『ジュンよ、幸せに…』

俺の事を最初に見つけてくれたのはジュンだった。
駆けつけて来る間に、彼女は敵兵に見つかって狙われた。
俺の為に、危険な眼に遭わせてしまった。
俺は咄嗟に大腿部の隠しポケットを浚い、力の限りを尽くして立ち上がった。
まだ羽根手裏剣が残っていた。
最後の力を振り絞り、ジュンを撃とうとしている奴の首筋を後方から射った。
カッツェを狙った時は外してしまったが、今度は成功した。
往年の唸りが甦った。
ジュンを助けたいと言う強い思いが神に通じたのだろう。
俺にはもう羽根手裏剣を2度と操れない。
悔しいがそんな力はもう持ち合わせていなかった。
ゆっくりと自分の身体が草叢に倒れて行くのが解った。
ジュンが「しっかりして!」と叫びながら近づいて来る。
俺はジュンの方に首を向けるのがやっとだった。
「健を呼べ…。本部の入口は此処だ」
口を利くのも億劫になっていた。
だが、此処まで辿り着いたんだ。
健達に逢わずしてどうして死ねよう?
奴らには一言ずつ何か言い残してやりたい。
ジュン、おめぇにもな。
おめぇには幸せになって欲しいんだ。
血止めの薬草を探そうとしているジュンの手を俺はそっと掴んで止めた。
もう出ない力で、良くそれが出来たものだと自分でも驚いた。
「もういい…」
それよりも俺はジュンの顔をじっと見つめた。
彼女の瞳には美しい涙が溢れていた。
零さないように必死に堪えているが、もう溢れ掛かっていた。
綺麗だぜ、ジュン。
知らなかったな。
男勝りなお嬢さんだとばっかり思ってたぜ。
(泣くな、ジュン…。俺はこれで本望なんだ。
 どちらにしろ死ぬんだったら、ベッドの上でなんか死ねるかよ?
 それよりも…俺はおめぇには健と一緒になって幸せを掴んで貰いてぇ……。
 おめぇの一途なその気持ち、俺は誰よりも解っていたつもりだぜ……)
俺はそう思ったが、口には出せなかった。
今は力を溜めておく時だ。
どうせなら健が来てから、その言葉を一緒に聴かせてぇ。
その方が健にとっても薬になる筈だ。
俺には一石二鳥って訳だ。
きっとジュンを幸せにしねぇと、俺は化けて出てやるぜ。
こんなに一途におめぇの事を思っているお嬢さんなんて、他にはいねぇぜ。
どれだけ任務で助けられて来た?
健。おめぇには似合いの相手だ。

ジュンが健達を呼んでから何分が過ぎたのだろう。
俺は引いては寄せる波のように、自分の意識をこの手で掴んでは引き戻している風だった。
「ジョー、健が来たわ」
ジュンが俺の意識を引き戻そうとするかのようにそう告げた時、もう持ち上がらない筈の俺の右腕が健に向けて上がった。
彼のその手を求めているかのように……。
健に小言を言われる事は解っていたよ。
言われなくても解ってるさ。
でも、俺にはこうするしかなかった。
俺の生き方を貫き通すのみだ。
俺にはもう出来ねぇから、おめぇ達に託す。
おめぇ達の手で平和を取り戻して、自分達で幸せを掴んでくれ。
「ジュン…。健と仲良くな。
 こんな危ねぇ仕事は早く辞めて、女の子らしい幸せを掴めよ」
俺はこの言葉を健にも伝えたつもりだった。
健に遺言らしき言葉を言わなかったのは、この言葉が健に対する遺言でもあったからだ。
奴に通じたかどうかは、未来にならなければ解らねぇ。
俺はそれを見届ける事が出来ねぇのがちょっと悔しいぜ。
ジュン、きっと幸せになれ。
俺の分の運はおめぇに全部くれてやるぜ。
悪い運ばかり使い果たしちまったから、残っている運はきっといい運ばかりの筈だ。
おめぇはこれまで苦しんだ分、幸せになっていい。
いや、幸せになるべきだ。
俺が背中を押してやった。
後は自分達の力でな……。
おめぇらは生きて、これから若者らしい青春を送るんだ。
まだ間に合うじゃねぇか。
俺は青春に手が届かなかったが、おめぇ達はまだ間に合う。
今からでも遅くはねぇんだ。
おめぇ達の行く末は俺がきちんと見届けてやるから。
誰にも恥じない生き方をしてくれ。
みんな、幸せになって欲しい。
ジュンだけじゃなく、おめぇら全員によ……。
俺にはそれを祈る事ぐれぇしかもう出来やしねぇ。
さあ、早く行け。
俺を此処に置いて。
決して俺を見棄てて行ったなんて思いやしねぇぜ。
俺の屍を越えて行け。
それが科学忍者隊の使命だ。
俺1人の生命より、地球全体の生命が大事なんだ。
人間だけじゃねぇ。
例え虫1匹の生命であっても、大切な生命である事には変わりねぇ。
俺は自分が虫の息になって、良く解ったぜ。
おめぇらには地球を救う力がある。
俺の使命は此処で終わりだ。
地球を……託す……。
きっと幸せになれ。
俺はおめぇ達を信じて、先に逝っている。
天寿を全うしておめぇ達がやって来るまで、きっと待っていてやるぜ。
しっかり見ていてやるから、俺に恥じねぇ生き方をしてやって来い。
必ず、これまでの分を取り返すぐれぇ、幸せになってくれ。
ジュンの幸せを祈る事は、そのまま仲間達の幸せを祈る事に通ずるような思いがした。
大丈夫だ。
おめぇらはきっと大丈夫。
俺は信じているから。
少し早くあの世とやらへ逝くだけだ。
おめぇらが来るまで後何十年待つかは知らねぇが、その間ゆっくりさせて貰うさ。




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