『愚かさの中で』

「昔は地球人同士で殺し合う世界大戦があったんだってね…」
ジョーにサンドウィッチを出した甚平が皿を洗い始めながら言った。
「そうだな。俺が生まれるずっと前だったらしいが。
 俺の親も知らねぇからな」
「そんなに昔の話なんだ」
「でも、今の状況と大して変わりはないんじゃねぇか?
 ギャラクターの中にだって地球人が大勢いる。
 その殆どは地球人の筈だ。
 家族だっているんだぜ。
 それに、戦争ってのは、世の中からなかなか消えないものらしい。
 今もどこかで戦火が交えられているんだぜ」
ジョーは唇を噛み締めた。
「愚かな事さ。人間同士で殺し合うなんてよ」
「でも、そうしたらさ。おいら達が負っている任務は?」
「誰かがやらなけりゃならねぇ事だが、愚かな事には違いねぇ」
「おいら達愚かな事をしてるの?」
「言ったろ?誰かがやらねばならねぇ。
 負の部分を背負ってな。
 時折健が悩んでいるのも解る気がするぜ。
 だが、それが科学忍者隊の任務だ」
「ジョーの兄貴は悩まないの?」
「悩んでも仕方がねぇからさ。
 ギャラクターには復讐を果たさなければならねぇ。
 奴等を野放しにしておけば、地球は滅亡する。
 解るだろう?それぐれぇの事はよ」
「うん……」
「だから、俺達が立ったのさ。
 時には辛い任務でも遣り遂げなければならない。
 俺達とギャラクターとの闘いで犠牲になる人もいる始末だ。
 せめてそう言う人達が出ねぇようにしなけりゃならねぇ。
 それは解るだろ?」
「うん、解る。おいら達凄い任務を負っているんだね」
「そうさ。地球の命運、人々の生命。そう言った物を全て背負っている。
 だから、遣り遂げなければならねぇ。
 愚かさの中でもがいてでも、やり遂さなければならねぇ。
 ギャラクターを斃さない限り、地球に平和はやって来ねぇ!」
「ジョーの兄貴の言う事、良く解る気がする」
ジョーは甚平の頭を手で撫でた。
「そうか。解ったか。甚平は元々賢いのさ」
「ジョー、褒めても何も出ないよ」
「おいおい、俺は健じゃねぇよ」
ジョーは笑った。
重苦しい話に1つのオアシスが出来、それに救われたような気がした。
「甚平。旨かったぜ。また来るとしよう。
 走りたくなって来た」
ジョーは代金をカウンターの上に置いた。
「ええっ、もう帰っちゃうの?」
甚平が寂しそうな顔をする。
「代わりにツケの客がガレージにやって来たようだぜ」
ジョーは笑って出て行った。

サーキットでは思いっきり飛ばした。
自分が甚平に言った言葉は、実は彼にとっての心の澱となっていた。
ギャラクターを憎む気持ちは変わらない。
ベルク・カッツェを殺したいとも思っている。
しかし…。
ギャラクターの末端の隊員達にまで私怨があるかと言うと、実はそうでもない。
ギャラクターに手を貸している事には憤懣やる方ない思いがするが、それを考えれば、自分の両親も一時的にせよ、そうだった訳だ。
復讐心に揺らぎはないのだが、そう言った事を考える事が増えた。
人類同士の殺し合い程、馬鹿げた事は無いのだと言う事を……。
だが、ギャラクターは相変わらず卑怯な殺戮を繰り返す。
これを指示しているベルク・カッツェ、引いては最近その存在が明らかになった総裁Xを許す訳には行かない。
末端の隊員の中には騙されて入隊した者もいるだろう。
だが殆どの隊員はカッツェに心酔している。
そんな奴等だ。
蹴散らすのを気遣っている暇はない。
戦闘時に余計な事を考えていては、自分の生命取りになる。
傷を負わせたり時には生命を奪う事にもなり兼ねない事があるが、任務の中では仕方の無い事だった。
博士の指示と自分の『使命』を信じて、闘う以外に、自分には道がないのだ。
ちゃんと解っている。
健のようにまで悩んでいる訳ではないが、ジョーだって辛酸を舐めている。
闘いの中で、友を撃ってしまった事もある。
だが、後悔しても始まらない。
時は戻せないのだから。
サーキットで飛ばして、シャワーを浴びて、全ての屈託を洗い流すのだ。
ジョーはトレーラーハウスを此処に置いてあった。
サーキットを出ると、G−2号機にトレーラーを繋いで、そのままトレーラーハウスの中に入った。
清潔な着替えを用意して、服を丁寧に脱ぐ。
ランドリーバッグに入れて行く。
全てを脱ぎ去って、惜しげもなく素晴らしい肉体を曝け出すと、白いバスタオルを手にシャワールームへと入った。
まだ陽が高い内にシャワーを浴びるなんて贅沢な事だ。
ジョーは枯れ葉のような色の髪から丁寧に洗った。
シャンプーの泡が均整の取れた筋肉質の身体を流れ落ちた。
その姿は何ともセクシーだ。
形の良い筋肉を全身に纏っている。
細い身体だが、その筋肉によって、彼の膂力が発揮されているのだ。
そのプロポーションは芸術作品よりもずっと抜群で、フォトグラファーなら写真に残しておきたいと思うに違いない。
ジョーは屈託を汗と共に洗い流して行った。
綺麗な肉体をボディーソープで丁寧に洗った。
また白い泡が身体を滑った。
西日の差し込むシャワールームでその姿は神々しかった。
そうして、ジョーは自分の屈託を汗と泡と共に洗い流して、1日を終えるのが定例だったのだ。
一皮剥けたような気がする。
タオルで丁寧に身体を拭きながらシャワールームを後にした。
身体の水滴を全て取り去り、髪を乾かすと、ジョーはそのままの姿でベッドに横たわった。
美しい……。
そのままシーツを上げて眠りに就く彼は神々しいままだった。
そうして夜の帳が下りるまで、彼は惰眠を貪った。
ブレスレットの呼び出しで夢を破られるまで。




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