『屈託』

「ジョー、少しは眠れるようになったのか?」
海底1万メートルでの任務後、3日が過ぎた。
ジョーはあの日から、仲間達から少し距離を置いていたが、任務があれば出て行かなければならなかった。
「ああ、お陰で眠れるようになったぜ」
健はギャラクターの基地への潜入中に、他の仲間と離れた時にさり気なく訊いてくれた。
その気遣いが嬉しいと共に、辛くもあった。
「俺の事はもう気にしないでくれ。
 大丈夫さ。封印されていた記憶が解き放たれたんだ。
 後は心の整理の問題さ」
「その問題…。解決しそうなのか?」
「どうだかな。だが、解決せねばなるまいよ」
ジョーが言った時、敵兵の攻撃が掛かったので、2人は散った。
話はそこで終わった。
ジョーは転回して、敵へと喰らいついた。
リーダーとサブリーダーの最強コンビの前に、敵兵は一溜まりもなかった。
ジョーはまだ心の整理が出来ていなかった。
任務以外では1人でいる事が多かった。
あの夢に眠りを妨げられる事は確かになくなったが、他の屈託が出来てしまった。
自分がギャラクターの子だったと言う事実は、彼にとっては余りにも衝撃的な事だった。
別の意味で眠れぬ夜を過ごす事もあった。
そうやって疲れては日中寝ている、と言った状態である。
サーキットに行って気晴らしに走る、と言う気分にはまだなれていない。
(くそぅ。俺がこんなにメンタルが弱かったとは思ってなかったぜ…。
 冗談じゃねぇっ!シャキっとしやがれ!)
ジョーは歯噛みをした。
今日で3日が過ぎたのだ。
もういい加減にショックから脱け出さなければならない。
任務やパトロールはこれからもあるのだ。
早く気持ちを立て直さなければ……、とジョーは焦っていた。
だが、健しかこの事を知らない状況だし、自分1人で何とかするしかなかった。
その術が彼には解らなかった。
(自分の心の問題は自分で解決するしかねぇっ!)
焦りの感情が、また自分を追い詰めると言った状況だった。
今日の任務が終わったら、無理をしてでもサーキットで飛ばそう。
少しは気分転換になるだろう。
自分で自分を追い詰めては行けない事など解っている。
理論上はそうであっても、彼が自身の出自に負い目を感じている事は明白だった。
その事を健も気付いていた。
仲間達には「ジョーは少し疲れているようだ。そっとしておいてやってくれ」と話していた。
健はジョーの力になりたいと思っていたが、あれからまだ3日。
ジョーにはそれを受け入れる余裕がないらしい事も悟っていた。
時間が掛かるかもしれない、と健は憂いを抱えながらも、ジョーには変わらずに接していたのだ。
ジョーはその事が有難かったし、感謝もしていた。
だが、同じように両親を眼の前で喪った2人の間には、決して越えられない相違点がある。
健の父親は地球を救う為にその生命を犠牲にした。
健は親子の名乗りを上げた直後の父の死に散々苦しんだが、それでも自分よりもその父親の『大義名分』がある分、救われるだろうと思うのだ。
それに引き換え、自分の両親がギャラクターだったと知った時の驚きと慟哭。
この記憶は南部博士が封印していたのだろうか?
ジョーは思い出した事を博士に告げていなかったので、真偽の程は解らない。
爆発のショックで記憶が消えていただけなのかもしれなかった。
それを今後南部博士に訊くつもりはなかったが、もし博士が幼い自分の記憶を消したのだとしたら、それは自分の事を思っての事だったに違いない。
そうだとすれば、尚更記憶が戻った事を言わないに越した事はない。
時間が薬とは良く言ったものだが、健は大分持ち直した。
自分もそうして傷を癒すしかないのか…。
だとすれば、ウジウジしているのは元々性に合わない。
任務のない時はレースに没頭するのがいいだろう。
それが彼の心を立て直す最善の方法であると考えた。
しかし、今日は任務が長引き、解放されたのは夜になってしまった。
「ナイトレースにでも行くか…」
とジョーは呟いたが、どうも睡眠不足が身体に堪えていた。
こんな時に無理に走って、事故でも起こしては敵わない。
何よりも任務に支障が出るような事はあってはならなかった。
そう言った事を冷静に考える事は出来た。
「明日にするか…」
ジョーはG−2号機の中で呟き、ステアリングを握った。
その時、コンコン、とウィンドウがノックされた。
ジュンだった。
「ジョー、これから店に来ない?
 いいシチリアレモンが入ったの。
 甚平がそれを使ってジェラートを作ったのよ」
仲間達はそれぞれ自分の微妙な変化に気付き、心配してくれている。
「すまねぇな。今日は疲れてしまってな。
 レモンなら帰れば腐る程あるしよ」
「そう。じゃあ、また明日にでも、ね!」
ジュンはそう言って、出て行くジョーを見送った。
「やっぱりおいら達をやんわりと拒絶している感じだね」
甚平と竜がその後ろに立っていた。
「健が言う通り、疲れているんでしょう。
 そっとしておきましょう。
 その内、いつもの人付き合いのいいジョーに戻るわよ」
「そうじゃな。何だかカリカリしていて、いつも以上にとっつきにくいわい」
「マリーンサタン号での任務辺りから、ジョーは疲れているみたいだわ。
 どこか具合が悪くないといいんだけど…」
「そうだね〜。そう言う場合もあるかぁ。
 あの元気なジョーの兄貴に限って…、って感じはするけどね」
「何か悩みでもあるんじゃろ。
 あいつは絶対におら達に弱みを見せねぇから、暫くそっとして自分で立ち直るのを待ったらどうじゃ?
 任務に出て来ない訳じゃないんだしよ」
竜が呟くように言った。
「そうね。心配していても仕方がないわ。
 さあ、みんなで店に行って踊りましょう」
「元気じゃのう…。おら腹が減ったんじゃが…」
「竜は食い気一辺倒だもんなぁ!」
甚平が竜を茶化した。

※この話は183◆『震える背中』に続くような内容になっています。




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