『故郷の風景』

ジョーはこの頃、故郷を思う事が多くなっていた。
アランを結果的に殺してしまったあの事件からまだそれ程経ってはいないのだが、一瞬だけ故郷の姿を垣間見た彼は、子供の頃と全く変わっていないその風景に両親の姿を重ねていた。
あんな事がなければ、自分はまだ島にいて、両親と3人で幸せに暮らしていたのだろうか。
島の悪ガキになっていたかもしれないが。
風光明媚な観光地でもあったBC島は、夕陽が綺麗だった。
彼はいつも島で一番小高い丘に登り、そこで一番高い木の上から陽が沈むまで眺め続けている事が多かった。
この場所は両親にも悪ガキ仲間にも内緒の、自分だけの場所だった。
ついつい暗くなるまでその場所にいて、帰りが遅くなり、母親から叱られたものだ。
暗くなっても木から降りるのには不自由しなかった。
不思議なもので、何故か当時から夜目が利いたのだ。
その頃から科学忍者隊になれる素質はあったのだろう。
故郷の風景は、彼にとってはその夕陽が一番だった。
BC島の海岸の景色はもう思い出すのもおぞましい光景に変わってしまった。
小波の音、キラキラと輝く波が押し寄せる様は、そのまま彼の記憶の中で両親の死と直結している。
故郷の海は彼にとっては、見たくはない代物だった。
だから、BC島に上陸した時も、砂浜は避けたのだ。
その現場に行く事はしなかった。
両親を偲ぶには一番適した場所だったのかもしれないが、彼はそれをしなかった。
レンタカーを借りて、墓へと直行したのだ。
墓の場所は覚えていた。
両親はそこに埋葬されるに違いない、と言う事も知っていた。
行ってみた処、案の定、『ジュゼッペ浅倉、その妻カテリーナ、此処に永遠の眠りに就く』と書かれた墓石があった。
墓守に邪魔された上に、ギャラクターの大ボスだった、と言う事実まで解った。
彼は花を手向ける事すら許されなかったのだ。
50年に1度と言う竜舌蘭が咲く中、アランと再会した。
初めて見る花だったが、何となく不気味な気がした。
小さい頃遊んだ建物はまだそのままだった。
だが、彼には郷愁に浸っている余裕すらなかった。
ギャラクターの襲撃に遭ったのだ。
あの墓守が通報したのだろう。
それが故郷の思い出が、また血で汚される切っ掛けとなった。
市場などを闘いながら通り過ぎたが、その景色も昔と同じだった。
しかし、観光地ながら賑やかさはなく、何となく寂れている感じがした。
観光地特有の華やかな感じはなかった。
そんな処が、子供時代と変わっていなかったのだが、彼はギャラクターの手に染まったこの故郷の島からは冷たくあしらわれた。
きちんと接してくれたのはアランだけだった。
だが、あの教会で悲劇は起きた……。

故郷を思うようになったのは、あの事件のせいなのか?
以前より現地の事を気に掛けるようになった。
火山が爆発したと新聞で読んでは、心配する。
だが、彼の原風景はあの夕焼け空だけになってしまった。
折角の故郷も、思い出そうとすれば辛い事だらけだ。
自然、思い浮かべるのは、小さい頃に眺めたあの空になるのだ。
空は故郷に続いている。
その太陽がユートランドの海に落とす細長い道を眺めているのが、ジョーのお気に入りだった。
飽かずに眺めている事が多い。
その夕焼けは故郷で見たものよりも美しいとは思わなかったが、それでもやはり綺麗だ。
空のパノラマを楽しむ事は、彼にとっては、故郷を思う事と同意義だったのだ。
この事はきっと他の誰にも解るまい。
彼がどうして夕陽を見る事によって感傷を覚えるのか、と言う事を……。
別に解って貰う必要もなかったし、彼はいつだって1人で夕陽を眺めた。
時間を忘れて夕陽を見る事だけに没頭する事が多かった。
それが彼の郷愁から来るものだと知っているのは、G−2号機だけで良かった。
G−2号機だけには、知られても構わないと思った。
機械に対してそう思うのは変だとジョーは自分でも思ったが、何かそう言った物を超えるものが、G−2号機との間にはあった。
いつも彼が夕陽を眺めるその傍らに『彼』はいたのだ。
この夕焼け空はきっと故郷にも続いている。
故郷の木の上で見たこの世の物とは思えない程美しい空は、今も彼の心に焼き付いており、実際に見ている夕陽の姿と相俟って、心の中でその世界を羽ばたかせる。
いつでも彼は故郷の風景を、ユートランドの空に見る事が出来るのだ。
彼の格別な海から、小高い丘から、トレーラーハウスを停めた森の中のハンモックの上から、彼は様々な角度から夕焼けを楽しむ事を日課のようにしていた。
その光景が全て故郷に結びついているのだ。
故郷は自分に冷たかったけれど、次に帰る時はきっと温かく迎えてくれる事だろう。
ギャラクターを斃し、アランに対する負い目が消えた時、彼はそっとBC島を訪れようと思った。
そして、子供の頃に登ったあの木の上から、故郷の夕陽を見たい。
島一帯が見渡せるあの丘で。

彼のこの望みは叶わなかったのか?
実は、彼は死に臨んで、魂だけをこの島に送った。
故郷のあの丘の木に登り、夕焼けを堪能し、そうして、最期の時を迎える事が出来たのである。
自分の意志ではなかったが、何かの力が働いたのに違いない。
ジョーは死に瀕して、最期に故郷の原風景を眼に焼き付けて逝く事が出来たのだ。
もうギャラクターの子である事を卑屈に思わなくてもいい世界に行く事になる。
病気の痛みに苦しむ事もない。
そう言った苦しみのない世界に、彼は虹の橋を渡って、そこへ辿り着いた。
それはまだ未来の事だが、彼の望みは叶えられたのだ。

※この話は、323◆『郷愁』に繋がる内容となっています。




inserted by FC2 system