『仔猫のジョージとの別れ』

『科学忍者隊の諸君、速やかにRX−12地点にて合体を完了せよ』
「G−2号、ラジャー」
ジョーが答えた時、彼はトレーラーハウスに住み着いてしまった白と茶のブチの仔猫にミルクをやっていた。
気持ちの良い朝だったが、一瞬にしてその雰囲気は壊された。
仔猫は雄猫だった。
みゃあ、みゃあ、と鳴き、よちよちと歩く。
小さな顔に大きくつぶらな瞳が何とも愛らしい。
もふもふとした体毛が柔らかい身体を包んでいる。
白い額にある、薄茶色のブチ模様がその可愛らしさを更にアピールしていた。
まだ野良猫の親に生み捨てられて間もない事が解る。
ジョーはこの子をサーキット仲間に譲る事に決めていた。
飼ってやりたいが、彼の生活では充分に構ってやる事が出来ない。
去勢手術などを彼の費用負担で行なった後に引き渡す事になっていて、今日がその約束の日だった。
先日は『彼』の毛だらけになって、南部邸の夕食に参加し、テレサ婆さんに指摘された事もあった。
ジョーは先約があるから、と一旦その食事会を断っていたのだが、行きがかり上行かなければならなくなった。
健などは『先約』を恋人との約束なのではないかと勘繰っていたのである。
実はその時はこの仔猫の身体を洗って上げる約束になっていたのだ。
ジョーの長い脚に必死でよじ上って来る可愛い奴だ。
「おい、ジョージ!」
彼が付けた仮名だった。
「用事が出来た。留守番してろよ。
 好きなだけ遊んでいてもいいが、トレーラーの中には入るなよ。
 俺が帰って来たら綺麗に洗ってやるからな」
ジョーはトレーラーの鍵を閉めて、G−2号機へと乗り込んだ。
『ジョージ』は寂しそうにジョーを追い掛けて鳴いたが、構っている訳には行かなかった。
「バードGO!」
虹色に包まれて変身したジョーは、合流地点へと急いだ。
RX−12地点はそれ程遠くではなかった。
そこで合流して、別の場所に急行せよ、と言う事らしい。
またギャラクターのメカ鉄獣が暴れているのだ。
今日は『ジョージ』をサーキット仲間に受け渡す日になっていた。
連絡の取りようがない。
任務が長引いた場合は、後日にして貰うしかなかった。
「約束しちまったからな。あの人の子供が哀しむだろうな…」
ジョーはノーズコーンの中でそう呟いたが、コックピットに上がるまでには気持ちを切り替えていた。
「健、博士からの指令は?」
「いや、これからだ」
ジュンと甚平が今から合体する処だった。
全員揃ってから説明するつもりなのだろう。
やがてジュンも甚平も合流した。
「南部博士。全員合流を済ませました。
 指令をお願いします」
健がスクリーンに向かって話し掛けた。
『メキサカ国にギャラクターのメカ鉄獣が現われた。
 その500km程先の地点だ。
 敵は怪光線を出し、人々を苦しめているらしい』
「ラジャー。急ぎ向かいます」
科学忍者隊は急ピッチでメキサカ国へと向かった。

敵を片付けたのはまだ昼過ぎだった。
約束の時間は16時。
充分に間に合う。
ジョーは戦闘中に左腕を負傷していたが、サーキットに行く為の運転なら問題はないだろう。
三角巾で左腕を吊り上げた状態で、ジョーは一旦帰宅した。
仔猫の『ジョージ』は大人しく、トレーラーの外でひとり遊びをしていた。
「もう1人遊びを覚えたのか?
 少しずつ赤ん坊から子供になって行くんだな…」
ジョーはふっと寂しさを覚えて呟いた。
仔猫はすぐにジョーへと寄って来た。
長い脚を苦労してよっこらしょとよじ登り、腕の三角巾に触れると、ジョーが少し痛そうな顔をしたので、『ジョージ』は小首を傾げた。
「さて、婿入りの前に身体を洗ってやろう」
ジョーは仔猫を抱き上げて、トレーラーハウスへと入った。
邪魔な三角巾は一旦外して、裸足になり、ジーンズを捲り上げて、シャワールームへと入った。
「綺麗になってから新しい飼い主の処へ行こうぜ」
ジョーは別れの儀式のように、丁寧に仔猫の身体を洗ってやった。
洗っている間に、短い間の触れ合いが頭に浮かんで来て、何とも寂しい気分になった。
「ジョージ…。行っちまうんだな。
 俺が決めた事だが、何だか寂しいぜ」
バスタオルで丁寧に水気を取ってやる。
「ほら、男前が出来たぜ」
ジョーは仔猫の眼の前に顔を突き出して笑った。
三角巾を付け直して、もう1度ミルクを与える。
これが最後だ。
仔猫はぴちゃぴちゃと元気良くミルクを舐めた。
「たっぷり飲めよ。これが俺がやる最後のミルクだからな」
ジョーは手ずからミルクボウルを仔猫に差し出していた。
彼の手に撥ねたミルクも仔猫は丁寧に舐めた。
最初の頃は同じ量でも残したものだが、今は全部綺麗に舐め尽くす。
「大きくなれよ。新しい家族の元で幸せになってくれよ」
ジョーは食事を終えた仔猫を右手で抱き上げた。
まだ片手で充分な大きさだ。
此処で見つけた頃は掌に乗るぐらいだったが、今もまだそうは成長してはいない。
「こんなに小さい内から貰って貰えば、きっとおめぇは可愛がって貰えるに違ぇねぇ。
 いいか?これからは『ジョージ』じゃない違う名前が付けられる。
 ちゃんとそれに順応するんだぜ」
ジョーは仔猫をギュッと抱き締めると、毛布に包んでG−2号機のナビゲートシートに乗せた。
「ジョー!」
こんな時に…、とジョーは「チッ」と舌打ちをした。
「怪我をしているのに、一体何処に行くつもりだ?」
健だった。
「こいつをサーキット仲間に譲る事になっていてな。
 今日が約束の日なんだ。
 仲間の子供達が楽しみにしている。
 約束は果たさねぇとな」
「まさかついでに走って来るつもりはないだろうな?
 お前、結構重傷なんだぞ?!」
「さすがの俺も自重するよ。心配するな」
「そうか。それならいいんだが…。
 俺が運転してやろうか?」
「でぇ丈夫さ。この位の傷でG−2号機の運転が出来ねぇ程の事ぁねぇ。
 俺はレーサーだぜ?」
ジョーはそう言うと、G−2号機を発進させた。
仔猫との最後の時間を邪魔されたくはなかった。
「ドライヴに行こうぜ。俺との最初で最後のドライヴだ。
 じっくり楽しもうじゃねぇか」
仔猫は何となく別れを自覚しているのか、寂しそうにみゃあ、と鳴いた。
それを見送る健の背に、ジュンが呟いた。
彼女も一緒に来ていたのだ。
「ジョーもあの仔猫との別れが辛いのね。
 最後の時間を邪魔されたくはないのでしょう。
 さあ、店に戻りましょう!」
ジュンは健の肩を叩いて、G−3号機に戻った。

サーキットに着くと、まだ陽が照っていた。
「さあ、外に出てもいいぞ。
 でも、余り走り回るなよ。危ねぇからな。
 そろそろ新しい飼い主が来る頃だろうぜ」
「ジョー!」
ジョーが仔猫に話し掛けている間に、その男、リックはやって来た。
「何とも可愛らしい仔猫じゃないか…。
 本当に貰ってもいいのか?
 惜しくなったんじゃないのか?」
「名残惜しい気持ちは正直言ってあるさ。
 でも、俺はトレーラーハウス住まいだし、こいつを飼う事は出来ねぇ。
 森の中で住み着かれてしまった時から、いつかはこんな別れが来る筈だったのさ」
ジョーは仔猫を抱き上げた。
仔猫はジョーを見上げて、何かを訴えるかのように『みゃあ』と鳴いた。
その声が心細げだった。
ジョーは車から毛布を取って、それに仔猫を乗せた。
「さあ、リック。可愛がってやってくれ」
「この子の名前は?」
「俺が付けたのは仮の名前だ。
 家族で相談して付けてやってくれ」
「いや、この子が慣れた名前がいい。
 良かったら聴かせてくれないか?」
サーキット仲間のリックは優しげな男性だった。
ジョーは彼に仔猫を押し付けるように渡すと、「ジョージ…」と呟いた。
「ジョージか。いい名前じゃないか。
 此処まで育ててくれた拾い主の名前の面影もあって、とてもいい。
 『ジョージ』。これからは俺達が家族だよ」
リックは優しい瞳で、『ジョージ』を見つめた。
「じゃあ、宜しく」
ジョーは気持ちを断ち切るかのように踵を返した。
みゃあ!
仔猫が毛布を飛び出した。
「駄目だよ。俺はもうおめぇの家族じゃねぇ。
 新しい家族はそっちだ」
ジョーは仔猫を拾い上げ、改めてリックに渡した。
「元気でな」
ジョーはもう振り返らなかった。
これ以上、仔猫に情が移ってしまっては、自分が別れ難くなる。
「リック。また逢おう」
「ジョー、怪我をしているようだが、気をつけてな」
「ああ」
ジョーは後手に右手を振って、足早に去った。
仔猫もジョーに2度に渡ってリックに手渡された事から、自分の飼い主が変わったのだと言う事を理解したらしい。
大人しくしていたが、それでも、寂しそうにみゃあ、みゃあ、と鳴きながらいつまでもジョーを見送るのだった。
一抹の寂しさが、ジョーの心に木枯らしのように吹いて行った。

※この話は308◆『先約』の続きとなります。




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