『マシントラブル(7)/終章』

ジョーは、今は眼の前の強化水素爆弾を破壊する事だけに集中しようと思った。
周りにはもう敵はいない。
それに健が彼を守っている。
ジョーは仕事に集中する事が出来た。
アセット市の豊富な地下資源であるリチウムと、新発見された資源『ベラリウム』とを融合させて作られた強力な水爆を、ギャラクターは水面下で作り出していた。
それがG−2号機の異変からたまたま発覚したのである。
それがなかったら、今頃、どうなっていた事か?
ISO辺りにギャラクターからの脅迫テープでも届いていたかもしれない。
G−2号機はマシントラブルを起こして、身を以ってジョーにその事を知らせてくれたのかもしれない、とジョーは思った。
(さすがは俺のメカだ。まるで意志を持っているかのようだぜ。
 この礼はたっぷりさせて貰うぜ。この仕事は必ず成功させて見せる)
ジョーはまず、先程手探りで探り当てた遠隔操作の受信装置を最初に凍らせる事にし、最初の一弾をそこに集中させた。
使い切って気配を見る。
ピキピキっと音がして凍って行くのが解る。
健がジョーの眼の代わりになってくれた。
「上手く行っているぞ、ジョー。
 受信装置にはもう1発ぶち込めば充分だ。
 後は前回同様にやってくれればいい」
「解ったぜ、健!」
ジョーはもう1発を受信装置に撃ち込んだ。
これで残りは2発となった。
「ようし、やってやるぜ。残り2発だ。その後はマカラン少佐が来るのを待つしかねぇな」
ジョーは長い形状の水爆の左右から回り込みながら冷凍光線弾を撃ち、ついに手持ちの分を使い果たした。
「ジョー、連絡があったぞ。少佐はもうすぐそこまで来ている。
 残りの1弾は彼に任せて、少し休んでいろ」
「なぁに、大丈夫さ」
「息が切れてるぜ。酸素ボンベをしていてそんなに息が上がっているようでは、そろそろ限界だ」
「え?」
ジョーは大型強化水爆を破壊する事に夢中で、自分が肩で息をしている事に全く気付かなかった。
良く狙いがずれなかったものだ、と自分でも感心する。
それだけ意識が集中していたのだ。
『健!残り2つの水爆も発見したぞいっ。
 今、レニック中佐の指示で部下達が対応している。もう大丈夫じゃわ」
竜から通信が入った。
「解った!そっちは頼んだぞ!」
『ラジャー』
「ジョー、もう心配はするな。国連軍選抜射撃部隊に任せておいて大丈夫だろう。
 お前は充分に働いた。自分の言葉通り、俺達の足を全く引っ張らなかった処か、しっかり俺達をリードして、最前線で行動した。
 もう、肩の荷を降ろして楽になれ」
健の言葉が効いたのか、ジョーは突然ガクリと膝を着いた。
携帯酸素ボンベの酸素が切れ掛かっていた。
健は自分の酸素ボンベを取り出し、ジョーに与えた。
ジョーはそのまま崩れ落ちた。
「すまねぇ…。意地を張って、また最後に、迷惑を掛け、ちまった……」
「いや、お前がいなければこの任務は全う出来なかった。
 ジョー、気にせずに休むがいい。
 後は俺達と射撃部隊に全て任せろ」
ジョーが意識を手放して行くのが、健にも解った。
どれだけ張り詰めていたのか……。
健は震える手で、ジョーを抱き起こした。
暫くそのままぐったりしたジョーを抱いていた。
頚動脈に触れてみる。
大丈夫、拍動はしっかりしている。
ただ、頭痛と眩暈、そして視力を失っている状態である事が気に掛かった。
早くこの任務を終わりにして、ジョーを博士の元に連れ帰りたかった。
マカランが到着した。
「ジョーさんっ!」
「大丈夫です。放射能のような特殊な電磁波を過剰に受けて、その影響で意識を失っているだけです。
 それより、早くその銃でこの水爆の後部を撃って凍結を完了させて下さい」
健はジョーを抱いたままで答えた。
「解りました」
マカランはすぐに撃つ体制に入った。
博士が新たに開発した銃は、そのまま冷凍光線弾が撃てる仕様になっていたのだ。
マカラン少佐の腕は確かだ。
1発で射撃は成功した。
「早く撤退しましょう」
マカランはそう言って、ジョーの片腕を担いだ。
健はそれに従って、反対側を担いだ。
「お世話を掛けます。マカラン少佐」
「いいえ、彼の活躍は既に我々には響いて来ていますから。
 もう十二分に活躍したでしょう。
 無理をする必要はありません」
相変わらず丁寧なその言葉に健は頷いた。
「でも、それに満足しないのが、この男です」
「解ります」
マカランも頷いた。
そして、意識のないジョーを抱えて2人は立ち上がった。
ジョーはぐったりとしていた。
2人に長い両足を引き摺られるようにして、ジョーはその場を立ち去った。
国連軍が地上のアセット市民を避難させている。
水爆を撤去した後に、この基地に爆弾を仕掛け、全てを爆破する事になっていた。

ジョーは健達に連れられて、無事に三日月基地に戻った。
竜と甚平には特にあれ以上の被害は見られなかった。
ジョーだけが重症になったのは、やはりG−2号機でアセット市内を走ったせいだった。
G−2号機の機体自体と、そのメカ整備に当たった全ての人間が、除染を受ける事に決まっていた。
ジョーも、ベッドに横たわったまま、全身を中和剤で除染された。
それでも、なかなか意識は戻らなかった。
意識障害も心配だが、一番心配なのは、他でもない、眼の症状だった。
南部博士は意識が戻ったら、眼科専門医を呼ぶ事にしていた。
ジョーがいくら訓練を積んでいるからと言って、眼が見えない者を科学忍者隊に置いておく事は出来ない。
南部にとっても、辛い局面だった。
ジョーは一昼夜昏々と眠り続けて、皆を心配させた。
脳波を調べた結果は悪くなかった。
元に戻りつつある、と言う判断を南部は下していた。
「近い内に意識が戻る筈だ。後は視力が戻っていてくれる事を願うばかりだ。
 私にはそれ以外にもう出来る事はない」
「博士!きっと…、ジョーならきっと大丈夫です!
 あんなに危険な場面を切り抜けて生還したんですから」
健が強い光を湛えた瞳で南部の眼を射た。
「そうである事を私も願っている。
 ジョーは科学忍者隊に必要な人間だからな」
それだけではなかった。
8歳の頃に引き取って、保護者として養育して来たのだ。
早くに独立したとは言え、博士にとってはジョーは子息のようなものだった。
独身で当然子供はいない南部博士だが、科学忍者隊は任務を離れれば温かく見守る対象だった…。

太陽の光が海にキラキラと差し込むその朝、ジョーは漸く眠りから覚めた。
身体中が重かったが、何となく頭はスッキリしているように思えた。
光が眩しくて、彼は思わず再び瞳を閉じた。
「ジョー!」
健の声がそれを封じるかのように響いた。
「……健っ……」
「気が付いたか…?」
「ああ、すまねぇ。また面倒を掛けたな…」
「眼、今度こそちゃんと見えているようだな。
 あの時、俺に見えている振りをしただろう?」
「へへっ、バレてたようだな。さすがは科学忍者隊のリーダーだ。
 ……でも、黙って騙された振りをしてくれたんだな」
ジョーはニヤリと笑った。
まだベッドからは起き上がれなかった。
身体が思うようには動かない。
右腕には点滴の針が刺さっていた。
「除染は無事に済んだ。後は体力の回復を待つだけだ。
 ジョー、良くやってくれた。
 今回の任務はお前がいなかったら、俺達にはどうにもならなかった」
「そんな事ぁねぇだろうぜ。実際最後の後始末は国連軍が着けたんだ。
 俺はまたみんなに迷惑を掛けちまったぜ」
「負い目に感じるのは止せ。終わった事だ。
 それにお前は十二分に働いたんだぞ」
「解ってはいるつもりなんだが、納得が行かねぇ自分がいるんだ」
「相変わらず頑固だな」
健は笑った。
「とにかく、ゆっくり休んでいろ。起き出して訓練室に行ったりしたら、怒るぞ。
 みんなが交替で外で見張っているから、そんな事は絶対にさせないからな」
「解ったよ…」
ジョーはヤケッパチな返事を返した。
「今日はもう1度脳波検査と視神経の検査があるそうだ。
 1日ぐらいは大人しくしてろよな」
健はジョーのシーツをそっとたくし上げた。
「食事は検査が終わるまでお預けだそうだ。
 もう少し眠っているがいいさ」
そう言って、病室をそっと出て行った。
ジョーは「ちぇっ」と詰まらなそうに呟いた。
頭を振ってみる。
頭痛は殆ど遠退いていた。
眩暈はまだ少しだけ残っている。
気分は正直な処、良いとは言えなかった。
脳波に強い刺激を受け続けたせいだろう。
何となく吐き気がする感じだ。
だが、彼の若い体力はすぐにそれを押さえ込むに違いない。
基地内の上層部にある病室には、海が見える窓があり、その窓のカーテンは開いていた。
外がキラキラと輝いている。
朝の陽射しが此処まで届いているんだな、とジョーは思った。




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