『嵐の予感(1)』

トレーラーハウスの横には、G−2号機で牽引して来た黒塗りの南部博士の公用車が停まっていた。
何ともその場所に似つかわしくない代物だった。
これから重要会議に出席すると言う博士をジョーは護衛兼運転手として会議場まで送り届ける事になっていた。
会議場には既に健達が忍び込んでおり、テロ行為などの気配がないかを探っている。
アンダーソン長官の方には、先日の事件で南部博士にテストレーサーとして採用されたロジャースが公用車を運転し、それにジュンが同乗すると言う形を取っていた。
他にも要人が参加する事になっているが、科学忍者隊全てが警護に就く訳には行かない。
各人にSPを就けて、移動をしていた。
ジョーはロジャースについて、レーサーとしての腕は半人前だが、カーチェイスの上手さを認めていた。
さすがカースタントをしていただけの事はある。
だから、それにバードスタイルのジュンが同乗していれば大丈夫だろうと思った。
自分も今回はバードスタイルで運転する事になっている。
大っぴらに科学忍者隊が護衛している、と宣伝する為もあった。
だが、マシンがG−2号機でないのが気に喰わない。
いくら全方向を防弾ガラスで覆ったとは言え、こちらから攻撃を仕掛けるには、窓を開けなくてはならない。
ジョーにとって、運転席の防弾ガラスなど無意味な物だったのだ。
まあ、一般の職員が運転する時には必要なのだろうから、仕方がない。
とにかくバードスタイルに変身して、まずは博士の別荘へと迎えに行った。
「此処まで来る間には、怪しい者は見当たりませんでした」
「そうか、ご苦労。ジュンの方からは何か連絡はないかね?」
「今、出発する処だと連絡があった処です」
「そうか…。無事だといいんだが…」
「ロジャースとジュンが同乗しています。大丈夫でしょう」
「君には1人で護衛を頼む事になるが、手間を掛けるね」
「何言ってるんです?いつもと変わりはしないじゃありませんか?
 さあ、シートベルトを締めて下さい」
ジョーが最初からシートベルトを締める事を要求したと言う事が、何より今回の会議が重要会議である事を象徴している。
マントル計画の推進に関しての事だ。
ギャラクターは事ある毎にそれを邪魔して来たから、今回も打って出て来る可能性は充分にあった。
「会議場では、健、甚平、竜が警戒中です。
 出席者のチェックもキッチリ立ち会うそうですよ」
「うむ。偽物が紛れ込む可能性が否定出来ないからね」
「では、出発します」
ジョーは慎重に公用車を出した。
絶対に国際会議場に着くまでに何かしらの攻撃があるとジョーは睨んでいた。
もう何度目の襲撃になるだろう?
普段は平服での護衛が多かったから、防御力がなく、傷を受けた事も何度かあった。
だが、今回は最初からバードスタイルだ。
「出来ればG−2号機を使えれば完璧だったんですがね」
「さすがにそれでは目立ち過ぎるからな」
南部は外に眼をやった。
「博士。既に尾行が尾いていますよ」
ジョーはブレスレットに向かって、ジュンにその事を告げ、注意を促した。
『解ったわ。こっちも気をつける』
「ああ、長官の事は頼んだぜ」
『ラジャー』
ジュンの緊張感が伝わって来た。
ジョーのように年中博士の護衛をしていると肝が据わって来るが、彼女はそうではない。
でも、きっちりと仕事はこなす筈だ。
運転手のロジャースも気遣わなければならないだけ気の毒だったが…。
ロジャースもカースタントの名人、きっとやってくれるだろう。
ジョーはそう思いながら、ステアリングを握り直した。
健から可愛げを抜いて、眼をきつくして、金髪に染めたようなロジャースは、ジュンの気に入るかもしれない、とジョーは思った。
だが、ロジャースと健は違う。
やはりジュンは科学忍者隊のリーダーとして自分達をひっばる健が好きなのだろう。
ジョーは余計な考えを打ち棄てて、運転に専念した。
勿論、周囲の様子に注意を怠らない。
ジョーは1人で運転も護衛もこなさなければならないのだ。
いつもの事だが、その類稀なる動体視力と、鋭い勘に南部博士は幾度と無く救われて来た。
「博士、あの尾行は国際警察ですね。
 今回の会議の護衛には国際警察も動いているんですか?」
「中にはSPを出して貰っている要人もいるからな。
 勝手に私に尾いていてもおかしくはない。
 だが、こっちには科学忍者隊が就くから必要ないと言ってあった筈だ」
「そいつは妙ですね。油断はなりませんよ、博士。
 先を急ぎましょう」
ジョーは制限速度一杯にスピードを上げた。
幸いに平日のビジネス街は、それ程の渋滞ではなかった。
ただ、やたらに信号が赤になるのが気に喰わなかった。
(何か仕掛けがあるのかもしれねぇ…)
ジョーは上空を気にした。
ヘリコプターが先程から旋回している。
双眼鏡で見るとご丁寧にギャラクターのマークが付けられていた。
「博士、上のヘリはギャラクターです。
 銃撃して来る可能性があります。
 こんな街中では他の車に被害を与えますので、山道に出ます」
「解った!任せたぞ、ジョー」
博士はジョーの腕を信頼していた。
だからこそ、自分の護衛は彼1人でいい、と言ったのだ。
最初は健も同乗すると言っていた。
心配なのは、アンダーソン長官よりも、マントル計画推進室長でもある南部博士その人なのだ。
この人を潰せば、マントル計画は大きな打撃を受け、その進行を遅らせる事は間違いなかった。
ISOの中にこれ程多忙な人はいまい。
マントル計画の推進に心血を注いでいるかと思えば、ギャラクターが現われれば科学忍者隊の指揮を執る、その合間にはロケット開発にまで手を出している。
一体いつ寝ているのか、とジョーまでが思う程の過密スケジュールだ。
この世界の頭脳と呼べる人を拉致して、自分達の側に付けたら…、とギャラクターなら考えそうな事だ。
それを考えると恐ろしくなる。
地球は滅亡への一途を辿る事だろう。
絶対に南部博士の身柄を渡したり、生命を落とさせたりしてはならない。
ジョーは身を挺してでも博士を守り抜く使命感に燃えていた。
人の生命の重さは皆同じ筈だが、博士の生命はそれでも特別に重いとジョーは考えている。
地球の命運を握っている人だ。
この人に幼い頃、生命を助けられたのも何かの運命だと思っている。
決してギャラクターの手に掛けてはならない。
ジョーはやがて広い山道に入った。
周りに車が居なくなった代わりに、ギャラクターのヘリからも攻撃が仕掛けやすくなったと言う事だ。
ジョーは折角設備されている防弾ガラスの左ウインドウを開けた。
敵のマシンガンでの銃撃がそこに集中して来たが、ジョーは巧みなドライビングテクニックでそれを避けた。
左手には羽根手裏剣が握られている。
右手で運転をしながら、射程距離を計算した。
ヘリは2機。
まずは近づいて来た1機の操縦士に向かって羽根手裏剣を投げつけた。
敵方は攻撃の為に窓を開けている。
操縦士の首元を狙い違わず貫いた。
博士は思わず眼を閉じたが、この緊急時には仕方のない事だ。
ヘリコプターは行方を失って、墜落し、爆発を起こした。
だが、まだもう1機いる。
そして、後方から迫る国際警察を『装った』車にも注意しなければならない、とジョーは思った。
彼には嵐の予感しかしなかった。
この会議はギャラクターによって、開催を阻まれるかもしれない。
今更遅いが、会議の日程を延期すべきでしたね、と博士に言いたかった。
ジョーはとにかく、もう1機のヘリコプターと、後方の車に気を払う他なかった。
今、他から突然攻撃を受けたら、一溜まりもないかもしれない。
ジョーは走り続けながらも、他の気配を感じ取ろうとしていた。
まずはやはりヘリを斃す事にした。
自由自在に上空を飛ばれてはどんな攻撃を受けるか解らない。
ジョーは右手でステアリングを握りながら、半身をウインドウから乗り出した。
敵の銃撃がジョーに集中したが、マントでそれを防いだ。
ジョーはエアガンを左手に握り締めていた。
左手は利き腕ではないが、利き腕と同様に取り扱えるように訓練を続けている。
ジョーは1回だけトリガーを絞った。
それで決まりだった。
ヘリコプターの前面のガラスが割れ、操縦士の胸に当たった。
エアガンで撃っても敵は死にはしないが、暫くの間失神状態に陥る。
その間に隣のスナイパーが操縦をしようとしたが、時既に遅く、2機目のヘリも墜落炎上した。
その様子をじっと窺っているのが、後方の車だった。
国際警察だとはとても思えない。
その証拠に何も通信して来ないし、近づいても来ない。
ジョーはどう出るつもりなのか、と様子を見た。
車が動き出す気配はない。
ジョーは外に出て挑発してやろうかと思ったが、今は南部博士を国際会議場へ無事に送り届ける事が急務だった。
敵は放置しておき、ジョーは公用車を出した。
また一定の距離を置いて、後方の車も後を追って来た。
何とも不気味な連中だった。
何を仕掛けて来るのか…。
まだジョーにも読む事が出来なかった。
後方を警戒しながら、ジョーは取り敢えず公道に戻る事にした。
敵の出方を見るしかない。
今の処、何も手出しはして来なかった。
それが却って不気味だった。
「ジョー、どうしてあれが国際警察じゃないと言える?」
博士が訊いて来た。
「国際警察だったら、乗員全員がマシンガンを持っているなんて事はないでしょうよ」
ジョーは遠眼が利く。
そんな事まで見抜いていたのか、と博士は驚いた。
「いつ襲って来るか解りませんが、ヘリを斃した以上は、公道を走った方があいつらには攻撃がしづらい筈です。
 衆人環視の中、大胆に襲って来るつもりなら別ですがね」
ジョーはアクセルを踏んで、出発した。




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