『スタイリッシュレーサー(3)』

ジョーがロジャースをアウトコースから素晴らしいテクニックで完全に追い抜いた時、観客席からは歓声が上がり、ロジャースは舌打ちをした。
その眼は確かに常軌を逸していた。
ジョーの睨みは確かだった。
後方から何やらまた見えないビーム光線が襲って来る気配がした。
マシンの先端に小さなビーム砲が仕込んであるのが、ジョーには見えた。
それは微弱な電波だったが、ジョーの頭を締め付けた。
後続車にまた事故車が続出した。
波乱のレースと解説者が叫んでいる。
「波乱でも何でもねぇっ!全てあいつの仕業だっ!」
ジョーは頭の痛みに耐えながらも、決してスピードを緩めなかった。
いや、却ってスピードを上げた。
コーナリングの危険性が上がるが、怪しいビーム砲の射程距離内から脱けなくてはと思った。
それこそ、そうしてジョーがレースからリタイアしてくれれば、敵の思うツボだった。
その事は良く解っている。
だが、ジョーの腕はそう簡単には敵の思い通りにさせる事はなかった。
「抜けるものなら抜いてみろっ!」
ジョーは決して油断をしなかった。
また前方にクラッシュした車が見えて来たが、直前で見事にジャンプした。
これは小さくて軽いレーシングカーでは危険な事なのだ。
自身がクラッシュしかねない。
だが、ジョーは衝撃を抑えるテクニックを持っていて、上手く柔らかくマシンを着地させ、その先へと進んだ。
しかし、続いて同様にジャンプして来たロジャースは、タイヤの1本が外れた。
そのタイヤがジョーの頭を直撃した。
危険を察知してスピードを上げ、蛇行したのだが、間に合わなかったのだ。
これはロジャースが狙っての事ではなく、偶然だった。
観客席が大騒ぎになった。
ジョーは痛みを堪えながらも、停まらなかった。
ステアリングを握る指が痺れていた。
だが、此処では停まれない。
それに任務外で負傷したとあっては、南部博士に申し開きが出来ない。
ジョーは意志の力でそれを乗り切り、なかった事にしようとした。
ヘルメットがあったとは言え、後頭部がズキズキと痛んだ。
眼が眩みそうになったが、何とか持ち堪えた。
このまま事故を起こすようなら、棄権も考えなければならない。
そう言う冷静さは、いつでも持っていた。
タイヤを失ったロジャースはそれでもピットに入る時間を惜しむかのように、そのまま走り続けていた。
小さなマシンだ。
いくら手入れが行き届いているとは言っても、その状態で走るのは危険が伴った。
(ロジャースは勝つ事しか考えていねぇ。
 冷静さを欠いている)
ジョーは先頭を走り抜けながら思った。
残り10周の合図が見えた。
ロジャースの赤いマシンはひび割れが起こり始めていた。
「馬鹿!やめねぇと、爆発するぜ!」
ジョーは叫んだが、爆音の中のロジャースに聴こえる筈もない。
ロジャースはもう意地になっていた。
メカニック達は色めき立っていたが、どうにもならない。
ピットに入っている時間がないのは事実だ。
だが、3本のタイヤで最後まで持ち堪えられるのか?
答えは否、と言えた。
ジョーから段々と遅れを取ったロジャースは、やがて彼の後方でクラッシュし、砂袋の中に突っ込んだ。
赤いマシンが爆発したのが見えたが、ロジャースは辛うじて脱出して、無事だった。
ジョーはそれを横目に1位でゴールインし、チェッカーフラッグを受けた。
歓声の中、車を降りた瞬間、頭がぐらりとした。
先程のタイヤの直撃がやはり堪えていたのだろう。
気分が酷く悪くなり、ジョーはヘルメットを取ると急いで簡易トイレに行って戻した。
出て来た処に救急隊とレースの主催者、そして警察が寄って来た。
「大丈夫ですか?」
医師が真っ青な顔をしているジョーの脈や血圧を計った。
数値に異常はなかった。
「どこが痛みますか?」
「後頭部と、首がちょっとね。後は気持ちが悪いぐらいで、もう大丈夫ですよ」
ジョーは事も無げに答えた。
「それよりロジャースはどうなりました?」
「車は大破しましたが、本人は至って元気です」
「あのマシン…。様々な仕掛けがあった。
 爆発しちまったので、もう調べようがねぇか…。
 とにかく、最初は胸苦しくなり、その後の攻撃では頭が締め付けられるようになった。
 何か見えない光線を発しているようだった…。
 俺が最初の光線源は破壊した」
ジョーは告げ口を嫌ったが、これを言っておかないと、また犠牲者が出る事になる。
「後方でクラッシュが多発したのは、その影響だと思う…」
主催者が顔色を変えた。
「確かにロジャースが出たレースには心不全での死者が多発していたのですが…」
警察が乗り出して来た。
「その証言、確かですな。実は我々も怪しいと睨んで此処に詰めていたのです」
痩せた警部がそう言った。
「この俺が遣られ掛けたんだ。間違いねぇ。
 だが、あのメカニック達、何か怪しい。
 ロジャースはレース中、尋常な眼をしていなかった。
 ただの『操り人形』にされているのではないか、と思った」
「つまり、ロジャースは利用されていると言うのですか?」
「飽くまでも俺の印象だ。
 ロジャースはレーサーとしてはひよっ子だが、カーアクションの経験はあるように思う。
 ただ、コースに出た事はそれ程なかったんだろう。
 それをおかしな仕掛けを付けた高性能なマシンを与えられ、彗星の如く現われた天才レーサーと祭り上げられた」
「なる程。後の調べは我々警察がする」
「危険ですよ。あのメカニック連中は。さっき怪しい、と言ったでしょう?」
ジョーは警告するつもりで言った。
まさかその後、ロジャースとメカニックを連行した警察が全員サーキット場の隅で殺されてしまうとは、この時はジョーもまだ予測はしていなかった。
表彰式でジョーは賞金とトロフィーを手にしたが、まだ胸騒ぎが残っていた。
そして、先程の衝撃から、早くこの場から解放されたいと思う程の、気分の悪さを感じていた。

騒ぎが起きたのは、表彰式の直後だった。
警察官が殺されていると言うのである。
ジョーも主催者と一緒にその現場に駆けつけた。
先程の刑事と制服警官がマシンガンで撃たれて斃れていた。
ジョーはキラリと光る小さな物体を見つけて、それを拾った。
赤いバッジは確かにギャラクターのマークだった。
「やはりあのメカニック達はギャラクターだったんだ!
 ロジャースは薬でも盛られて利用されていたのかもしれねぇっ!」
ジョーの叫びに、主催者が驚いた。
「ギャラクターですと?何故そんな?」
「とにかく、もう駄目でしょうが、救急車を手配して下さい。
 まだ遠くには行っていないでしょう。
 俺は奴等を追います」
一介のレーサーがどうしてそこまで?と言った顔つきの主催者に、ジョーは「ロジャースが妙に気になるんですよ。ライバルとしてね」と答えた。
辺りを探ると、ロジャースが履いていたレーシングシューズが意味ありげに脱ぎ捨てられていた。
これは罠かもしれない。
科学忍者隊の中にレーサーがいると言う事で、彼を疑っていたのであれば、ジョーを誘き出そうと画策しているのかもしれなかった。
しかし、ジョーは行くしかない。
ブレスレットで健にこれまでの状況を説明した。
「詳しい事は説明している暇がねぇが、大体そう言う事だ。
 ギャラクターが一枚噛んでいる事が解った。
 罠かもしれねぇが、俺はロジャースを追って行く」
『解った。すぐに応援に行く。G−2号機はどこだ?』
ジョーはいつもの森だと説明した。
『念の為竜に回収して貰ってから駆けつける。連絡を欠かすな』
「ラジャー」
ジョーの声が少し掠れた。
『ジョー、どうかしたのか?』
健は敏感だ。
「なぁに、ロジャースのタイヤが頭に直撃しただけだ。
 大した事ぁねぇ。心配するな」
『脳震盪を起こしている可能性がある。絶対に無理をするなよ』
「解ったよ」
ジョーは投げやりに答えたが、その通りにする気は全くなかった。
とにかく、ロジャースのシューズが落ちていた方角へと向かった。
(拉致するなら最初から俺を狙え!
 ギャラクターの手に堕ちてでも、俺はロジャースを救って這い上がってやるぜ!)
ロジャースの迫力はあるが綺麗な顔が頭に浮かんだ。
今頃どこかに留置されているだろう。
必ず助け出して、元いた道に更正させてやりたい。
ジョーはそう決意すると、コバルトブルーのスタイリッシュなレーシングスーツのまま走り出した。
肌にピタリと張り付いて、身体の線がハッキリと出ており、見るからに筋骨隆々な体型を誇示しているような衣装だった。
その素晴らしい肉体はギャラクターを斃す為に在る。
レーシングスーツを脱がなかったのは、科学忍者隊だと解らせるよりは、ただの一介のレーサーだと思わせておいた方が都合が良かったからだ。
ジョーはこのまま拉致される事も辞さない覚悟で、行動を開始した。
ロジャースは利用されているだけなのか?
何故自分に勝利する事を『義務付けられて』いたのか?
ジョーには不思議だった。
(俺に勝てば何か報酬が与えられたんだろうが、俺を拉致する事が目的なら、敢えて無理矢理負かせる必要はねぇ。
 ……待てよ。レースでデッドヒートを演じさせる事で俺が科学忍者隊であると言う尻尾を掴もうとしたのか?)
ジョーは考えた。
どうやらその考えには合点が行った。




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