『別離の前に』

やっとの思いで立ち上がり、ジュンを追い詰めていたギャラクターに向かって最後の羽根手裏剣を放ったのが、ジョーに残された正真正銘、最後の力だった。
ジュンの無事を見届けると、ジョーはそのまま力尽きて崩れ落ちた。
「ジョー!」
駆け寄って来たジュンに「健を呼べ。本部の入口は此処だ」と告げた。
「こちらG-3号。ジョーを見付けたわ」
ジュンは短い通信を終えて、ジョーを見た。
彼女は改めてジョーの姿を見ると、胸がズキンと痛むのを感じた。
マシンガンの弾丸を胸から腹部に掛けて喰らっている。
唇や顎には血を吐いた痕跡もあった。
口の中を切ったと言うレベルではない。
彼は間違いなく、肺からの鮮血を吐いたのだ。
この身体で敵基地から脱出して来たとは、凄い執念だ。
「酷い出血だわ…。血止めをしなければ…。せめて薬草でもあれば…」
そう呟いたジュンを、ジョーは静かに彼女の手を握って止めた。
もう話すのも苦しい…。
「もういいんだ…。俺は、放っておいても、後10日、も、持た…ない、身体、だった…。
 だから…もう、いい…」
ジュンがハラハラと涙を溢した。
(弱り切った身体のジョーをマシンガンで滅多撃ちにするなんて…。
 ギャラクター…!絶対に許せないわ!
 可哀想なジョー…。どうして貴方がこんな運命を背負わなければならないの?)
ジュンはそっと両掌でジョーの手を包み込んだ。
「あったけぇ、な…。ジュン…おめぇは…死ぬ、な、よ…」
「ジョー、もう何も言わないで!身体に障るわ」
「この手で、カッツェ、の野郎…と総裁、X…を倒せ、なかった…事、だけが…心残り、だぜ…。
 奴らの…死を…この、眼で見届、けたかった……」
ジョーは苦しい呼吸(いき)の中消え入るような声で呟いた。
「ジョー!しっかりして!」
ジュンの手に力が込められた。
「俺の…代わりに、見届けて、く、れ…」
ジョーの意識が遠のいて行く。
健の気配を感じるまではまだ死ぬ訳には行かない…。
ジョーは意志の力だけで辛うじてその意識を保っていた。
力を振り絞ってジュンに伝えなければならない事がある。
「ジュン…俺は、ブレスレット、を破壊、されて…バードスタ、イルを、解かれた…。
 ブレスレットの、秘密は、奴らに知られ、ている…。気を、付け、ろ…よ……」
そこまで言うのがやっとだった。
生きているのが不思議な程の深手なのは、一目瞭然だった。
草の上がジョーが流した血で濡れ始めている。
(出血が止まらない…。何て酷い痛め付けようなの……?
 ジョーは既に基地の中で大量の血を流して来た筈だわ…)
ジョーはその精神力だけで肉体のダメージを凌駕したに違いない。
ジュンは祈りを込めて瞳を閉じた。
(ジョー!死なないで!)
苦しんでいるジョーをこれ以上見ているのが辛かった。
胸が潰れそうな思いで、ジュンは健の到着を待った。
病気で死期が近づいていたとは言え、更にこの仕打ち。
短い生命を更に縮める事になってしまったジョーの心残りを、せめて自分達が果たして上げなければ…!
ジョーの意識が戻ったのはそれから数分後。
待ち望んでいた健の気配を感じたからだ。
健、竜、甚平の順でその場に駆け付け、ジョーの周囲を囲んだ…。
ジョーは最後の力を振り絞って、力強い声音でそれぞれへの最後の言葉を告げた。

「ジュン、もう泣くのは止しなさい。ジョーが哀しむだけだ……」
ジュンの肩に手を置くと南部博士はその眼を伏せた。
クロスカラコルムから帰還した南部の別荘の司令室での事だ。
この別荘はニュートロン反応の影響を受ける事は殆どなく、無事に残っていた。
「博士。ジュンは最初にジョーを発見したんです。
 俺達が到着するまで、一番長くジョーと一緒にいたんです。
 苦しんでいるジョーの姿をずっと見ていただけに、ジュンは、ジュンは……」
健はそう言って顔を背けた。
彼の眼にも再び涙が溢れ、背中が震えていた。
南部博士は静かに彼らに背を向けた。
忍者隊の前では決して涙を見せなかった。
南部にも万感の思いが去来していた筈だ。
博士はそのまま執務室を出て行ってしまった。
その双眸に涙が溢れていた事を健達は知らない。
「ジュン……。俺の胸で良ければ泣きたいだけ泣けばいい……」
健は自分自身も涙を噛み殺しながらジュンを抱き寄せた。
「健……」
ジュンが健の厚い胸に縋って嗚咽を漏らし始めた。
竜はそっと甚平の背を押した。
2人は別室で共に泣くのだろう。




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