『地下駐車場のスナイパー』

「やけに烏が啼きやがるな…」
『スナックジュン』を出ようとドアを開けたジョーが呟いた。
「不吉だな…」
並んで立っている健が夕焼けに覆われた空を飛ぶ真っ黒な烏の群れを見上げる。
「今日は出動が掛かるかもしれねぇぜ…」
ジョーが中に残っている3人に言った。
「根拠はねぇがな…」
そう言ってドアを閉めるとジョーは勝手知りたるガレージを開け、愛機に乗り込んだ。
健はバイクである。
「ジョー、帰るのか?」
「いや、俺はこれから国際科学技術庁に南部博士を迎えに行く事になってるんだ」
「そうか…。まあ、お前が付いていれば安心だな」
「護衛兼運転手って訳だ。おめぇはどうする?」
「万が一の出動に備えて家で待機する。セスナを置いてあるんでな」
「そうか。じゃあな!」
ジョーが軽く手を振り、アクセルを踏み込んだ。
ISOの建物に近づいた時、ブレスレットが鳴った。
『ジョー、済まないが30分程待ってくれるか?』
南部の声が流れて来た。
「構いませんよ。地下駐車場で待ちますか?それとも執務室まで?」
ジョーは快く引き受けた。
『今、私は長官室にいる。何かあったら連絡するから、地下駐車場で待っていてくれたまえ』
「ラジャー!」
ジョーは駐車場の入口でIDカードを通すと、いつも南部を待ち受ける時に使っている定位置にG−2号機を停めた。
「ん?」
ふと、気付くと柱の陰で2つの影が重なるのが見えた。
(ちぇっ。こんな所で職員同士がラブシーンかよ…)
眼を逸らそうとしたその瞬間、ジョーは妙な殺気を感じた。
彼を狙っているのではない。
だが、あの2人はスナイパーだ。
ジョーの鋭い勘がそう告げていた。
しかし、確証が持てるまでは動けない。
「こちらG−2号。博士、地下駐車場に怪しい人物が2名潜んでいます。
 恐らくは相当に訓練されたスナイパーだ…。
 様子を見ますので、連絡するまで下りて来ないで下さい」
ジョーは押し殺した低い声でブレスレットに呼び掛けた。
『ジョー、気をつけたまえ。その連中はギャラクターとは限らない。
 どうやらアンダーソン長官の生命を狙っている者が居るらしいのだ』
「それで博士が長官室に?」
『うむ。脅迫状が届いたのだが…。こうなって来るとただの悪戯ではないかもしれん』
「そっちの護衛の形態はどうなってるんですか?」
『長官室のドアの外にSPが2名付いているが…』
「それだけですか?!刺客は此処に居る奴らだけとは限りませんよ?」
ジョーは音も無く、G−2号機から飛び出した。
「博士。此処の2人は眠らせます。俺が行くまでそこから出ないで下さい」
『解った。ジョー、頼んだぞ』
通信が切れた。

ジョーは人知れず、柱の陰に居る2人の後ろに回って、近づいて行った。
気配を消すのは科学忍者隊として選抜され、極秘訓練を始めた頃から身体に叩き込まれている。
(武器はマグナム44か…。弾丸(たま)が掠っただけでも致命傷だぜ…。
 ギャラクターではないが、やはりプロのスナイパーだな)
マグナム44(フォーティーフォー)は素人では扱いが難しい。
撃った時の反動が強いのだ。
ジョーは既に口に咥えていた羽根手裏剣をサッと放った。
相手の銃器だけが正確に落とされる。
ギャラクターではない以上、下手に死なせては大変だ。
ジョーはそのまま手加減して2人の鳩尾に膝蹴りを入れ、そっと沈黙させた。
熟練されたスナイパーを反撃させる間もなく仕留めたのである。
声を上げる事なく、スナイパーは崩れ落ちた。
G−2号機から持ち出しておいたロープで2人を縛ると、ジョーは南部に連絡をして長官室へと向かった。
羽根手裏剣は後難を恐れて回収しておいた。
長官室がある階には、特別に許可された一部の者しか出入りする事が出来ない。
長官専用のエレベーターしかその階には止まらないようになっていた。
このエレベーターに乗る事が出来る者は特別なIDカードを通さなければならない。
そのIDカードが無い限り、エレベーターは作動しない。
南部が長官室から操作をして、ジョーのIDカードでも上がって来れるようにしてくれていた。
長官室前のSPに不信感を抱(いだ)かせる訳には行かないので、南部に事情を説明しておいて貰い、ジョーはエレベーターの中でバードスタイルに変身した上で長官室がある階へと降り立ち、長官室の前に居るSPに科学忍者隊のG−2号である事を告げた。

アンダーソン長官には、科学忍者隊の素顔を見せた事はただの1度もない。
ジョーは科学忍者隊として初めて長官と対面した。
「おお、君が科学忍者隊のG−2号か…。逢いたいと思っていた」
アンダーソン長官が握手を求めて来た。
ジョーはそれに応じながら、
「博士。地下駐車場の2名は、ギャラクターではありませんでした。
 ロープで縛り上げてありますが、どうします?」
「うむ。そこのSPに言っておこう。警察が取り調べるだろう」
「此処に来るまでに辺りを探ってみましたが、怪しい者は見当たりませんでした。
 奴らは地下駐車場で長官の帰りを待ち受けて狙撃するつもりだったのかもしれません。
 此処まで潜入する事は出来なかったのでしょう」
「そうか…。ご苦労だった。テロ集団が狙っているとなると、これからは長官の護衛も強化して貰わねばならんな」
「コンドルのジョー君、騒がせてしまって申し訳ない」
アンダーソン長官が微笑んだ。
「いえ、ご無事で何よりです。それにしても、国際科学技術庁の長官ともなると大変ですね」
「その通りだよ、ジョー…」
南部が憂いを見せた。
「長官職はそれだけの重責を負う役目なのだ。
 君達のような俊敏な働きが出来る専門の護衛部隊を早急に作らねばならない」
南部はアンダーソン長官を振り返った。
「今日の処は、このジョーに送らせましょう。ジョー、長官宅経由で私を送ってくれるか?」
ジョーは変身を解いて、レース用のヘルメットを被る事にした。
変身を解かなければG−2号機は単座のままだからである。
「科学忍者隊の素顔をお見せする事は出来ません。失礼ですがこれでお許し下さい」
南部がアンダーソン長官にそう説明した。
長官を無事に送り届けるとジョーはヘルメットを取って、ホッと一息付いた。
それから南部の私宅へと向かった。
(出動は無かったが、悪い予感は当たっちまったぜ…)
内心で呟いていた。
(ふん!今頃竜達は『何だ、ジョーの勘が外れたな』なんてほざいてやがるに決まってるぜ!)
つい、ニヤリと笑った。
それをミラー越しに後部座席から見た南部博士が、「ジョー、どうかしたかね?」と訊いて来た。
「いえ、何でもありません。遅くなりました。少し急ぎましょう」
ジョーは軽快にステアリングを切った。




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