『ステディな女友達』

「ジョー。何だかいい匂いがするわね」
『スナックジュン』のカウンターでジュンが鋭く気付いた。
「ん?さてはお主、綺麗なお姉ちゃんとデートでも…?」
うひひひ…と笑った竜の頭にジョーの拳が降って来た。
「馬〜鹿!コロンを貰ったんだよ。ジュンも良く嗅いでみろ。女が付ける香水じゃねぇだろ?」
「私は別にいい匂いがする、って言っただけよ〜」
ジュンが肩を竦めた。
「でも、一体誰に貰ったのかしらね?」
4人の視線が痛かった。
(こんな物、付けるつもりは無かったんだが…)
ジョーは困惑する。
プレゼントの送り主が、「ほら、付けてみてごらんなさい!」と自ら包装を解き、ジョーの首筋にコロンをスプレーしたのだ。
手首辺りならすぐに洗い落とせるが、首筋ではシャワーでも浴びなければ匂いは取れない。
(来るんじゃなかったぜ…)
ジョーは後悔していた。
「ジョー、告白しちゃいなさいよ!」
今日は何故かジュンが積極的だ。
「おめぇらが思ってるような事は何もねぇぜ!」
ジョーは早々に退散する事にした。
「いや、恋愛沙汰は科学忍者隊にとって場合によっては機密漏洩に当たる可能性がある」
(この堅物め!)
ジョーはその言葉の主、健に思わず「チッ!」と舌打ちをした。
(仕方ねぇ…)
ジョーは観念して一旦上げた腰を下ろした。
竜や甚平まで興味津々に身を乗り出している。
「残念乍ら断じて色恋沙汰じゃねぇ!」
ジョーは『断じて』に力を込めて言った。
「今日、俺は南部博士に呼ばれて、博士を別荘まで送ったんだ…」
淡々と話を始めた。
「今日は10年前、俺が博士の別荘に連れて行かれた日だったそうだ」
両親が殺された時のあの禍々(まがまが)しい思い出が脳裏に甦り、ジョーはカウンターの上で拳を強く握り締めた。
その拳が微かに震えた。
「博士が俺を運転手にしたのには、そう言った事情もあったらしい。
 このコロンは、賄いを担当しているテレサ婆さんがくれたのさ」
「ああ!テレサ婆さんか!」
健が手を叩いた。
「元気だったか?」
「ああ、バリバリに元気さ…」
「お前の事を可愛がっていたっけな」
「死んだ孫に似ているんだ、って言ってたぜ。テレサ婆さん、随分と小さくなったな…」
ジョーが瞳を閉じた。
「それはジョーが大きくなったからだろ?」
健が言った。
ジョーが南部の別荘から独り立ちしてから数年の間に、彼の身長は更に伸びていた。
「いや、それだけじゃねぇだろう。テレサ婆さんはもう80になったそうだ。
 今月一杯で辞めるらしい。娘さんの所に引き取られる事になるって言ってたな。
 それで博士がわざわざ自分の用事を『今日』に合わせたんだとよ」
「……テレサ婆さん、辞めてしまうのか?残念だな…」
「最後の日に健を連れてまた来る、と言っておいたぜ」
「な〜んだ。甘〜いロマンス話を期待しておったのにのう!」
「ほ〜んと。ジョーの兄貴はモテるから、仲良くしてる女の人でも出来たのかと思ったよ」
竜と甚平がガッカリした様子で言う。
この2人、兄弟のように気が合うなかなかいいコンビである。
ジョーはシニカルに笑った。
「ただの女友達なら沢山いるがな。その中で最も『ステディ』なのがテレサ婆さんって訳さ」
「ジョーって、様々な年代の女性からモテるのね…」
ジュンが組んだ手の上に顎を乗せて呟いた。
「テレサ婆さんの事は後で健に言うつもりだったんだが、此処で告白させられるとは思わなかったぜ。全くジュンも鼻が利くよな……」
「いい話じゃない。ジョーを可愛がってくれていたお婆さんが、あなたが別荘に引き取られたその日に合わせてプレゼントを用意してくれていたなんて」
「辞める日に出動が無いといいのう」
「ああ、そうだな。花束でも用意して行ってやろうぜ、健」
「ああ。テレサ婆さんには世話になったからな」
ジョーと健はチラリとお互いの顔を見やった。
それぞれが相手の幼い時の姿を思い浮かべていた。




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