『説得力』

空は荒れ模様だ。
『スナックジュン』に屯していた科学忍者隊は帰るに帰れなくなった。
だが、もう閉店時間が迫っている。
「俺が送って行ってやってもいいが、1人ずつしか乗せてやれねぇぜ」
ジョーが呟いた。
「おいらのG−4号機には屋根がないしね」
甚平も扉を開けて外を見た。
「おらは明日客が来るんで戻っていないとのう」
「じゃあ、健は少し待っていろ。先に竜を送ってやろう」
「ジョー、それじゃあ、お前が大変だろう。
 俺はこの店の隅で寝かせて貰って、風雨が落ち着いたらバイクで帰るぜ」
「健、遠慮するこたぁねえが……、その方がジュンには嬉しいかもしれねぇな」
「あら、何言ってるの?ジョー。
 ツケの客に寝場所を提供する程私はお人よしじゃなくてよ」
「ほう〜」
ジョーはジュンの顔をまじまじと見た。
彼の知らない内に、健が何か彼女を刺激するような余計な事を言ったらしい。
「おいらは別に構わないんだけどさ。
 お姉ちゃんがこれだから、兄貴は諦めるんだね〜。
 ジョーの兄貴、悪いけど宜しくね」
「何だぁ?」
甚平のそっけなさに、ジョーは竜と顔を見合わせた。
「おい、竜。おめぇ何か知ってるか?」
「いんや、おらは何にも」
「ふ〜ん……」
ジョーはひと唸りすると、取り敢えず竜を送ってやる為にガレージへ向かった。
「健、暫く待っていろ。この風雨じゃ、飛ばせねぇな」
「解った。悪いが頼む」
健はジョーに片手拝みして、ボックス席の片隅に縮こまった。
「兄貴、掃除の邪魔をしないでくれよ。
 出来たら手伝って欲しいぐらいなんだから」
甚平も何となく健に冷たい。
腹に据え兼ねる事でもあったか?
しかし、ジュンや健がいる限り、甚平を詰問しても言わないだろう。
ジョーは追及せずに店を出た。
カウンターにはしっかり自分の分の料金を置いてあった。

「何があったんだか知らねぇが、甚平があそこまでジュンの肩を持つとは、健の奴、相当なポカをやったな」
「おらつらつら思うに、また健がトンチキ振りを発揮したんじゃろて。
 おら達には想像もつかねえ事をな」
「そんな事ぁ解ってる。一体何をやったらあの2人がああなるのか、って話だぜ」
「ジョーはジュンの変化に気付いたじゃろうて」
「あ?あのペンダントの事か?あれは2つ一組のもんだな。
 ハート型の片割れだけジュンが身に付けていた。
 まさか、あれを健に!?そりゃあ、無理だ。
 俺だって断るぜ。任務が終わるまでは恋どころじゃねぇ」
「だがよ、おらにはあれ以外に思い当たる事はないわさ。
 おらは最初から健と一緒だったからよぉ」
レース帰りに優勝の花束を持って訪れたジョーは最後に合流したのだ。
「なる程、それなら合点が行ったぜ。
 つまり、俺はあのペンダントに気付いたが、健は気付かなかったんだな?
 それ以前のあのペンダントの意味も知らねぇに決まってるぜ。
 恋人同士が持つ物だなんてよ」
「ジュンも健に渡そうと思った訳じゃなくて、もう片方は時期が来るまで自分で大切に持っているつもりじゃったんじゃ。
 だけんども、健が全く気にも留めなかったんで、腹を立てたんじゃて」
「で?甚平も女心の解らないリーダー様にご立腹って訳か」
「多分そうじゃろうのう…」
「だが、ギャラクターを斃すまでは仕方がないだろう。
 ジュンが夢を見るのはまだ早いぜ」
「おらにはそんな事、言えねぇぞい」
「俺が言い含めてやる。時間(とき)を待て、ってな」
信号が赤になった。
ネオンが雨水で揺らいでいる。
この先右に曲がれば、竜のヨットハーバーの方向だ。

竜を送り届けると、ジョーは『スナックジュン』に取って返した。
雨は小降りになっていたが、彼が着くと健は少し前に帰ったと言う。
「あら?ジョーに連絡しなかったの?全く健ったら!」
ジュンはお冠だ。
「まあ、いいさ。おめぇ達が不機嫌だから居づらかったんだろうぜ。
 じゃあ、俺も帰るぜ。邪魔したな」
「ジョー、コーヒーを入れるわよ。一杯飲んで行って。
 苦労を掛けたから」
「別におめぇのせいじゃねぇぜ」
ジョーはキーを持ったまま出て行こうとした。
「いいからいいから」
甚平がジョーのTシャツを引っ張った。
仕方なくカウンターに座る。
「折角店じまいしたのによ」
「ジョーだけよね。このペンダントに気付いたの」
「いや、そうでもねぇぜ。竜だって言わなかったが気づいてた」
「あら、そうなの?」
「健も気付いたかもしれねぇ」
「そうかしら?」
「だが、解ってやれよ。今はギャラクターを斃すのに本腰を入れなければならねぇ。
 健は健で、恋愛よりもそっちの事を考えろ、と言いたかったんじゃねぇのかな?
 それをおめぇを傷付けねぇ為に言わなかった。
 そうじゃねぇか?」
「兄貴がそんな玉かねぇ?ジョーの兄貴じゃあるまいし」
甚平がテーブル席を拭きながら呟いた。
「………そうかも、しれないわね。
 友達がこんなのを着けて幸せそうな顔をしているのを見てしまって……。
 私、とっても羨ましかったのよ」
「ジュン、気持ちは解るが、時期ってものがある。
 もう少し長いスパンで考えてやれよ。
 いつかきっと健が振り向いてくれる日が来る。
 前にも言ったが、おめぇ程健の一番近くに長くいる女の子はいねぇんだぜ」
ジョーの声音は優しかった。
「俺はそんなに口が上手い方じゃねぇけどよ。
 俺が言いたい事は解ってくれるか?」
「おいらには良く解ったよ。お姉ちゃんはどうかしらないけど」
「甚平。少し黙ってろ……」
ジョーはジュンの返事を根気良く待った。
「そうね……。解ったわ。今はギャラクターを斃す事に集中する。
 ジョー、ごめんなさいね。貴方の貴重な時間を割かせてしまったわ」
「構うもんか。どうせ帰ったらシャワーを浴びて寝るまでだ」
「レースで疲れたでしょ?
 今のコーヒーは花束のお礼よ。私の奢り」
「いいのかよ?その分、健に回してやれよ」
「いいのよ。ジョーは私にとても大切な事を教えてくれたんだし。
 慰めの言葉と言うよりも、私に力をくれたわ。
 とても説得力があった。
 時間(とき)を見極める事も重要だって、貴方は教えてくれたのね。
 だから、私はこれからも頑張れるわ。
 ジョー、どうもありがとう。
 貴方はやっばり健よりも大人よね」
「任務を離れている時だけはな」
2人は向かい合って笑った。
ジュンの気持ちもどうやら晴れたようだった。
それと同時に雨は完全に上がった。




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