『スタイリッシュレーサー(2)』

レースは定刻通りに始まるとアナウンスがあった。
ジョーは例のコバルトブルーのレーシングスーツを着て、マシンの最終チェックをして、出走地点へと移動した。
ロジャースがポールポジションを取ったが、ジョーも横並びだ。
出走と同時に抜き去る事は技術的に可能だった。
だが、ロジャースのマシンには何が仕込まれているか解らない、とジョーは睨んでいた。
報道陣や他のレーサーに気付かれないように、何か進路妨害をしている可能性も否定は出来ない。
何故なら、ジョーから見るとどう考えても、ロジャースのレーサーとしての腕は一流とは言えなかったからだ。
ポジショニングに着き、ジョーがエンジンを吹かしていると、左隣のロジャースが余裕の笑みをジョーに向かって見せて来た。
(一体何の余裕なんだ?あいつ、やっぱり怪しいぞ。
 何を企んでいるのか解ったもんじゃねぇ。
 このサーキットのコースはただ周回するだけのコースで、外には出ねぇ。
 その中で一体何が出来ると言うんだ?)
ジョーはこれまでのロジャースのレース結果を記した過去の新聞をチェックして来るべきだったと思った。
実はそこに彼なら気付ける答えがあったのだが…。
見て来なかったものは仕方がない。
レースの中で追々見つけて行く事になるだろう。
今のジョーにはまだ疑惑以外には、何も見えていない。
(とにかく今日は熱くならない事だ。
 冷静に全てを見ていてやる。
 掛かって来い、ロジャース!)
昨日親指をクンっと下に向けたロジャースの不敵な笑みが脳裡に思い浮かんだ。
(ギャラクターが腕の立つレーサーを探していると言う噂がある。
 奴は狙われているのか、もしや既に取り込まれているのか…?
 それとも、もしかしたら俺自身が狙いなのか?)
60秒前のカウントダウンが始まった。
疑心暗鬼に陥ったジョーだが、カウントダウンが始まれば、レースに集中する事が出来た。
ロジャースの動向をしっかりマークしながらも、レースには勝つ。
そう心に決めて、出走のタイミングを計った。

定時にチェッカーフラッグが振られた。
ジョーは瞬時に出走した。
ロジャースの赤いマシンとジョーの黄色いマシンが並んで、突出した走りを見せていた。
ロジャースのマシンのエンジンは4気筒、ジョーのマシンは2気筒だった。
それだけの違いがあるのに、ジョーは喰らい付いた。
ロジャース側が恐れていたのは、まさにそのジョーの腕だった。
2機は並んで走っていたが、ポールポジションを取ったロジャースがインコースを行っていた。
このコースはくねくねと曲がってはいるが、基本左回りが多いコースだった。
ロジャースが右回りを苦手としている事は、ジョーは昨日の予選で見抜いていた。
インから抜くとなれば、それがチャンスだ。
だが、下手をすれば進路妨害でペナルティーを取られ兼ねない。
そこの部分は気をつけなければならなかった。
ジョーはカーブに沿って正確にステアリングを切りながら、カーブの右側がインコースになる瞬間を待った。
そのチャンスはいくらでもある。
自分が前に出ようと思えば、彼はそのテクニックでいくらでもそれが出来た筈だ。
だが…。
これは何だろう。
何か嫌な物を感じる。
胸に重苦しさを覚えた。
実は新聞記事にはこうあったのだ。
ロジャースが優勝し始めた最近のレースで1位を争った相手が、全て心不全を起こして死んでいる、と。
ジョーはそれを読んでいなかった為、予備知識がなかった。
ロジャースはジョーを恐れて、早くも何かの仕掛けを発動したのだ。
(やっぱりあのマシンには仕掛けがあった!
 くそぅ!俺が暴いてやるぞ!)
鍛え上げられているジョーは何とかその『攻撃』に持ち堪えていた。
どうやら非可視光線がジョーに向かって発射されているようだ。
ジョーはそれがどこから発射されているかを超速で走っている中、見抜いた。
一瞬の事だった。
ジョーは羽根手裏剣を繰り出し、そこを破壊した。
ロジャース以外は誰もその事に気付かなかった程の早技だった。
恐らくは反対側にも同様の装備があるだろう。
それも破壊しておかなければならない。
ジョーは胸苦しさから解放されたが、まだ身体が楽になった訳ではなかった。
息を切らしながらも、ロジャースのマシンに喰らい付いて離れない。
意地でも遅れを取って溜まるか、と思った。
心臓が異様にバクバクと鼓動を感じさせていた。
こんな事は敵と相対している時ですら、起こった事はない。
ジョーはその苦しみの余波に耐えている時、ロジャースが誰かと交信しているのをハッキリと見た。
メカニック達に報告を告げているのだろう。
まだ他にも何かの仕掛けがありそうだとジョーは思った。
(こんなに大それた計画を出来るのは…、ギャラクターが加担しているに違いねぇっ!
 だとすれば、俺を科学忍者隊だと疑って拉致しようと考えているのかもしれねぇ…)
ジョーは冷静だった。
レースはまだまだ続く。
(どんな攻撃があっても、俺はやられねぇし、めげねぇぜ!)
ジョーはロジャースを竦ませるような凄みのある眼で睨みつけた。
案の定、反対側に回ると同じビーム光線の発射装置があったので、ジョーはそれも羽根手裏剣で破壊しておいた。
ロジャースはそれをさせまいと必死だったが、ジョーには敵わなかった。
これで無理矢理に心不全を起こす、と言う策略は失敗に終わった。
後でマシンを調査させれば明るみに出る事だ、とジョーは思った。
ジョーの証言は貴重だ。
何故なら今までの被害者は全員死んでいるからだ。
マシンの性能だけではなく、この仕掛けでロジャースは一躍有名になる程の成績を稼ぎ出していたのだ。
敵は此処で心不全を起こさずに慎重に対応したジョーを、益々科学忍者隊だと疑って掛かって来るかもしれない。
羽根手裏剣を使ったのは、まずかっただろうか?
だが、恐らく、あの赤いマシンが爆ぜた時に、羽根手裏剣も粉々に散った事であろう。
羽根手裏剣を使った瞬間を見ていたとすれば、ロジャースだけだが、走り続けているあのスピード感の中、それを彼に見抜けたかどうかは解らない。
ただジョーが何かを投げつける動作をし、非可視光線を打ち破られた事しか解っていない可能性が高かった。
完全に見破るまでの力は持ち合わせていない、とジョーは思っていた。
こうなって来ると、ロジャースはギャラクターの隊員であるかもしれない。
ジョーは健達に連絡を取るかどうか、悩んだ。
だが、一瞬の判断がコーナリングでのミスとなるこの瞬間に、余り余計な事を考えている余裕はさすがの彼にもなく、レースに専念せざるを得なかった。
健達に報せるとすれば、バードスクランブルを発する他ない。
今はその時ではない、とジョーは思った。
まだ完全にギャラクターであると言う確信が持てない以上、彼らを呼び寄せても何の行動も起こせないからだ。
おかしな光線を発して来たからと言って、まだ尻尾を掴んだとは言い難い。
ジョーは大きな手でステアリングを握り直した。
先程から抜きつ抜かれつのシーソーゲームを繰り広げており、観客はそれに沸いていた。
マシンの性能の差から考えると、ジョーの能力は恐ろしいものがある。
ロジャースのスタッフ達は正直な処、戦々恐々としていた。
そして、次の仕掛けを発動させるように、ロジャースに命じた。
眼晦ましである。
故障と見せ掛けて、後部から煙を噴き出すのだ。
その為にはロジャースはジョーの前に出なければならない。
シーソーゲームを続けているようでは、自分自身も危なかった。
しかし、ロジャースの腕では、ジョーにはなかなか敵わない。
タイミングを計るより他なかった。
それをミスれば、ジョーではなく、後続のマシンに影響を及ぼすだけで、何の得にもならない。
ロジャースは謂わばメカニックスタッフ達の『人形』だった。
本当の狙いは彼には知らされていない。
ただ何をしてでも『勝つ』事だけを命じられている。
従って、本人には罪の意識がなかった。
そこが問題でもあると言えた。
自分の力で勝っていると信じていたのだ。
本当の操り人形だった。
ジョーはふと気付いた。
横目でロジャースを見た時、彼の眼が尋常ではなかったのである。
昨日逢った時には自信たっぷりの眼をしていたが、今はその端正な顔が、恐怖の眼になっている。
自分自身の魂をどこかに売り払ったかのように。
ジョーはおかしいと思った。
レースの最中にそんな事を考えている余裕は本当は無いのだが、このレースが終わったら、直接ロジャースと対峙しなければならない、そんな気がした。
まさかとは思うが、ギャラクターがもし1枚噛んでいるとしたら、彼は洗脳されている可能性もある、とジョーは考えた。
ステアリングを正確に切りながら、ジョーはロジャースを前に出さないように自分が前側を走るように心掛けた。
だが、今度は後ろからの攻撃に用心しなければならない。
何故かは理由は解らないが、ロジャースには勝つ事だけが義務付けられている。
手段を選ばずに。
それが本人の本意であるかどうかは解らないが、ジョーには違うような気がしていた。
ロジャースがこれまで何をして暮らして来たかは知らないが、全くの車の素人ではない。
レースは素人だが、カースタントぐらいはやっていたのかもしれない。
昨日・今日の走りを見ていて、ジョーはそんな事を感じ取っていた。
ロジャースが故障を装って煙幕を張った事で、後続車にトラブルが続出した。
ジョー達が事故現場から1周した時、周回遅れで処置がまだ出来ていない車がコース上に残っていたが、ジョーがそれをジャンプして全く危うげも無く軽々と乗り越えたのを横目に、ロジャースも同じ事をやってのけたのである。
それがジョーがロジャースにカースタントの経験があると読んだ根拠だった。
ロジャースはジョーとは別の意味でスタイリッシュなレーサーであると言えた。
今、確かにジョーとデッドヒートを繰り広げている。
マシンの優劣の差はあったが、少しずつジョーがその腕前でリードしようとしつつあった。




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