『街中の蟻地獄』

ジョーは公用車で博士をISOまで送って行く事になっていた。
平日の午前中で道は空いている。
順調に車は走っていた。
突然道路の真ん中に蟻地獄のような砂の窪みが出来たのは、信号を渡った直後だった。
ジョーはステアリングを切って避けようとしたが、片輪が捕まった。
これはG−2号機に乗っていても避けられなかったかもしれない。
ジョーのテクニックを以ってしても、間に合わないタイミングだった。
「健!ギャラクターに襲われている。蟻地獄だ!
 残念だが、脱出のしようがねぇっ!」
ジョーはブレスレットに向かってそう叫んだ。
それっきりジョーからの通信は途絶え、健達は心配した。
公用車の窓ガラスを割り、黄色い砂が入り込んで来ていた。
それだけ砂による圧迫が強かったのだ。
間違いなく、地中へと引き込まれて行っていた。
「博士、すみません。俺が着いていながら…」
どうにもコントロールが取れなくなった車内の中で、ジョーは博士に詫びた。
「これではどうにもなるまい。
 恐らくはこの地下はギャラクターの基地かメカ鉄獣の中だろう。
 脱出方法はそれから考えよう」
「はい」
博士の座っている後部座席は強化ガラスの為か、砂は入り込んでいなかった。
ジョーは砂を飲み込みそうになりながら、必死に呼吸の確保に努めた。
「ジョー、大丈夫かね?」
博士が訊ねた直後に、ジョーは砂に頭まで埋められてしまった。
その瞬間、ドーンと言う衝撃があり、公用車は地下に到達したようだった。
南部だけが見ていたのだが、クレーン車に公用車が持ち上げられ、割れたガラスから砂が零れ落ちた。
ジョーは首だけ辛うじて砂から脱したが、意識がない模様だった。
「ジョー!ジョー!」
空中にゆらゆらとぶら下げられた車内で、博士は必死にジョーを呼んだ。
ジョーの返事はない。
その時、エレベーターのような物に乗ったベルク・カッツェが現われた。
「ギャラクターのメカ鉄獣、『スナギロン』へようこそ、南部博士。
 このメカ鉄獣は砂を自由に操れるのだ。
 そして、此処が貴方の墓場となる。
 あの若い運転手は可哀想だが、あのままにしておこう。
 どうせもう死んでいるだろうからね。
 運転席にも強化ガラスを付けてやればこんな事にはならなかったのにな。
 ハハハハハハハハっ!」
カッツェが癇に障る声で笑った。
ホールのようにメカ鉄獣の広い部屋の中にその声が響き渡った。
ジョーは意識を取り戻して、それを聴いていた。
(くそぅっ、博士を何とか助け出さなければ!
 俺とした事が不覚だったっ!)
彼はそのままの状態で、虹色に包まれて変身し、ドアを蹴破った。
大量の砂がサーっと音を立てて落ちた。
部屋にはもう誰も残ってはいない。
恐らく博士は司令室に連れて行かれたのだろう。
ジョーはブレスレットを強く押し、バードスクランブルを発信した。
これで心置きなく闘える。
仲間が来てくれると言うのは心強いものだ。
(博士を救い出さなければならねぇ。健、頼むぜ…)
ジョーは望みを掛けながら、メカ鉄獣の体内を走り始めた。
「か…科学忍者隊だ!なぜこんな処に!?」
敵兵がジョーと出くわして、驚きの声を上げた。
「黙ってろ!」
ジョーはその男の首筋に手刀を打ち込んだが、既にその声を聴いた敵兵がわらわらと出現していた。
まだ全館に警報は流れていない。
早くしなければ、博士は殺されてしまうかもしれない、とジョーは焦った。
ギャラクターの隊員のマシンガンなど、ジョーの前ではおもちゃも同然だった。
大勢の敵に対して、ジョーは1人。
敵を混乱に陥れ、同士討ちにさせる事などは容易い事だった。
自分の手を下さずに、仲間同士で殺し合う分には、ジョーは構いはしなかった。
瞬時に敵兵の中を潜り抜け、次から次へと同士討ちへと持って行く事に成功した。
第一の危機を脱して、司令室を探して通路を駆け抜けた。
時折現われる敵の機銃掃射を素早い動きで避けながら、ジョーは得意の全身を使った肉弾戦に持ち込み、倒して行く。
羽根手裏剣が空を切って舞い、エアガンの三日月型のキットが小気味良い音を立てながら、敵兵を一気に薙ぎ倒す。
それが終わらない内に、ジョーの身体は勇躍天井を蹴り、敵兵に重いパンチを浴びせている。
床に降りれば身体が軽業師のように回転して、長い脚での破壊力のあるキックが繰り出され、2人を同時に倒した。
「うぉりゃあ〜!」
力強い気合を掛けながら、ジョーは羽根手裏剣を文字通り撒き散らした。
「貴様!南部博士はどこだ!?司令室はどこにある?」
「こ…此処を真っ直ぐ行って、突き当たりの部屋がそうだ…」
ギャラクターの隊員はそう言って気を失った。
ジョーはその隊員を捨て置き、一路その部屋へと向かった。
だが、罠の可能性もある。
それを恐れていては博士を助けるどころではない。
ジョーは慎重に、しかし、急いで歩を進めた。
所々から敵兵が現われ、ついに警報が鳴り響き始めた。
「博士!無事でいて下さい!」
カッツェは博士を拷問に掛けているかもしれない。
そう思っただけで血の気が引く思いだった。
自分の責任だ…。
ジョーは重くなる心を自ら叱咤しながら、前へと進んだ。
長い通路だった。
ジョーが来た道には敵兵が山となって折り重なっていた。
漸く先が見えて来た。
「あそこだな!?」
ジョーは狙いを定めて、エアガンでドアの横にある開閉スイッチを撃ち抜いた。
司令室のドアが自動で開いた。
ジョーはそこへと滑り込んだ。
まさか、自分をバズーカ砲が狙っているとは露知らず。
科学忍者隊が忍び込んだのを警報で知ったカッツェが急遽用意したのだ。
中央に南部博士が椅子に座らされ、縛り付けられて猿轡を噛まされているのが見えた。
ジョーはホッとした。
取り敢えず博士は無事だ…。
その瞬間バズーカ砲がジョーを狙って来た。
逸早く避けたジョーだったが、バズーカ砲は一門ではなかった。
次から次へとバズーカ砲の洗礼を受ける。
博士がそれを見たくはないとばかりに眼を背けようとしているのが解った。
(博士、俺はそんな簡単に殺られる男じゃありませんよ!)
ジョーは天井まで一気に跳躍した。
バズーカ砲は重いので、そう簡単に狙いを変えられるものではない。
ジョーは一番その事を良く知っていた。
だからこそ、素早く避ける事で、敵を霍乱させる事が出来た。
バズーカ砲は三門ある事が見渡せた。
その射手目掛けてエアガンを3回発射した。
バズーカの3発の砲弾があらぬ方向に飛び、司令室を破壊したので、爆発が起き、地響きのような音がした。
その時、健達が姿を現わした。
「博士!ジョー!良かった!」
健の頼もしい声が聞こえた。
「おう!ありがてぇ!」
ジョーは天井から博士の前に舞い降りた。
カッツェが南部博士に拳銃を突きつけていた。
「おっと、やめておいた方がいいぜ。
 俺は科学忍者隊随一の射撃の名手だと自負している。
 おめえがその引き金を引く前に、おめぇの頭が吹っ飛んぢまうぜ!
 これはハッタリじゃねぇ。やってやろうか?」
ジョーが凄みのある声でにじり寄った。
そして何時の間にかガッチャマンに背中を取られている事に気が付いた。
カッツェは万事休す、と思ったのか、突然降りて来たカプセルに包まれて、ヒュンと音を立てて消えてしまった。
ジョーはホッと溜息をついた。
博士の猿轡を解きながら、
「すみません。俺が着いていながら」と先程と同じ事を言った。
「仕方があるまい。どうにもならなかった事だ。
 それより無事でいてくれて何よりだった。
 これからは運転席にも強化ガラスを付ける事にしよう」
「とにかく、無事で良かったです。
 それより早く脱出しましょう。
 自ら自分達のメカを破壊してくれたのです。
 これから誘爆を始めるに違いありません」
健は冷静だった。
健とジョーが博士の前後を守り、ジュンと甚平と共に脱出を始めた。
無事にゴッドフェニックスのトップドームに戻った処で、メカ鉄獣が爆発し始め、地下からの振動が空気中にも伝わった。
地上は大地震が起きた時のようにパニックになっている。
「心配は要らん。爆発が収まれば落ち着く筈だ」
博士はコックピットからスクリーンで地上を見下ろしていた。
「諸君のお陰で助かったよ」
「おいら達何も活躍していないんですけどね」
甚平はつまらなそうに言った。
「ジョーの兄貴が1人で美味しい処を持って行ってしまった」
「仕方がねぇだろ?一刻を争ったんだ。
 博士が殺されでもしたら、俺の責任だからな」
「ジョー、自分を責めるな。誰が護衛をしていても、危険は免れない」
健が呟くようにジョーを諭した。
「だがよ。科学忍者隊に失敗はあってはならねぇ。
 俺は一時的に意識を喪失したんだ。
 慙愧に耐えねぇ」
「ジョー…。君の活躍があったから私は助かったのだ。
 さあ、今からでも遅くはない。
 G−2号機で私をISOに送ってくれたまえ」
「博士?」
今から行くのですか?
こんな危険な目に遭ったばかりなのに…。
と言いたげな眼で、ジョーは博士を見た。
博士はその思いをしっかりと受け止めた。
「重要な会議だ。遅れてでも出席しなければならない」
「……解りました。竜、G−2号機を手頃な場所に下ろしてくれ」
「ラジャー」
ジョーは博士と共にトップドームへと上がった。
G−2号機がオートクリッパーで離されるのと同時に、トップドームが開いた。
「博士、行きますよ」
ジョーは博士の身体を抱えて、ビュンと飛び降りた。
こんな事があっても恐れないのはさすがに南部博士だと、ジョーは思った。




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