『マシントラブル(5)』

ジョーは甚平の足音を頼りに風のように走り抜けた。
甚平の足が止まったのを看破して、ジョーもそっと足を止めた。
竜が単身敵と闘っていたが、その物音の中でも、甚平の足音をしっかりと聴き分けていたのだ。
「此処か?」
「うん…」
ジョーは探るような眼をしたが、どうやらどんどん光を失いつつある様子だ。
「ジョー、大丈夫かえ?」
敵兵を怪力で投げ飛ばしていた竜の声が問うた。
「ああ、大丈夫だ」
「敵はおらに任せておけ。ジョーは水爆に集中してくれればいい」
「解ってる!」
そのタイミングで甚平がジョーの左手を引いた。
「ジョー、此処だよ」
甚平はジョーの手を強化水爆に当てさせた。
ジョーは1周しながら、両手で手探りをして水爆の形をなぞってみた。
「ようし、解ったぜ。甚平、離れていな」
「大丈夫?おいらが撃とうか?」
「生憎こいつには癖があってな」
ジョーは腰から冷凍光線弾を取り出した。
「これで終わってくれればいいがな。
 いくら何でもギャラクターはまだそれ程大量に強化水爆を作っているとは思えねぇんだが…」
「そうだといいね。此処で使うと残りは7発か…」
ジョーは甚平が充分に離れた事を気配で察した。
「行くぜ!」
冷凍光線弾は確実に狙い通りに水爆を凍らせて行く。
その手際の良さに甚平は感心した。
「さすがはジョーの兄貴だ。良く見えていないのに、凄いや!」
甚平は心から感嘆の声を上げた。
「そう言う訓練を嫌と言う程して来たのさ。
 真っ暗闇の中でも、俺は闘えるぜ」
「良く解ってるよ。さて、また次を探さなくちゃ」
「全くキリがねぇな」
ジョーが一瞬だけ嘆き節を呟いた。
甚平はジョーの兄貴にしては珍しい、と思ったが、黙っていた。
「ジョー!」
今度はジュンがやって来た。
「こっちよ!」
またヨーヨーが飛んで来たのを、ジョーは左手でしっかりと受け止めた。
「甚平、竜、頼んだわよ」
「解っとるわいっ!」
「ラジャー」
竜と甚平がジュンに向かって答えた。
「ジョーもなかなか忙しい事じゃわい」
竜がジョーの背中を見送りながら呟いた。
「竜、とにかく早く片付けて、次を探さなくちゃ」
「解っとるわいっ!」
竜はまた同じ事を言い乍ら、敵兵を思いっ切り仲間達の頭上に投げ付けた。
「わあ〜っ」
と悲鳴が上がっていた。
その間に2人は駆け出した。

ジョーはジュンに導かれてまた移動した。
「ジョー、今度はちょっと厄介よ」
「どうしたんだ?!」
「ブラックバード隊が強化水爆を守っているのよ」
「じゃあ、今、健は1人で?」
「そうなのよ。だから急がないと」
「俺に構うな、もっと走るスピードを上げろ!」
「解ったわ!」
2人が到着すると、健は孤軍奮闘していた。
4つ目の水爆の前にブラックバード隊が5人おり、健は健闘していた。
ジョーはそれを気配で感じ取った。
だが、多勢に無勢だ。
ジョーは咄嗟に握っていたジュンのヨーヨーを1人のブラックバードに投げ付けた。
それをジュンが回収して更に繰り出し、敵の首に巻きつけて強く引いた。
敵は「ぐえっ!」と叫んで悶絶した。
ジョーはその間に羽根手裏剣を正確に投げ付けた。
ブラックバード隊の場合は油断ならない。
正確に喉笛を貫いた。
これで一気に2人に片を付けた事になる。
既に健が1人で2人を片付けていた。
「健!大丈夫か?7人で守っているとは、もしかすると、これが最後の水爆かもしれねぇな」
「ああ、だといいんだが…。
 ブラックバードは任せておけ。ジョー、急ぐんだ!」
健の言葉に、ジョーは自分自身で強化水爆を探す事となった。
しかし、もう殆ど光すら感じなくなっていた。
敵との闘いの中で、ブラックバード隊がどの辺りに集中しているかの気配は悟った。
その近くに水爆がある筈だ。
ジョーは、静かに右手を伸ばし、その気配を探った。
その間に攻撃も受ける。
最早彼が視力を失っている事は、敵にとっても明白だった。
だが、簡単にやられるような彼ではない。
武器と一体化した身体が自動的に反応する。
本能と言ってもいい。
眼が見えない状態でも、敵の気配を逸早く察し、攻撃を避ける事が出来た。
その攻撃を避けた時に身体がどん、と何かにぶつかった。
ジョーはハッとして、それに手を触れた。
「これだ…」
また両手で水爆を弄(まさぐ)るようにして、その形状を確認する。
「ん?」
さっきまでと形状が違っていた。
これは今までよりも巨大だし、先頭部分と思われる場所が、これまでの3つとは違い、尖っていた。
「これは…一体どう言う事だ?」
触れてみると、ドリルのようになっている事が解った。
そして、大きさは今までの2倍近くはあるように思われた。
冷凍光線弾1発では効かないかもしれない、とジョーは考えた。
2発使うとしたら、それは賭けだ。
これが最後の水爆であれば問題ないが、もしまだあったとしたら…?
ジョーの額から冷や汗が流れ出て、水中眼鏡の縁を伝って、顔の脇へと流れて行った。
「先端がドリルのようになっている。つまりは地下かどこかへ潜り込ませようと言う作戦か?
 これを作って、ISOでも脅す気だったのか…?
 他の3つはもしや、どこかで核実験をして、見せしめにするつもりだったのかもしれねぇ!」
ジョーの呟きを、ブラックバード隊と闘い乍らも、健はしっかりと聴いていた。
「ジョー、確かにその線は有り得るぞ。
 賭けかもしれんが、その水爆を凍らせるんだ。
 冷凍光線弾を何発使ってもな!」
健の声は凜としていた。
大丈夫な気がした。
「おう!解ったぜ!やってやろうじゃねぇか!」
ジョーは威勢良く答えた。
答えながら自分を狙って来る鎖鎌に向かって、エアガンの三日月型キットを繰り出して、跳ね飛ばした。
「ジョー、お前は俺とジュンで守る。そっちに集中してくれ!」
ジョーを狙っていたブラックバードをブーメランで攻撃しようとして手を止めた健が叫ぶように言った。
「解った!俺の生命、預けたぜ」
ジョーは振り返ってニヤリと笑うと、強化水爆の方へと向かった。
まずは途中で邪魔が入ってもいいように、と、先端部分のドリルから冷凍する事にした。
早速、距離を計って取り掛かる。
冷凍光線弾をエアガンに取り付けた。
眼が見えなくても、使い慣れた銃だ。
取り扱いに問題はない。
その時、敵の気配を感じた。
冷凍光線弾を狙っていると思われた。
しかし、健に生命を預けたのだ。
ジョーは構わずに作業を続けた。
その間に健は南部博士からの連絡を受けていた。
「そうですか。冷凍光線弾の追加分が完成したんですね。
 レニック中佐が部下と一緒に?
 解りました。
 では、今、ジョーが取り掛かっている大型の強化水爆に、もう何本か注ぎ込んでも大丈夫と言う事ですね」
健は肉弾戦を演じながら、博士と会話をしていた。
ジュンもそれを聴きながら、「たぁーっ!」と気合を込めて、ジョーの邪魔をしようとしたブラックバードにヨーヨーで攻撃を仕掛けた。
「もしかしたら、無駄になるかもしれません。
 今回の物は形状も大きさも違います。
 ジョーもその威力の違いを感じ取っているようです」
健はジョーの考えを告げた。
『うむ。確かにその可能性は充分にある。
 だが、他にも水爆がないと言う保証にはならない』
「そうですね。迂闊でした。レニック中佐の到着を待ちます。
 それから、ジョーの眼が殆ど見えなくなっているようです」
『何?それは危険だ。しかし、中佐が着くまではその作業はジョーにしか出来ない…』
「ジョーは立派に作業を進めています。
 眼が見えないのを感じさせない程、正確に。
 でも、時々ふら付いたりしているので、心配です。バードランっ!」
健が闘い続けている事は南部にも解った。
『後で除染をしよう。症状が軽くなって行く筈だ。
 その心配はいいから、そっちに集中したまえ』
「ラジャー」
健はジュンと頷き合った。
そして、懸命に作業を続けているジョーを見やった。
「ジョー、その冷凍光線弾はいくら使ってもいいぞ!」
「解ってる!話は聴いていた!」
ジョーの作業は終盤に入っていた。
ピキピキと音を立てて、これまでの2倍の大きさの巨大なドリル付強化水爆が、その全容を凍らせつつあった。
ジョーは音でそれを聴き分けたが、念の為、手で触れてみる。
「ジョー!そんな事をすればいくら手袋をしていても凍傷になるわ!」
ジュンが叫んだ。
「そんな事を言ってられるか!?
 確実にこいつを冷凍させなければ、街に、いや、地球に危機が訪れるんだぜ」
掌に突き刺さるような痛みが走った。
ジョーは最初からそれを覚悟し、利き腕の右手は使わず、左手だけで確認をした。
「よし、いいだろう」
左手は完全に凍傷でやられていたが、右手が残っている事で、まだ闘える自信はあった。
ジョーはエアガンの三日月型キットをブラックバードに向けて発射し、的確に打撃を与えた。
「ジュン、国連軍に連絡だ。この水爆はもういいだろう」
ジョーはジュンに向かって叫んだ。
ブラックバード隊は残り2人にまで減っていたが、「チッ!」と舌打ちして、散った。
「ジュン、追うんだ!」
健はジュンにそう告げ、分かれて行った1人を追った。
まだ水爆があるのなら、そこへご案内してくれるかもしれない。
ジュンは別のブラックバードを追った。
ジョーはホッと一息付くと、また頭にツキリと痛みを覚えた。
身体が揺らめく。
「くそぅ。まだ終わっちゃいねぇんだぜ…」
そう呟いたが、耐え切れずにその場に崩れ落ちた。




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