『サーキットの夕焼け』

ジョーはG−2号機をサーキットの控えに置いて、機体に寄り掛かり、夕陽を眺めながら佇んでいた。
サーキットの周囲には高い建物がない。
騒音問題の関係で、そう言った拓けた土地に建造されているのだ。
空が全方向に拡がっていて、見渡す限り刷毛で刷いたような夕焼け空のグラデーションで包まれている。
夕陽を見るのは好きだった。
地球上で何よりも美しい。
星が瞬く夜空の美しさと甲乙付け難いものがあるが、最近は公害で彼の故郷のような美しい夜空には巡り逢えていない。
それでもユートランドはまだいい方なのだと、小さい頃南部博士に教えて貰った。
「いつまで見ていても飽きないようだな…」
フランツの声がした。
「すっかり見惚れているじゃないか。
 そのまま夕陽に溶け込んで行ってしまうのかと思った」
フランツは缶コーヒーをジョーに向かって放り投げた。
「あ、どうも…」
ジョーはそれを碌に見もせずに、見事に左手でキャッチした。
音の動き、空気の動きで解る。
その位の訓練が出来ていなければ、科学忍者隊の任務には就けない。
「子供の頃から夕陽を見るのが好きだった…。
 故郷で一番高い丘の、一番高い木に登って、陽が沈み切るまで見ていた」
「この空は、どこかで遠くのジョーの故郷にも通じているって事か…」
フランツはコーヒーの缶を開けた。
「空も海も故郷に通じている。
 でも、事情があって故郷には戻れなくてね」
フランツはそれを解っている。
彼の両親が殺された事と関係があるのだろう。
眼の前で殺されたと言う事だけは聴いていた。
多分、殺したのはギャラクターだろう、と思っていた。
ある事件でジョーが科学忍者隊の一員であると薄っすらと感づいてからは、その思いに駆られるようになった。
故郷の話は辛かろう、とフランツは話題を変えた。
「こんなに美しい空を、これまでに心のシャッターに何枚写した?」
「さあ……。いつでも時間があれば見ているからな」
「絵描きなら必ず描き残したいと思うだろうな。
 写真家もそうだろう…。
 俺達はそう言った才能はないから、心の中に遺しておくしかない」
「フランツは家族の写真を撮るだろう?
 それと同じように撮ってみればいいのに。
 此処に来ない奥さんや子供達に見せてやればいい」
「ああ、それもそうだな。俺の腕じゃ、どの位再現出来るかは解らないが…」
「今はいいカメラがいくらでもあるでしょうに」
「それもそうだ。撮影者の腕を選ばないカメラが、な」
フランツが笑った。
「よし、いいのが撮れたら、ジョーにも引き伸ばしてプレゼントしてやろう」
「本当ですか?」
「期待しないで待ってろよ。どうせジョーの心の中にある夕陽には勝てっこないんだから。
 撮影者の腕を選ばないって事は、凡庸とした個性のない写真しか撮れないって事だからな」
「それは確かに…。芸術家の我々と違う処はそこですからね。
 我々がいくらいいカメラを持っても、平均的な写真しか撮れない」
ジョーも貰ったコーヒーの缶を振ってから、プルトップをプシュっと音をさせて開けた。
『スナックジュン』で飲むコーヒーや、自分でサイフォンで淹れたコーヒーと比べれば、子供騙しのような物だが、乾いた喉には美味しく感じられた。
フランツは日系イタリア人のジョーが、エスプレッソを好んで飲む事を知っていて、銘柄を選んでくれる。
そんな気遣いが嬉しい。
「今度、夕陽が美しい海を教えますよ。
 俺にとっては特別な場所だけど、フランツになら教えてもいい。
 奥さんと子供を連れて行ってやるときっと喜ぶだろうぜ」
「ジョーの特別な場所にまで踏み込む気はないよ」
「フランツだからだよ」
ジョーは空のパノラマに益々釘付けになった。
これからオレンジ色が濃くなって行く。
そしてコバルトブルーと少しずつ混ざり始め、そして何時の間にかコバルトブルーが朱色と入れ替わり、気が付けばいつも漆黒の闇の中に星が瞬いている。
ジョーはその移り変わりをずっと飽かずに眺めているのである。
何時の間にかフランツがそっと消えていた。
ジョーを1人にしておいてやろう、と気を遣ったのだ。
「まあ、確かに男同士で夕焼けを見ていても仕方がねぇか…」
ジョーは呟いて飲み終わった缶コーヒーを握り潰した。
そこら辺に棄てたりはしない。
そのまま手に握り締めたまま、引き続き空のパノラマショーを楽しんだ。
こんな贅沢な時間を、仲間達は知っているのだろうか?
パトロールや任務の帰りにゴッドフェニックスから夕焼けの美しさに見惚れた事はあるが…。
「地上から見る夕焼けも美しいんだぜ…」
その事を知っているのは、島育ちのジョーだけかもしれない。
みんなはこうして空を眺めたりしているのだろうか?
健は恐らく上空からの夕焼けなら見飽きる程見ている事だろう。
あいつにも、あの海辺での夕焼けを見せてやりたいものだ。
いつか連れて行ってやろう。
健だけではなく、ジュンや甚平、竜も。
ジョーはそう思った。
暗い空に一際輝く星があった。
「北極星か……」
ジョーはそれをじっと眺めた。
あれだけは星が動いてもじっとしている。
ボーっと眺めていると、本当に泰然として動かない事が解る。
ジョーは1時間以上も眺めて星の移り変わりを飽かずに眺めていた。
その間G−2号機はじっと主が飽きるまで待ってくれていた。
「待たせたな…。帰ろうか」
ジョーは空腹を覚えて、空のパノラマを見るのを止めた。
「『スナックジュン』にでも行くか?」
独り言を言って、G−2号機に颯爽と乗り込んだ。




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