『スタイリッシュレーサー(1)』

ジョーは初めてのサーキットでのレースに参加する事になっていた。
ポールポジションを取る為の前日の走りが、唯一そのコースを試走するチャンスだった。
これに参加出来なければ、当然本戦には出場する事が出来ない。
ジョーはギャラクターが現われない事を祈った。
この2日だけでいい。
任務が入らないように、と。
今回のレースはレーシングカーでの参加だった。
G−2号機はトレーラーハウスのある場所に置いたままになっている。
何か起きたらそこまでこのレーシングカーで戻らなければならない。
そうなるとちょっと厄介だ。
また竜にも文句を言われる事だろう。
ジョーはコバルトブルーのレーシングスーツを身に纏い、黒に赤く太い線が2本入ったまるでコンドルのジョーを思わせるヘルメットをかぶっていた。
今は顔を出しているが、フルフェイスのヘルメットだ。
その姿がとてもスタイリッシュで、このサーキットで初めてジョーの姿を見たモータースポーツファンの女性達の心を射たようだ。
明日の本戦で優勝でもしたら、大変なプレゼント攻撃に遭うだろうが、ジョーは勿論そんな事を思いもしていない。
勝つ事しか考えていないからだ。
今回、こんな所まで遠征して来たのは、世界的に知名度が上がって来ているロジャースと言うレーサーが参加すると訊いたからだった。
自分の力を試してみたいと言う思いが強くなった。
そして、出来る事ならロジャースに勝ちたいと言う思いが当然あった。
自分で大枚はたいて買った黄色いレーシングカーでレースに出ようと思い立ったのはそのせいだった。
それに、1つ気になる事があったのだ。
ロジャースと言うレーサーは、彗星の如く現われた。
だが、どこのサーキットにも所属していない、とフランツから聞かされた。
その事がジョーに一抹の不信感を募らせ、今回の参戦となったのである。
ジョーのスタイリッシュな姿に女性達からの歓声が上がっているのにも気付かず、彼は何かを考え込んでいた。
レーシングスーツは、いつもの平服の上に着込んでいた。
それでも充分にスリムで、盛り上がった筋肉もくっきりと浮き上がり、セクシーだった。
下にはTシャツ1枚着込んでいるだけなので、身体のラインがハッキリと出るのだ。
彫りが深くニヒルな顔立ちにこの完璧なスタイルでは、女性達の視線が集まるのも道理だった。
ボディビルダーみたいな完全なムキムキは女性は好きではない。
適度に立派な筋肉が着いていて、それでいてしっかりシェイプされている、如何にも身体のメンテナンスが行き届いている男性の姿がかっこいいと思う女性は多い。
ジョーはその条件を見事に全て兼ね備えている男だった。
そして、若くて、大人びている。
同年代から年上までの女性を虜にさせた。
ジョーがロジャースを捜し求めて目線を動かすと、その視線の先でキャーっと悲鳴が上がった。
(煩い事だ…)
とジョーは正直、辟易した。
ジョー自身は思っていなかった事だが、サーキット仲間の間では、彼のその姿形も、そして、『走り』の腕も、スタイリッシュで尚且つ精巧だと言う評判を得ていた。
ジョーは女性達の歓声を気にする事なく、サーキット内の控えを見回した。
すると、金髪の男が真っ赤なレーシングカーの前にいた。
メカニックのスタッフが5名も付いているから、相当レースに金を掛ける事が出来る恵まれた境遇にいるらしい。
自分自身ではマシンの整備には全く手を出さないようだ。
(あれはどうかな?)
ジョーはその姿勢に反感を持った。
あれがロジャースだとジョーの勘が告げていた。
最近頭角を表わしたと言う事で話題になっているせいか、取り巻きが何人かいる。
中には新聞記者もいるようだ。
記者はジョーの処にも来る事があるが、彼はいつも取材を断っていた。
目立つ事は避けたい。
レースに出て優勝するだけでも充分に目立つのだ。
マスコミにまで取り上げられる事は、彼自身も南部博士も好まない。
科学忍者隊でいる以上は仕方なかった。
マスコミ嫌いの偏屈者と言う事で彼は通っていたので、記者も敢えてジョーの処に取材には来なかった。
それが、ロジャースの方がジョーを見つけて彼に近づいて来た為に、取材陣まで連れて来る事になった。
ジョーはさり気なく去ろうかと思ったが、ロジャースには興味があったので、踏み止(とど)まった。
「最近凄腕と噂のレーサーが無名の俺に何の用だ?」
ジョーはつっけんどんに訊いた。
「君がジョーか」
と呟いたロジャースはなかなかの美形だった。
健から可愛らしさを取って凄みを足し、金髪にした感じだとジョーは思った。
年の頃は24〜5歳か…。
「噂はあちこちのサーキットに流れている。
 君こそ次代のF1レーサーだと言う評判だ」
ロジャースは不遜な態度で言った。
「勝つ。俺は君に勝つ。此処に宣言してやる」
ロジャースは親指をくんっと下に向けた。
「ふん」
ジョーはそう言ってそっぽを向き、車の手入れに掛かった。
腕の違いはまだ解らないが、車の精度で言えば、向こうの方が上の筈だ。
況してやメカニックスタッフまで付いている。
G−2号機でのレースとは違う。
ジョーの心に改めて敵愾心が芽生えた。

その日、ポールポジションは僅かな差でロジャースに奪われた。
やはりマシンの性能の差は大きかった。
だが、ロジャースの方ではジョーに脅威を感じていた。
これだけのマシンの性能差がありながらも、ジョーがそれだけ喰らい付いて来た事に驚きを隠せなかったのである。
ジョーは悔しさを滲ませて宿にしているホテルに戻った。
今日はスクランブルが掛からなかった。
明日も棄権はしたくない。
ジョーはブレスレットのスイッチを切りたい衝動に駆られたが、辛くも堪えた。
「戦略を練ってやる。奴はマシンの性能に助けられている。
 自分自身の能力や技術じゃねぇ。そこを突けば俺にも勝てるチャンスが巡って来る」
負けず嫌いのジョーだった。
ロジャースの腕には見切りを着けていた。
あれは車の性能によって勝てているのだと言う事は今日の予選で良く解った。
(何故、ロジャースはそれで良しとしているのだろう?)
ジョーにはその事が疑問だった。
レーサーとして、それは屈辱ではないのだろうか?
……もしも、自分に近づく為の策略だとしたら…?
一瞬だけその思いが頭を過ぎった。
科学忍者隊の1人がレーサーである事は、ギャラクターの知る処となっているらしい。
だが、ジョーはその思いを打ち消した。
(俺の考え過ぎだろう)
明日に備えて、早めにシャワーを浴びて、寝る事にした。
朝9時と言う早いスタートだった。
ジョーはするりと服を脱ぎ捨て、ホテルの綺麗なシャワールームに入った。
広いし、バスタブもある。
ジョーはバスタブに湯を溜める事はせずに、シャワーだけを使った。
高級なシャンプーとリンス、ボディーシャンプーが小分けにされて使い切りサイズで用意されていたし、綺麗な真っ白いバスタオルとハンドタオルが掛けられていた。
シャワールームには全身を映せる鏡もある。
鍛え上げられた見事な肉体がそこに映っている。
ジョーはそれをチラっと見た。
悔しげな眼をしている、と自分でも思った。
そして、思いを一旦打ち捨てて、身体を洗う事に専念した。
全身をさっぱりと洗い上げて、バスタオルで丁寧に拭き、ドライヤーで髪を乾かす。
いつものトレーラーハウスとは居心地が違った。
居心地良く作られているのはホスピタリティーの面から考えても当然の事だった。
だが、ジョーにはトレーラーハウスの方が身の丈にあっていて、自分にはいいと感じられた。
その日は早くにふかふかのベッドに潜ったが、ポールポジションを取られた事が滅多にない彼は、その悔しさからか、なかなか寝付く事が出来なかった。

翌日も快晴だった。
サーキットでは花火が鳴っている。
開催1時間前の合図だった。
ジョーはその前に既に到着し、マシンを整備していた。
自分でこのサーキットの癖に合わせて、出来る限り最善のチューンナップを行なった。
昨日は初めて走ったので、最善のチューンナップとは行かなかった。
眠れない夜にどこをどうすれば良いかと、いろいろと考えたのだ。
マシンに負荷が掛かるチューンナップは出来ない。
どこで折り合いを付けるかを考えた。
それはちょっとしたさじ加減で決まって来る事だ。
ジョーの勘1つで整備が成された。
既に此処からが勝負処なのだ。
やたらにマシンの強化にばかり力を入れ過ぎるといつかしっぺ返しが来る。
その事を奴らは知らねぇようだ。
ジョーはその事に賭けた。
自分が勝てるとすれば、それしかないのだ。
テクニックでは自分の方が勝っていると自負している。
勿論相手が力を100%出しているとは限らないので、油断は禁物だ。
だが、時折見せた未熟な部分をジョーは見逃してはいない。
(マシンの性能ではなく、俺はこの腕でロジャースに勝ってみせるぜ)
ジョーはその瞳にめらめらと闘志を燃やした。




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