰いますよ」
ジョーはそれだけ言い置いて運転席に戻った。
「ジョー、余計な事に巻き込んで済まないね」
「何言ってるんですか?俺がいる時で幸いでしたよ。
 国際警察と普段の運転手だったら、と思うとぞっとしますよ。
 車を出発させます。シートベルトを締めておいて下さい」
ジョーはゆっくりと公用車をスタートさせた。
「心当たりがありそうですが、俺には話して貰えませんか?」
「うむ…。先日、マントル計画に意見を出して来たアムーリ博士がちょっと引っ掛かっていてね…」
「アムーリ博士?」
「私がその意見を検討した結果、欠陥を発見して、却下したのだ。
 その事を酷く恨んでいる様子だと言う噂を耳にしている」
「つまり、その恨みで殺し屋か何かを雇った可能性があると言うんですね?」
「うむ…。そう言う可能性はあるのだが……」
博士は歯切れが悪い。
出来る事ならそう思いたくはないのだ。
「しかし、何だってわざわざ予告電話なんてしたんでしょう?
 暗殺を実行してから犯行声明を出した方が、犯人がテロ目的で襲ったと言う偽装はし易いのに」
「うむ。それについては今の段階では推測不可能だ。
 警察に介入させる必要があったのだろうか……?」
「襲って来るとしたら、やはり車での移動中でしょうねぇ。
 でも、公用車に防弾ガラスが貼られている事は知っているでしょうから、まずは運転手の俺を狙撃して、事故を起こさせるのが手っ取り早いでしょう。
 俺ならそうしますね」
「ジョー!」
「心配は要りませんよ、博士。
 俺はそう易々と撃たれてこの車のコントロールを効かなくさせるような事はしません」
「君は生身だ。防弾チョッキも着ていない。
 さっきの国際警察に言って、せめて防弾チョッキを借りる事にしよう」
「いいえ、博士。もう遅いです。
 右側のビルの上からスナイパーが狙っています。
 3人…いや、4人。
 スピードを出しますから、身を低くしていて下さい」
ジョーはいきなりスピードを上げた。
橋に差し掛かる。
「この車が持ってくれればいいんですがね!」
歯を喰い縛るように言ってから、ジョーはステアリングを大きく切って、ガードレールを超え、下の河原にダイブした。
国際警察は追って来れずに、橋の上で急停止した。
意表を突いた行動で、スナイパーからは一旦避ける事が出来た。
『一体何をやっているんですか?
 我々を捲くつもりですか?』
と警察側から南部博士のトランシーバーに連絡が入った。
怒ったような口調だった。
「ビルの上に狙撃手がいたらしいのだ。人数は4人」
南部は短く答えた。
国際警察がその4人は手配をするに違いない。
だが、これだけでは済まないだろう。
狙撃手だけで4人も揃えて来た処を見ると、まだ別の部隊があると言っていい。
「博士。まだ襲って来ると思われます。
 舌を噛まないようにハンカチを口に咥えていて下さい」
ジョーは的確な要請を博士に出した。
暫くは無事に走った。
その内にまたヤマムラ警部の乗った警察車両が追って来たが、それ以外の車が警察の車を追い越そうとしている事に、ジョーは逸早く気付いていた。




inserted by FC2 system