『スタイリッシュレーサー(4)』

ジョーはロジャースのシューズを拾ったビルとビルの隙間を瞬速で走り抜けた。
気分はまだ悪かったが、それを補って余りある体力を彼は持ち合わせていた。
シューズはそのままの場所に置いて来た。
健達への手掛かりになるだろう。
ジョーはどこで罠が待ち受けていてもおかしくないと踏んでいた。
しかし、こっちから嵌まってやれば、探す手間も省けると言うものだ。
何処で入手した情報なのか、科学忍者隊の1人がレーサーである事は知られている。
あのスパイVことデーブもそう言っていた。
その為に、各サーキットで話題となっている『取材嫌いのジョー』を疑ったのだろう。
正体が科学忍者隊なら当然取材には応じたがらないだろう、と言う事なのだ。
ジョーは『レーサーのジョー』で通さなければならない、と覚悟を決めた。
先程大体の事は健に伝えたから、その辺りの事は理解してくれているだろう。
健は科学忍者隊のリーダーとして非常に聡い。
ジョーは彼を信頼していた。
こちらから充分な情報を与える余裕がなくても、必ず俺の元に辿り着く筈だ。
同時にもし健達が辿り着けなかった場合の覚悟も決めている。
(科学忍者隊として死ぬ事が許されねぇのなら、この身1つで暴れまくって華々しく散るのみさ!)
ジョーはブレスレットを外して、レーシングスーツの内ポケットに仕舞った。
走っている時に突然何かにふわっと包まれた。
虹色をした不思議な空気だった。
(来たな!?)
と思いつつ、慌ててもがく演技をした。
ギャラクターが何か不思議な仕掛けをしたらしい。
ジョーは虹色の物体に包まれたまま、飛行空母に取り込まれようとしていた。
それをゴッドフェニックスから健達が目撃していた。
「やはりジョーが狙いだったのか?」
健が腕を組んだ。
「あの飛行空母に潜入するしかないな」
「ジョーの兄貴は正体を知られない為に、ただのレーサーを装っているんでしょ?
 変身出来ないんじゃ危ないよ」
甚平が心底心配そうな顔つきになった。
「何、ジョーの事だ。生身でも簡単には遣られたりはしない。
 奴は敢えて捕まったんだ。ロジャースの秘密を解く為にな」
やはり健は正確な処を捉えていた。
「ジュン、甚平。俺と一緒に来てくれ。ジョーは元より、ロジャースの方が気になる。
 竜はゴッドフェニックスを飛行空母に近づけてくれ。
 ゴッドフェニックスの接近を出来るだけ気付かせないように上空から行って、すぐに反転してくれ。
 でないと、すぐに俺達が現われた事で、奴らはジョーを拷問して吐かせようとするだろうからな」
「解ったぞい」
「そう簡単に拷問に屈するジョーじゃない事など重々解っているが、後頭部にタイヤの直撃を受けている。
 その事が心配だ。ダメージがないといいんだが……」
健が呟いた。
「解ったわ。行きましょう、健」
ジュンは既に立ち上がっていた。

ジョーはすぐに監禁部屋に押し込められ、手足を鉄の輪で固定された。
それが鎖で天井と床に繋がっており、宙に浮いた状態になっている。
同じ部屋にロジャースが居たが、そっちは気を失ったまま動かない。
生きているのかどうかすら解らなかった。
「そのロジャースとか言うレーサーを使って、俺に何をするつもりだった!?」
ジョーは喚いた。
鶏のような面を被ったカラフルな敵の隊長が出て来て、下からジョーを見上げた。
「お前は科学忍者隊なんだろう?
 ロジャースのあの攻撃をかわす機敏さと言い、打たれ強さと言い、そうとしか思えんのだがな」
口だけ仮面から出ている隊長がニタリと嫌な笑い方をした。
「あのロジャースの攻撃をかわしたのは、お前以外に居ないんだよ。
 科学忍者隊の1人、コンドルのジョーがレーサーである事が解ってから、ずっとロジャースを使って調べていた。
 あいつはカースタントのプロだからな」
「くっ、洗脳したのか?」
「そうだ。あんた、ジョーって言うんだろ?名前もピッタリだし、今度こそ当たりくじを引いた、と思った」
「で?俺を見て『当たり』だと勝手に思い込んだ訳か?
 ジョーなんて名前、いくらでもいるだろうによ。
 それにその科学忍者隊とやらの名前はコードネームかもしれねぇ。
 普段から本名を名乗ったりはしてねぇんじゃねえのか?」
ジョーは唾を吐き棄てるかのように言った。
「何度もいろいろなレースに出ているとなぁ。
 ロジャースみたいな小細工をして来る輩はいくらでもいるんだ。
 残念だったな。俺が場慣れしていただけだぜ」
ジョーは「ケッ」と笑って見せた。
「白を切るのなら、その身体に効くのみだ!」
レーシングスーツがビリビリと破れる程の鞭の洗礼に遭った。
その痛みは耐え難いものがあった。
先程からの気分の悪さもあって、戻しそうになった。
だが、そう簡単に屈するジョーではない。
ぐっと痛みを堪え、歯を喰い縛った。
口の中を切り、口の端から血が流れたので、ジョーはそれをペッと吐き出した。
「強情な奴め。これでも白状しないか?」
隊長は拳銃を持ち出して来た。
「撃つなら撃ってみろ。俺がびびるとでも思ったか?
 案外度胸があるんでな。そうでなければレーサーなんて仕事は勤まらねぇんだよ!」
ジョーはニヤリと笑った。
下卑た笑いではない。
爽快な笑いだった。
何かを振り切った感じだと、敵の隊長にも感じられた。
「その男…。ロジャースを何故利用した?
 科学忍者隊だか何だか知らねぇが、他にも炙り出す方法はあっただろうによ」
「凄腕のレーサーらしいからな、コンドルのジョーは。
 それはこれまでのギャラクターのデータでも明らかになっている。
 マシンの性能は我々の科学力で何とかなったが、使いこなすには、カースタントの経験者が欲しかったのさ。
 その両方が結集され、ロジャースは突然彗星の如くレーシング界に現われる事が出来たって訳だ。
 だが、もうそれも無用。これで引退して貰おう。
 こうして、科学忍者隊G−2号を拉致出来たのだからな」
「俺は、そんな事を認めた覚えはねぇぜ。決め付けもいい加減にしろ。
 俺は科学忍者隊とか言う奴に変身する事は出来ねぇぜ」
「そうかな?何か仕掛けがあるんだろう?
 おい、こいつは左手首にブレスレットをしていなかったか?」
隊長は傍にいる拷問を担当している隊員に訊いた。
「いいえ、隊長。そんな物は身につけていませんでしたよ」
「そんな馬鹿な!科学忍者隊は全員揃いのブレスレットを着けている筈だ!」
「そんな事仰られましても。なかった物はなかったんですってば!」
2人が漫才を繰り広げている間に、ジョーは鉄の輪から脱け出そうとしたが、縄抜けとは違って、不可能だった。
右腕さえ抜ければ、エアガンを取り出せる。
だが、どうにもならない。
吊り下げられている手首に益々傷が付くだけだ。
ジョーはロジャースを観察した。
もう殺されてしまったのか?
だとしたら、此処まで来た甲斐もないと言うものだ。
何とかこのトラップから脱出して、飛行空母を破壊してやろう、と思った。
だが、ふと見ると、ロジャースの腕がスッと動いたのが確認出来た。
(あいつ…。生きていやがる)
ジョーはロジャースを生きて連れ出すと言う目標を再び得る事が出来た。
敵の隊長が自分を狙う拳銃を利用してやろうと思いついた。
隊長がジョーに向かって引き金を引いた瞬間、ジョーは身体を捻り上げた。
見事に右腕を固定している鎖を弾丸に当てる事が出来た。
こんな芸当が出来るのは、射撃の名手であるジョーだからこそ、だろう。
右腕にはまだ鉄の輪が付いていたが、ジョーは不安定な体勢から、レーシングスーツのジッパーを下げ、中のジーンズの隠しポケットからエアガンを取り出し、残りの3本の鎖を切り落とした。
ついに身体が自由になった。
そのまま隊長に向かって体当たりをし、全身で突き飛ばした。
隊長は壁に頭をしこたま打ち付け、脳震盪を起こして動けなくなった。
もう1人いた隊員には膝蹴りを与えて、気絶させた。
ジョーは4つの鉄の輪を取り除いた。
鞭で打たれた胸や背中が痛んだが、今はそれに耐えるしかなかった。
「ロジャース!ロジャース!しっかりしろっ!」
ジョーはロジャースを揺り起こした。
虚ろな眼をして、ロジャースが目覚めた。
ロジャースは怯えて銃を取り出した。
ジョーはそれを手でいとも簡単に払い除けた。
彼の頬を平手で左右に張る。
ロジャースは暫くして少しだけ覚醒し始めた。
しかし、何かの薬を打たれているようだ。
まだ意識が混濁していた。
「ロジャース、おめぇはギャラクターに利用されていただけなんだな?」
「ギャラクター?」
ロジャースは綺麗な顔を歪めて、頭を抱えた。
どうやら今までの記憶を失っているらしい。
「操られていた間の事は何も覚えていねぇのか…?」
ジョーは暗澹として呟いた。
「それじゃあ、何を餌に吊るされて俺を狙っていたのかも訊きようがねぇな…」
脳震盪を起こして引っ繰り返っている鶏隊長を叩き起こしてまで訊き出す事もあるまい。
ジョーはその謎を解く事を諦めた。
(もしかしたら、後でロジャースが思い出す事もあるかもしれねぇ…。
 それよりも、これからだ。早く連れ出さねぇと奴らがやって来る!)
ジョーが思った時はもう遅かった。
その気配が近づいて来ていた。
ジョーはロジャースを捨て置き、反撃に出るしかなかった。
生身でどこまでやれるか解らないが、やるしかない。
身体能力は変身後と変わらない。
だが、飛翔能力や防御力はどうしようもなかった。
銃弾には気をつけなければならなかった。
素早い行動で避ける他ない。
ジョーは気合を掛けて唸りを上げると、その気力を充分に漲らせた。




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