『復讐鬼』

「健、どうした?また親父さんの事を思い出しているのか?」
任務の帰りに『スナックジュン』に寄り、帰ろうとガレージに2人揃って出向いた時だ。
先程から健の様子がおかしいと思っていたのだが、ジョーは思い切って訊いてみた。
場合によっては傷つける事になるかもしれないが、科学忍者隊のリーダーがいつまでも落ち込んでいては困る。
「今日の任務で親父の部下と逢ったんだ。
 思い出すのも仕方があるまい」
バイクのシートの中には、ジョーが任務の終わりに拾って健に渡した、父親の形見の赤い帽子が大切に入っていた。
健はそれを手に取って、大切そうに煤を払った。
「だが、親父さんの部下が今も親父さんの遺志を継いで頑張っていてくれている事が嬉しくはなかったか?」
「嬉しいさ。俺はその存在を忘れていたぐらいだったがな」
「無理もねぇ。俺達だって忘れていた」
ジョーはG−2号機にキーを差し込んだ。
「おめぇの親父さんはいいな。腹心が後を継いでくれている。
 俺の両親の事を思ってくれている奴はいるのかな?」
この時、ジョーはまだ両親がギャラクターであった事を思い出してはいない。
「俺は両親がどうやって生計を立てていたのかすら、知らねぇんだ」
「そうだったな、ジョー。
 でも、南部博士に助けられ、お前はこうして生きている。
 その事だけでもご両親が浮かばれていると思わないか?」
「そうだろうか?ただの『復讐鬼』と化した俺を見て、喜んでいるとは思えねぇ。
 でも、俺には後戻り出来ねぇんだ。
 それだけを糧に此処まで生きて来れたんだからな」
「ジョー、お前の気持ちが良く解ったよ。俺も一時期荒れたからな」
「もう落ち着いたのか?そうは見えねぇな。
 お前、唇の皮を毟る癖があるのに気付いてたか?
 何か屈託がある時は必ずだ。
 今日もそうしていた」
ジョーはG−2号機の機体に寄り掛かり、静かに言った。
「そうだったか?自分では意識していなかった。
 確かに今日の俺は、親父の事を考えてどうかしていたかもしれないな」
「それよりもギャラクターが開発したあの変身を解く武器の事を考えた方がいいかもしれねぇぜ」
「あれはカッツェが使い過ぎて自滅したじゃないか」
「だからと言って、大丈夫だとは言えねえ。
 レッドインパルスが忘れた頃に現われたように、あの『メガザイナー』と言う武器も、いつ再開発されるか解らねぇぜ」
「最初の犠牲者はお前だったな」
「俺は脚だけだった。変身を完全に解かれたのはおめぇだろ?
 脚はまだ痛むのか?」
「鬼石さんと言う人が手当をしてくれた。大した事はない」
「そうか……」
ジョーは持ったままだったキーをくるくると回した。
「それよりジョーは、自分の事をまだ『復讐鬼』だと思っているのか?」
健が眉を顰めた。
本当は早く帰って眠りたかったのだが、話の流れからそうは行かなくなったようだ。
「お前は以前よりも『復讐一辺倒』ではなくなっているように思うぜ」
健は出来るだけ軽く言った。
「俺が一時期おかしくなったからかもしれないな。
 ジョーはサブリーダーとしてしっかり科学忍者隊を引っ張ってくれた。
 俺は感謝しているんだ」
「冗談だろ?俺にはリーダー的仕事は無理だって、良く解っただけだったぜ。
 それに、俺の心からはいつだって『復讐』の2文字が消えた事ぁねぇ。
 これは本懐を遂げるまではどうしようもねぇ感情なんだろうぜ」
「ジョー、卑屈になるな。
 お前は確かに復讐に燃えているのかもしれないが、『復讐鬼』ではない。
 それは断じて違う。
 ギャラクターが憎いと言いつつも、隊員全部に恨みを持っている訳ではないだろう?」
「いや、どうかな?カッツェに与する奴らは全て許せねぇ……」
「ジョー、肩の力を抜け。お前には他にやりたい事があるだろう。
 それを追うのも青春だ」
「俺に青春なんかねぇんだよ!」
「ジョー………」
「おめぇを慰めるつもりが、何時の間にか立場が逆転しちまったな」
ジョーは自嘲的に笑った。
「さすがはリーダーだ」
これから暫くして、ジョーは任務の中で自分の出自を思い出す事になる。
そしてBC島に出向く。
この事で更に憎悪が増してしまうのだが、今の時点ではジョー自身も健も何も知らない。
「ジョー、思い詰めるなよ。
 明日はサーキットに行って来い。
 全ての屈託を洗い流して来い」
「………………………………………」
「お前だって青春を謳歌する権利はある。
 いや、義務かもしれない。
 お前はまだ10代の若者なんだぞ。
 いつまでも苦しむな」
健はまさかこの後、ジョーに更なる苦しみが待っているなどとは想像もしていない。
「おめぇだって10代じゃねぇか?」
ジョーは笑った。
「俺達はよ。ギャラクターとの闘いに身を窶し過ぎて、年相応の暮らしはしてねぇからな。
 休日ぐれぇは楽しんだっていいよな」
「そうだとも、ジョー」
「明日はお前のご注進通りにサーキットで飛ばして来る事にするぜ。
 それより健。おめぇ、もう眠そうじゃねえか。
 居眠り運転をするなよ。
 何なら送って行ってやろうか?」
健はジョーと違って宵っ張りではない。
ジョーはその事を知っている。
健の答えを訊く前に、彼のバイクをG−2号機のルーフへと乗せて固定した。
「おいおい、ジョー」
「いいから、乗れって!着いたら起こしてやる」
「ふふっ」
健が急に笑った。
「何だよ、気持ち悪りぃな」
「どこが『復讐鬼』だ。こんなに優しい復讐鬼なんているものか、と思ってな。
 急に可笑しさが込み上げて来たのさ」
「ふんっ!だが、俺はやる時はやるぜ」
「お前が仲間で良かったよ……」
ナビゲートシートに収まった健はそう言うと、スーッと寝息を吐いて眠り込んでしまった。
ジョーは「ふっ」と笑った。
(こいつは妙に子供じみた処があるぜ…)
しかし、ジョーも思った。
(こいつがリーダーで良かった)
と。
(こいつなら、いざとなったら仲間を見捨てる覚悟も出来るだろう。
 そんな事がねぇ事を祈るが、きっと地球を救う為に正しい判断をしてくれる…)
ジョーはダッシュボードから膝掛けを取り出して、健に掛けてやった。
少しは暖まるだろう。
「それじゃ、健の飛行場へ向かうとするか」
独り言を言って、エンジンを吹かした。




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