『克服』

今日と言う日は2度とやって来ない。
人生を振り返ってもやり直しは効かない。
その事は齢18歳のジョーにも解っていた。
1日1日を後悔のないように生きるしかないのだが、そんな人生は有り得ない。
ただ彼には若さがある。
選択肢を間違えたとしても、そこから元のルートに戻る為の努力をする事は可能な筈だ。
しかし、彼には時間が無かった……。
仔犬を助けた事は後悔していない。
だが、その後の予後が実は悪かったと知った時、余りにも短い余命に、彼は現実を噛み締めた。
もう戻りようがない。
頭部に怪我を負う前にはどうしたって戻れない。
となれば、自分の人生の幕引きをどうするか考えるしかなかった。
あの事はある意味失態だったと言えるが、仔犬の生命を救えた事は今でも良かったと思っている。
眼の前でギャラクターに親を殺された自分と重ね合わせていたから…。
余命宣告を受けてから、夜中じゅう街を彷徨った。
自分の心を立て直すのに、時間が足りない事は良く知っている。
だからこそ、朝までに決意を固める必要があった。
その姿は悲痛でもあったが、本人にとっては、憎っくきギャラクターに一矢報いてやる事以外に考える事は何もなかった。
せめて、ベルク・カッツェを道連れに死ねたら…。
彼は本懐を遂げる事のみを考える事で、死への恐怖を克服した。
その間に紆余曲折があった事は事実だ。
南部博士に自分の余命を知られてしまった。
その事で恐らく呼び出しが掛かるだろう。
どう対処するか考えておく必要があった。
最後に仲間達の顔を見たい。
このまま出奔するのではなく、1度は顔を見ておきたい。
恐らくは任務から外されるだろう。
カッツェが不用意に漏らしたクロスカラコルムの大掛かりな基地へは自分1人で行く、と決意を固めていた。
必要に応じて健達を呼べばいい。
今はまだクロスカラコルムの地名を南部博士や仲間達に明かすつもりはない。
自分1人でも乗り込んで、華々しくその生命を散らす。
少しでも多く道連れにして。
それが一晩掛かってジョーが出した結論だった。
生きたくても生きる事が出来ないのなら、彼にはそうするしかなかった。
それが彼の生き方だった。
仲間達にはきっと水臭いと言われるだろう。
それでも、最後に自分の生き方を貫き通す。
そうする事によって、自分がこの世に生きて来た、そして10年前に死んでいた筈の身を南部博士に救われて生き永らえたその意味も、形を成すと信じた。
残り1週間か10日かは知らないが、そんな事をグジグジと悩んでいる暇は最早なかった。
博士の元に戻って、任務から解かれてしまったら、病院のベッドで朽ち果てる事になってしまう。
それだけは避けたかった。
博士や仲間達に一目逢いたいと言う思いがなかったら、呼び出しには応じないだろう。
任務に参加する事を許されるのなら、勿論仲間達と行くが、そうでなければ、博士の隙を見て自分は自分の道を行く。
朝までにはしっかりと自分の意志を固めていた。
たったの一晩で心の整理を付けるとは大したものだった。
自分がギャラクターの子だったと知った時にはなかなか立ち直れなかったものだ。
今でもその事は引き摺っている。
ただ今回は自分に残された時間がない事で、決断を急がなければならなかった。
半日程の短い時間で心を立て直したのには、そう言った現実がある。
結果的にはそれで1週間どころか1日程でその生命を落とす事になってしまったが、彼は後悔などしない。
それが本望だったから…。
ベッドの上で朽ちて行く終わりなんて、絶対に御免だった。
闘いの中に在るからこそ、自分の存在意義が見い出せた。
科学忍者隊に選抜してくれた南部博士と、良い仲間達に恵まれたお陰だと思っている。
だから、仔犬を助けて傷を負った事が原因で、自分が死に追いやられると言う事は、考える必要もなかったし、仔犬の無事を今でも祈っていた。
地球には何かとてつもない事が起き始めている。
ジョーが工事現場に佇んでいる時にも大きな地震があった。
ギャラクターが進めている最終計画と何らかの関係があるに違いない。
そして、その為の計画の拠点がクロスカラコルムなのだ。
なんとしても自分の手でその計画を喰い止めたい。
ジョーはそれだけを願っていた。
自分の残り少ない生命と引き換えにしても構わない。
その方が有意義に人生の終焉を迎えられるのだから。
死を迎えるのに順番はない。
年齢を重ねるのは順番で平等だが、その生と死は自分でコントロールする事は出来ない。
どうせ死ぬのなら、この生命、決して無駄にはしない。
その事で自分の生きた証が残ると信じている。
自分自身の心にその証が残ればそれでいいのだ。
ただ病気に屈して死んで行くよりもずっとマシだ。
仲間達には済まない、と言う気持ちがある。
このまま恐らくは戦列を離れて、1人死地に赴く事になるだろう事は解っている。
黙って去って行く自分を仲間達は、博士は何と思うだろう。
でも、自分が生きる意味を持つ為の行為なのだ。
解ってくれなくてもいい。
赦してくれなくてもいい。
仕方がないのだ。
自分は不器用だが、こう言う生き方しか出来ない。
例え1人で死ぬ事になっても、これ以上の選択はない。
明け方までにその意志を固めてしまったら、気持ちが楽になった。
ギャラクターに拉致された時にサーキットに置き去りになっていた、黄色いレーシングカーを回収しようと言う気になった。
G−2号機は博士の別荘の格納庫にある。
近い内に呼び出しがあるのは、間違いがないだろう。
任務がなくても、博士は自分の死期を知ってしまったのだから…。
別荘まで戻る手段が必要だった。
それに、恐らく任務での呼び出しがあるに違いない。
これだけの地震が頻発しているのは、きっとギャラクターの仕業に決まっている。
ただの天変地異じゃない。
ジョーは確信していた。
サーキットに着いて、レーシングカーを見ると、銃弾の跡があった位で、動かす事には問題がなかった。
運転席に乗り込んで、ずっと切ってあったブレスレットのスイッチを入れた。
きっと昨夜から南部博士は何度も自分の事を呼び出していた事だろう。
すぐに連絡が来る事は覚悟の上でスイッチを入れた。
取り敢えずトレーラーハウスに戻って、荷物の整理をしよう。
殆ど物がないから、整理と言ってもそれ程する事はない。
痛みに苦しんで乱れたベッドなど、きちんとして、トレーラーハウスにも別れを告げたかった。
だが、その時間はなかった。
任務での呼び出しがあったのだ。
ジョーはこの呼び出しに応じれば、自分が任務から外されるだろう、と言う事を覚悟の上で、それに応じた。
ついに最後の別れの時が来たのだ。
早かった。
だが、これは自分の人生の終焉を迎える為の一歩に過ぎない。
仲間達の姿をこの眼に焼き付けて、自分は死地に赴く。
ヒマラヤまで飛行機で向かおう。
G−2号機は仲間達に託して…。
ジョーは別荘に着くと、司令室には真っ直ぐ向かわず、G−2号機の格納庫へと足を運ぶのだった。
愛機と最後の別れをする為に……。


※2月22日に上げたフィク、448◆『余命〜103話異聞』の隙間を縫うような作品となりました。




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