『マシントラブル(6)』

メインかと思われる強化水爆はジョーが無事に処置を終えた。
だが、まだ捜索は続いていた。
処理が終わった強化水爆は、国連軍が地上に運び出し、安全な場所に移す事になっていた。
ドリルが付いた水爆はこれ1つなのか、それとも他にもあるのか?
それに、他の強化水爆もまだあるかもしれない。
全く先が読めない作業だった。
作業員達は病院に運ばれ、手当を受けているが、かなり重篤な者もいるらしい。
比較的症状の軽い者から事情聴取が始まっていたが、全体の状況を把握しているとは限らなかった。
しかし、これまでにいくつの水爆製造作業に携わったか、と言う事はやがて聞き出して総合的に判断する事が可能になるだろう。
複数の証言を合わせて議論するのみだ。
それが解れば、科学忍者隊の任務も大分やり易くなる。
床に崩れ落ちたジョーは、意識までは手放していなかった。
「ぐっ!眩暈がするぜ。これがあの電磁波の影響なのか?
 いや、放射能かもしれねぇな。
 バードスーツには防御剤が噴霧されていると言うのに…。
 眼だって水中眼鏡で覆っている。はっ!……そうか!」
ジョーはある事を思いついて、水中で使う携帯用酸素ボンベを取り出し、口に咥えた。
(これで、少しは違うかも知れねぇ……)
フラリと立ち上がる。
健に足は引っ張らないと見栄を切ったのだ。
科学忍者隊のお荷物にはなりたくなかった。
よろよろと歩き出す。
凍傷を負った左の掌が痛んだが、そちらは彼にとっては大した事ではなかった。
人の気配がしなくなった室内は、彼にとってはどちらに歩けば良いのか全く解らない。
ジョーは右手であちこちを手探りしながら、とにかく別の場所へと抜ける通路を探した。
その時、南部博士から通信があった。
『ジョー、強化水爆の正確な数が解ったぞ!』
「そう、ですか…。それで?」
『ジョー、大丈夫かね?今、1人なのかね?』
「心配は、要りません。それより数を、教えて下さい…」
『ドリルが付いた水爆を凍らせるのに何発の冷凍光線弾を使った?』
「3発です。残りは4発……」
『良かろう。レニック中佐は20発の冷凍光線弾を部下と一緒に持って行った。
 間もなくそちらに到着するだろう。
 特殊ガンを作らせたから、冷凍光線弾は彼らにも撃てる。
 いいかね?ドリルが付いた水爆は合計3個作られている。残りは2個だ。
 普通の強化水爆は、5個作られているので、こちらも残りは2個。
 全部で4個の水爆を発見すればいい。
 ジョーは辛いのなら、もう休むがいい。
 国連軍が君がいる位置にある水爆を回収に行く筈だから、救助を頼もう』
「救助なんか要りません。俺は科学忍者隊の、コンドルのジョーです。
 健達の足を引っ張ったりは、しません、よ。
 まだ働けます。次の水爆が、見つかり次第、冷凍します」
『少し息が切れているようだが?
 健からはもう完全に眼が見えなくなっていると言う報告も入っている』
「眼なんか見えなくても、関係ありません。俺は、闘えます。働けます」
『相変わらず頑固だな。よし、解った。だが、無理はするな。以上』
南部博士からの通信は切れた。
健達にも残り数の連絡は行っている筈だ。
今、必死に探している事だろう。
ジョーは自分も捜索に加わらなくては、と考えていた。
間合いを計って羽根手裏剣を四方八方に飛ばした。
その羽根手裏剣が壁に突き刺さる音の気配だけで、彼は自分の行くべき道を見つけた。
やはり突出した感覚の持ち主だ。
闘う為に生まれて来たような男だった。
研ぎ澄まされた感覚は闘いの為だけに在った。
ジョーは迷う事なく、先へと進んで行った。
全く躊躇はしない。
その走りっ振りは眼が見えないとは思わせないものだった。
やがて自分の靴音が変わった事に気付いた。
広場に出たのだろう。
ジョーは羽根手裏剣を右手に持ちながら、油断なく前へと進んだ。
丹念に捜索したが、この広場の中に水爆はなかった。
次の通路を見つけて走り始めたその時、レニック中佐の国連軍選抜射撃部隊が到着したとの連絡が入った。
そして、ブラックバードをそれぞれ追って行った健とジュンがドリル型の大型強化水爆を発見したとの情報も同時に届いた。
やはりブラックバードはメインの水爆を警護していたのだ。
ジョーは咥えていた酸素ボンベを一旦外した。
「片方はレニック中佐に任せてくれ。
 俺は今から一瞬だけバードスクランブルを発信する。
 近い方に行くから教えてくれ」
ジョーはそう言うと1回だけバードスクランブルを発信した。
『ジョー、俺の方に近いようだ。お前のいる場所から北西に1300メートル。
 今、迎えに行くから待っていろ。
 ジュン、そっちはレニック中佐に任せてくれ。
 甚平、竜は残り2つの強化水爆を探せ』
『ラジャー!』
ブレスレットから頼もしい仲間達の声が聴こえる。
ジョーはそれに向かって、
「大体道は解っている。俺もそっちへ向かう。途中で合流しよう」
『ジョー、無茶はするな』
「大丈夫だ。探っている内にこの場所には通路が2つしかない事が解った。
 1つは俺が元来た通路だ。
 もう1つの通路、そこを行くしかねぇ」
『解った。とにかくすぐに行く』
「ブラックバードは片付けたのか?」
『勿論だ』
「へへっ、愚問だったな」
ジョーはニヤリと笑うと、再び酸素ボンベを付けた。
これがあると呼吸が楽だった。
眼からだけではなく、呼気からも放射能を吸収していたに違いない。
それに気付かなかった自分が愚かだった、と彼は自分自身を呪った。
バードスタイルはバイザーで顔を隠しているとは言え、顔は剥き出しである。
そこに彼らのバードスタイルに唯一の欠点があったと言えるかもしれない。

ジョーはひたすら走った。
時折、壁にぶつかってしまう事もあったが、それ程ではない。
彼の平衡感覚が優れているお陰で、その程度で済んでいるのだろう。
やがて健の気配がした。
靴音だけではない。
ジョーにはちゃんと健の気配が解るのだ。
携帯用酸素ボンベを外した。
「健!」
「ジョー、良く1人で此処まで来れたな」
「ああ、通路が1つしかねぇとなれば、後は走るのみだ。
 おめぇ達の足は引っ張らねぇと言ったろ?」
「ジョー、後は俺が手を引いて行く。その酸素ボンベはしっかり付けておけ」
「解ったよ。俺に構わずスピードを出してくれ」
ジョーは酸素ボンベを付けた。
彼の左手を握ろうとした健が驚いて手を引っ込めた。
「お前、凍傷を負っているじゃないか?」
ジョーはまたボンベを外した。
「構わねぇから左手を取ってくれ。何かあった時の為に右腕は空けておきてぇんだ」
「解った」
健はジョーの左手首を握った。
此処なら痛みもあるまい。
その配慮はジョーにも解った。
健は走るスピードを上げた。
ジョーなら付いて来れると言う信頼があった。
彼の身体能力だけではない。
此処まで眼が見えない乍らも闘い抜き、強化水爆も確実に使えない状態にした事でも、健はジョーに対して感嘆する思いだった。
それよりも、この任務が終わった後、ジョーの瞳に光が戻るのか、その事の方が心配だった。
南部博士は除染をすると言っていた。
それでジョーの症状は軽くなって行く筈だ、とも。
それに賭けるしかない。
ジョーは必ず良くなる。
これだけの気力がある男に、『負け』はない。
健はそう信じて走った。
ジョーが1人で600メートル程進んでいたので、やがてすぐに健が発見した大型強化水爆のある場所に到着した。
「ジョー、これだ」
ジョーは酸素ボンベを外さずに頷いて見せた。
彼の今の身体にはこれだけ走り続けている事が堪えたのだろう。
今日は走り尽くめだった。
健はジョーの右手を引き、水爆に触らせた。
ジョーはこれまでのセオリー通りに、水爆を触って、その周囲を1周した。
(ん?)
ジョーはある場所を頻りに撫でている。
さっきの大型水爆とは明らかに違う。
ジョーは酸素ボンベ を外した。
「健、こいつは遠隔操作の受信装置じゃねぇか?」
ジョーの指摘に健がそれを覗き込んだ。
ドリルの脇に何か付いている。
「ジョー、どうやらそのようだぞ。これは早く止めないと大変な事になる」
「解った。此処から狙おう。俺の冷凍光線弾の持ち分は後4本だ。
 残り全部を使う事になるが、仕方がねぇ」
「大丈夫だ。レニック中佐の一団が20発持っている。
 必要なら何発か持って来て貰うか?」
「そうしてくれ。そうだな…。取り敢えず3発。
 20発の内、中佐が3発、俺が3発使っても残りは14発だ。
 普通の強化水爆なら1発ずつでOKだから、問題はねぇだろう」
「よし。マカラン少佐に連絡を取る。
 ジョーは作業を始めてくれ」
「ラジャー」
ジョーは腰から冷凍光線弾を取り出した。




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