『甚平、パトロールを欠席す』

「どうしたんだ、甚平?頬が腫れているじゃねぇか?」
三日月基地に集合してパトロールに出掛ける時、ジョーが甚平に声を掛けた。
「虫歯よ〜。歯医者に行きたがらないんで困ってるのよ」
ジュンが代わりに答えた。
甚平は痛みの為か涙目になっている。
「馬鹿だなぁ、甚平。虫歯だって放置しておけば、任務に差し障りが出るんだぞ」
健が振り返って言った。
「ジュン、張り倒してでも連れて行けばいいじゃねぇか」
「私はジョーではなくてよ」
ジョーは何らかの理由で全員を殴ったり叩いたりしている。
ジュンも平手打ちを喰らった事があった。
「健も虫歯の治療を嫌がったもんだが、泣いたりはしなかったぜ」
ジョーが昔の事を思い出すように言った。
「おいら、泣いてなんかいないよぉ」
甚平は初めて声を上げたが、口を開けるのが痛かったらしく、涙がじんわりと浮かんだ。
「余りの痛みに泣いてるじゃねぇか。博士…」
ジョーは博士に甚平をパトロールから外すように求めた。
「これじゃあ、役に立たないでしょう。健、どう思う?」
「ああ、俺も同感だ。甚平はすぐに歯医者に行け。いいですね?博士」
「いいだろう。私はこれからISOに行かなければならないので、甚平をISO付属病院に連れて行く事にする」
「え?博士自ら?お忙しいのに迷惑じゃありませんか?」
ジュンが驚いた。
「科学忍者隊の健康管理には私にも責任がある。
 虫歯と言っても決して侮れない。
 細菌が身体の中に入る事もあるからな。
 昔、そうなるまで我慢に我慢を重ねていた者がいた」
博士の言葉にジョーは慌てて、そっぽを向いた。
「どうやらそれはジョーらしいのう」
竜が指を差して笑った。
「自分の事を棚に上げて、甚平に医者に行けと言いよったわい」
「うるせぇ。その時はまだ10歳にもならねぇガキだったんだ!」
「まあいい。諸君は甚平を残して予定通りパトロールに出たまえ」
「ラジャー!」
健、ジョー、ジュン、竜の4人は司令室を走り出て行った。
泣き出しそうな甚平が残された。
「甚平……」
博士は慈愛のある表情で甚平の前に片膝を付いた。
「怖がる事なんかないんだぞ。科学忍者隊の任務に比べたら大した事はない。
 私に着いて来なさい」
「はい…」
青菜に塩の甚平も、博士から言われてはすごすごと着いて行くしかなかった。

ゴッドフェニックスの中では、恰好のネタを手に入れたとばかり、竜がジョーを揶揄していた。
「ジョーにもそんな時期があったんじゃのう」
「おい、竜。お前はどうなんだ?
 ジョーの事ばかり言ってないでパトロールに集中しろ」
見兼ねた健が注意する程だった。
当のジョーは無視を決め込み、だんまりでレーダーをじっと睨んでいた。
そう…、あの時も南部博士に諭されて、ISO付属病院の口腔外科に連れて行かれたものだ。
大怪我から回復して、半年ぐらいの事で、また病院に行くのが何だか怖かった。
考えてみれば虫歯ぐらいで入院させられる事はほぼないのだが、その年頃のジョーには余裕がなかった。
食欲を失くしていたのをテレサ婆さんが心配している内に段々と頬が腫れて来た。
それで博士の知る処となったのである。
ジョーは我慢強い。
そんなに小さい頃から痛みに対する耐性が強かったのだ。
BC島で受けた傷も、齢8歳とは思えない我慢強さで、リハビリに臨み、予定より早くに回復した。
かなりの重傷だったのだが、南部もその小さな精神力には驚いたものだった。
今回も黙って1人で我慢し続けていた。
博士は「虫歯なんか痛くない」と言い張るジョーの手を引いて病院に連れて行ったのだ。
博士が握ったジョーの手は熱かった。
発熱がある事に気付いて、博士は近くの歯科医院ではなく、ISO付属病院へと連れて行く事にした。
結果、細菌が体内に入り込んでおり、数日間入院して、点滴をする羽目になった。
その時のジョーはまだ9歳になる寸前ぐらいの年で、甚平より幼かったな、と博士もまた思い出していた。
ジョーと博士が同じ事を思い出している頃、竜が「あれは何だ?火災じゃろうか?」とスクリーンを指差した。
「そうみたいだな。ギャラクターの姿は見えないし、消防が来ている」
健が冷静に分析した。
「随分大きな火災ねぇ」
「延焼が拡がっているようだぜ」
ジョーも立ち上がってスクリーンの前に出た。
「博士にゴッドフェニックスの救援が必要かどうか訊いて貰おう」
健が南部博士に連絡を取った。
甚平を連れ出す直前だったが、博士は応答し、すぐに手配をしてくれた。
『住民の避難は済んでいるらしい。ゴッドフェニックスはパトロールを続行したまえ』
「ラジャー」
「良かったわね…」
「だが、焼け出された人々にとっては、どれも大切な建物だぜ」
「生命あっての物種と言うじゃないか。
 人々は1から街を作り直し、きっと再生させるさ。
 ギャラクターによって破壊された街もそうやって復興しているんだ」
健が述懐した。
「そうだな。そう言った人々を出来る限り減らしてやるのが、俺達の任務だぜ」
「ああ。闘いの中で、俺達自身が街を破壊してしまう事もある。
 せめてそれだけは喰い止めたいと思っている」
「健、どこで闘っても同じ事だぜ。
 海上で闘えば船舶がいる。空で闘えば飛行機がいる。
 俺達はギャラクターをコツコツと倒して行くしかねぇのかい?
 こっちから積極的に打って出て、少しでも早く奴らを叩いてしまう以外に、地球の人々に安穏と暮らせる世の中はいつまでもやって来ねぇんじゃねぇのか?」
「そうだな。今はギャラクターが出たら撃破する。
 そんな任務ばかりだからな」
「これからは先んじて情報を得る事が重要だぜ」
「ISOの情報部員が頑張ってくれてはいるようだが……、まだまだ情報が不足しているからな」
「情報部員も時には殺される運命にある危険な仕事だ。
 自ら志願する人間などいねぇのかもしれねぇな」
ジョーはフランツの事を思い浮かべながら呟いた。
「さて、パトロールも後はZ地域だけで終わりだ。
 俺達が帰る頃には甚平も虫歯の治療を終えているだろう」
健が真っ直ぐに前を見た。
「俺達は少しの体調不良も見逃してはならない。
 地球の人々の運命を握っているのだからな。
 全てとは言わない。そこまで自惚れているつもりはないが…」
「健、解ってるさ。だが、俺達とレッドインパルス以外にギャラクターに太刀打ち出来る戦闘部隊がいねぇのは事実だ。
 俺達がやるしかあるめぇよ」
「国連軍はからっきし駄目だもんなぁ」
竜がぼやいた。
「竜、そんな事を言うものじゃなくてよ。
 ゴッドフェニックス程の機能を持たないんだから」
ジュンが窘めた。
「さあ、Z地点も異常なしだ。帰還するぞ」
健が帰還命令を出し、ゴッドフェニックスは周回して、一路三日月珊瑚礁基地を目指した。




inserted by FC2 system