『スタイリッシュレーサー(5)/終章』

まだ意識が完全に覚醒していないロジャースを背に、ジョーは立ち上がった。
「おい、隊長が遣られているぞ!こいつやっぱり只者じゃねぇな!」
入って来たギャラクターの隊員がジョーを一瞥して言った。
「残念ながらただのレーサーさ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。
 とばっちりを受けて迷惑してるんだ。科学忍者隊とやらを恨みてぇぐれぇだぜ」
羽根手裏剣はコンドルのジョーが好んで使う武器だと知られているだろう。
此処は素手で戦うしかない、と思った。
先程のエアガンは元の場所にしまってある。
まずは敵兵の持っているマシンガンを奪うのが一番効果的だとジョーは考えた。
(健達がこの飛行空母の爆破を進めていてくれているに違いねぇ。
 とにかくこの場を乗り切る事だ。
 孤立無援だと思え!)
ジョーは仲間の大切さを良く知っていたが、助けが来ない最悪の事態も覚悟しておくべきだと言う事を良く知っていた。
その時は潔く自分の力の限り闘って名も無い男として死ぬ覚悟を持っていた。
科学忍者隊のメンバーは皆がいざとなればそう言った覚悟を持って闘える勇気のある連中だった。
(あいつらに恥じねぇ死に方をしてぇだけさ…)
ジョーは内心で事も無げに呟いた。
自分が此処で死んだとしても、コンドルのジョーだと言う正体さえ知られなければ、科学忍者隊が1人欠けたと言う事は敵に知られる事はない。
その間に博士は次の人選をするだろう。
そこまで冷静に事を考えられた。
だが、そうなる事は悔しいな、とジョーは口の端を曲げた。
闘志が沸き上がって来る。
タイヤで頭を直撃された後遺症か、まだ気分の悪さは消えてはいない。
だが、今、それを敵に気取られては行けない。
ジョーは「とうっ」と叫んで跳躍し、敵兵の1人を長い脚で蹴り飛ばした。
見事に飛んだマシンガンを身体を回転させて、奪い取った。
頭がクラクラとした。
レースの初期と中期に受けた光線のせいか、更に胸苦しさも甦って来た。
(何てこった。こんな時にレースで受けた攻撃の影響が出て来るなんてよ…)
ジョーはそれを動きや表情に出さないように注意を払いながら、マシンガンを左脇に抱えながら敵兵の間を渡り歩いた。
マシンガンを撃てば一掃出来るのだが、それでは殺す事になる。
ジョーは出来るだけ肉弾戦で敵を切り拓き、マシンガンは脅しに使おうと考えていた。
冷静な判断だった。
顔色は決して良くなかったが、意志の強さがその瞳に現われていた。
ブレスレットで連絡を取ろうにも、先程科学忍者隊とばれないようにする為に外してあった。
ジョーはその肉体だけで敵兵を振り払うしかなかった。
自分だけならば、いい。
ロジャースがいる以上、守ってやらなければならない。
「科学忍者隊だか何だか知らねぇけどよ。お前達とんだ勘違いをしてやがるな」
ジョーは低い声で言い放った。
「俺は喧嘩が得意なただのレーサー。ちょっとやそっとじゃあやられねぇぜ!」
投擲武器が使えないのはネックだったが、ジョーは縦横無尽に闘った。
手首・手足に鉄の輪を付けられてぶら下げられていたので、傷が付き、痛みが走る事もあったが、そんな事は余り気にはならなかった。
実際には血が流れていた。
ジッパーで胸を開いたレーシングスーツの中から、汗で肌に張り付いたいつもの『2番』Tシャツが覗いているのが、形の良い筋肉を浮き出させていて、セクシーだった。
ジョーは動きやすいように腕を抜き、腰で縛った。
細い腰つきが強調される。
敵兵の中からも溜息が漏れた程、完璧なプロポーションだった。
「もしかしたら、レーサー兼モデルでもやってるんじゃないのか?
 本当に科学忍者隊じゃないのかもしれないぜ」
隊員の中からはそんな囁きも聴こえて来た。
ジョーはしっかりその声を聴いていた。
狙っていた訳ではなかったが、勝手にそう思ってくれれば却って有難い。
「でも、腕っ節が強そうだから、気をつけろよ」
そんな囁きも耳に入った。
「カッツェ様に報告すれば、ロジャース共々殺せ、と言われるだけだ。
 どっちみちそうしなければならないって事だぞ。
 気を引き締めて掛かれ!」
チーフ格の色違いの隊服を着た男が言った。
ジョーはもう覚悟を決めているとは言っても、当然血路を開く道を考えていた。
この入口を固める敵兵は全て一掃しなければならない。
マシンガンを使うしかないか…。
脅しで辺りに撃ちまくっておいて、敵が怯んだ処でロジャースを連れ出そうと間合いを計った。
ロジャースはまだ意識朦朧としてはいるが、手を貸してやれば歩けない事はないだろう、とジョーは思っている。
ただ、自分の弾除けにするような事がないように、細心の注意が必要だった。
彼を守りながら衆人環視の中、逃げ出す事は至難の業だと言えた。
ポケットに入れたブレスレットが小さく鳴っている。
健の声が敵に聴こえない程度に流れている。
ジョーはポケットに手を入れて、バードスクランブルを発信した。
これでもう少し辛抱すれば、仲間が来るだろう。
いや、仲間の素振りを見せては行けない。
今の自分は『ただのレーサー』だ。
それを貫かなければ、科学忍者隊の1人の正体が割れてしまう。
ジョーはその点は慎重だった。
健も解っているだろう。
此処へ到達した時、初めて逢ったような演技をしてくれるに違いない。
ジョーは回転しながら長い脚で敵兵に蹴りを入れた。
バードスタイルでなくても、その蹴りは健在だった。
もし科学忍者隊の闘いの癖を敵が分析していたら、彼がコンドルのジョーだとばれてしまうだろう。
だが、そこまではしていない様子だった。
武器さえ使わなければ大丈夫だろう。
ジョーは身体を反転させる時に、別の敵兵に強烈な肘鉄を喰らわせた。
「どうだ?俺の『喧嘩術』もなかなかなもんじゃねぇか?」
ジョーは敢えて、喧嘩の強い一般人である事を強調した。
もう少しで敵兵を一掃し終えそうな時に、健と甚平が到着した。
2人が残っている雑魚兵をそれぞれの武器で倒した。
甚平が口を開く前に、健が言った。
「大丈夫ですか?」
「俺は何とか大丈夫だが、こっちの男が…」
ジョーはロジャースを担ぎ上げようとしたが、ジョー自身も身体がぐらりと揺れた。
「大丈夫じゃないじゃないか?」
健はジョーに手を差し伸べて立たせ、それからロジャースを徐ろに担いだ。
「仲間が動力室と司令室を爆破しています。
 早く脱出しましょう!
 甚平、この人に手を貸してくれ」
健は甚平にジョーを支えるように言った。
「坊やに支えて貰わなくても大丈夫さ」
甚平はジョーに『坊や』と言われた事にむくれていたが、気を取り直して、ジョーの身体を下から支えた。
ジョーは案外しっかりしていたが、時折ぐらりと身体が揺れる事があり、甚平は支えるのに難儀した。
何せ身長差が65cmもあるのだ。
だが、ジョーはそれ程重篤ではなかった。
普段から鍛え上げられているのが功を奏したのだ。
敵の飛行空母が爆発を始めた。
ジュンが仕掛けた時限爆弾のせいだ。
ゴッドフェニックスに戻ると、ジョーの座席にまた意識を失ったロジャースを寝かせた。
「あら、ちょっと健に似ているわね」
ジュンが早速反応した。
「ああ、健をきつくした感じだな。可愛げはねぇが」
ジョーも答えた。
「ジョー、貴方は大丈夫?」
「気分は悪いが、すぐに治るだろうぜ。
 頭をタイヤで直撃されたり、変なビーム光線を浴びたせいだろ?
 以前にロジャースが出たレースで心不全による死者が出ていたとは、俺のチェック漏れだったぜ」
ジョーは反省の意味を込めて呟いた。
「それは仕方がない。だが、科学忍者隊の中にレーサーがいると言う情報だけで、こんな大掛りな事を仕掛けて来るとは、ギャラクターも油断ならないな」
健が腕を組んで言った。
「全くだぜ。うかうかレースにも出られやしねぇ」
「だが、ジョー。良く耐えたな。奴らには腕っ節の強いレーサーって事で片が着いた」
「ああ。此処でばれる訳には行かねぇからな。
 さて、このロジャースをどうするかだ。
 悪い奴には見えないんだがな。
 どうやら洗脳された形跡があるんだ。眼を見て解った。
 ギャラクターの隊長が言うには、ただのカースタントマンだったらしいぜ」
まだレーシングスーツ姿のジョーは、聳え立つ銅像のようにスマートで神々しかった。
いつもと違うジョーも新鮮だ、とジュンと甚平は感じていた。

ロジャースは南部博士の監視の下、3日間の点滴で正気を取り戻した。
その間には、ジョーも完全に体調を回復していた。
「何故、俺を狙った?」
病室のベッドの横に、ジョーだけがいた。
「……最初は『ジョー」と言う凄腕のレーサーに勝ってみたくはないか、と誘われた。
 だが俺はスタントにしか興味はない。
 断ったら金を積んで来た。
 俺はスタントの仕事がなくて、貧乏だったんだ…。
 妻子に碌なものを食べさせる事も出来ない。
 だから…、つい……」
「で、仕事を受けたら、さっさと洗脳されちまったって訳か?」
「後の事は全く覚えていない。
 南部博士って人から話を聴いた処、俺はどうやらギャラクターと言う組織に利用され、何人かのレーサーを死に至らしめたようだな。
 そして、あんたにも迷惑を掛けたらしい。
 博士によれば、あんただけは特別に打たれ強く、無事だったと聴いているが……」
「全く無事と言う訳ではなかったが、まあ、死ななくて済んだ事は確かさ」
ジョーは窓の外を見た。
眩しい光が差し込んでいる。
窓際に歩いて行って、窓を開けた。
爽やかな風が吹き込んで来た。
レースのカーテンが風を中に取り込んで、優雅に揺れていた。
「で、どうだ?これからレーサーになるのか?」
「いや、引退するに決まっている。
 もうカースタントとしても使っては貰えないだろう。だが……」
「…だが?」
「南部博士が、俺をメカの試走担当として使ってくれるそうだ。
 テストレーサーって事だな。アクロバットを必要とするらしい」
「ほぉ〜!」
ジョーには意外だったが、南部博士なりにロジャースの前途を考えたのだ。
これで生活の目処は立つだろう。
ジョーは何だかホッとした。
「おめぇが博士の下で働くのなら、また逢う事もあるかもしれねぇな」
ジョーはロジャースに握手を求めた。
「君が凄腕のレーサーとしてF1に上がって行くのを楽しみに見ているよ」
ロジャースがそう言うのを背中で聴いて、ジョーは病室を後にした。
1つの事件が終わりを告げたが、ジョーにとっては決して後味の良くない事件だった。




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