『嵐の予感(2)』

怪しい車は普通の乗用車だ。
中に赤色灯などの装備が無い事は、とっくにジョーが見抜いていた。
「博士、あいつらはギャラクターの可能性があります。
 他の攻撃が失敗した場合、最後に満を持して登場して来るつもりでしょう」
「では、まだあのヘリのような攻撃があると言うのかね?」
「ええ。街中に戻ろうとしているのを察知して、どこかから狙撃して来ようとしているのかも知れませんよ」
ジョーは緊張を解かなかった。
科学忍者隊のメンバー全員から南部博士の生命を預けられているのだ。
重要な任務だった。
コンドルのジョーとしても、個人のジョージ・浅倉としても……。
「国際会議場へ行く途中に大きな橋があります。
 俺が狙撃するとしたらそこの地点を狙いますね」
ジョーは顎に手を当てた。
「ビル街の上から狙撃するには、相当の射程距離を持ったガンを使わなければ、移動する車の中を狙うのは無理でしょう。
 先方もこちらに防弾ガラスが付いている事は知っているでしょうしね。
 だとすれば、あの橋。
 あそこで左右からさっきのヘリで挟み撃ちして、バズーカ砲などで車毎焼き払う。
 奴らの手口として考えられるのはそれです」
「そこまで思い至っているのなら、どうして街中に戻ると言うのだ?」
南部博士は当然の疑問をぶつけて来た。
ジョーはそれには答えず、
「一般車を一時通行止めにする事は出来ますか?」と訊いた。
「私1人の為にそれは無理な事だ」
「そうですか…。それならこっちで発炎筒を焚いたら、一般車は驚いて橋に入って来ないかもしれませんね」
「ジョー、人騒がせな事を考えては行かん」
「いえ、その後の方が人騒がせですよ。人々を近づけては行けません。
 ギャラクターの被害者を増やしたいんですか?」
ジョーは強い眼で、ミラー越しに後部座席の南部博士を見た。
「あれ以上山道を走っていても、奴らはもう来ませんよ。
 それよりもどうしても国際会議場に行く為には通らざるを得ない、あの橋で待ち構えているのは必至です」
「ジョー……」
南部博士はポケットチーフで冷や汗を拭きながら考え始めた。
「会議を延期すべきだったかもしれんな…」
最初からジョーが思っていた言葉が飛び出した。
「もう動き始めているのです。仕方がありません。
 各国のお歴々を『お待たせしない為』にも、行くしかないでしょう。
 博士が居なければ始まらないんですから。
 まあ、会議場に行ってからもひと悶着ありそうな気がしますけどね」
ジョーの嫌な予感は当たる。
健達はそれを防ぐ為に先に現地入りしているのだ。
「あの怪しい車、相変わらず付かず離れず尾いて来ますね。
締め上げてみますか?」
ジョーが訊いた。
「放っておきたまえ。危害を加えて来ない限りはこちらから手を出す必要はない」
「解りました。でも、あれが何らかの鍵を握っている気がするんですよね。
 指令基地にでもなっているんだと思いますよ」
まあ、博士がそう言うなら、とジョーは敢えてそれ以上の詮索をする事を止めた。
それよりもこれから差し掛かろうとしている橋に着いた時の事を考えなければならない。
平日の日中で今の処、幸いにして道は空いている。
あの橋もそうだといいんだが…、とジョーは思っていた。
実は下に大きな川が流れており、景色がいいので、ついゆっくり走りながら見物している車も多いのだ。
即ち渋滞になりやすい。
ジョーはそれを心配していた。
発炎筒で騒ぎを起こして、退避させるのが一番だろう、とジョーは判断していたのだ。
南部博士は余り賛成出来ない気分のようだが、止むを得ないだろう。
それについてはもう口を挟む事はなかった。
ジョーは発炎筒を用意して橋に差し掛かる間合いを計った。
右側のウインドウを開け、素早く火を点けた発炎筒を投げ出し、自分は車を路肩に寄せて、橋の真ん中でストップした。
まるで、狙ってくれ、とばかりに。
その間に発炎筒騒ぎで、一般車が橋から我先にと退去して行った。
事故が起こらずに済んで、ジョーはホッと一息ついた。
「博士、身を低くして、絶対に降りないで下さいよ。
 この中に居れば、防弾ガラスがあって安心です」
「君が言うようにバズーカ砲で狙って来られたら一溜まりもないぞ」
「もう来てますよ!」
ジョーは車を降りて、そのルーフの上に飛び乗った。
自分が標的になる、と言った感じで自分に敵の意識を引き寄せたのだ。
博士は何をする気なのかと気が気ではない。
生命を闇雲に棄てるような事だけはしてくれるな、と願った。
左右から思った以上に巨大なヘリコプター2機に挟まれる形となっていた。
ジョーが持っているのは羽根手裏剣とエアガンだけだ。
これがG−2号機ならガトリング砲があるが、対戦車砲もない状態で、大型ヘリに向かって何をしでかすつもりなのか?
やがて間を置かずして、左右からジョーの予想通りバズーカ砲が発射されて来た。
ジョーはどう言う技を使ったのか、エアガンの前からワイヤー付きの銛を、そして、後方からは三日月型のキットを、それぞれ同時に発射して、両方のバズーカ砲を弾き返した。
その弾かれたバズーカ砲が、2機のヘリコプターに狙い違わず逆襲して、両方のヘリが同時に爆ぜたのには、さすがの南部博士も驚いた。
ジョーの天才的な技にである。
大型ヘリコプターは撃墜したが、まだ気掛かりがある。
あの車だった。
遠くからじっと今までの仔細を眺めている怪しい視線をジョーは一身に浴びていた。
「博士、まだ安心は出来ません」
車に戻るとジョーは急発進した。
今度こそついにあの車が猛スピードで近づき、公用車とカーチェイスを演じ始めた。
「博士、口の中を切らないように気をつけて下さい」
「解った!私の事は気にするな」
博士はもう運命をジョーに委ねる他なかった。
これだけの働きをした男である。
「殿(しんがり)の登場ですよ」
ジョーは幅寄せをして来る相手に、ステアリングを切って対抗した。
ドライビングテクニックなら任せておけ。
こっちの方が上だ!
ジョーにはそんな自負があった。
確かに最高時速1000kmも出るG−2号機を自在に操れるレーサーなど、彼以外にはこの世には居ない。
一流のF1レーサーでも相当な訓練を負わなければ無理だろう。
ジョーの実力は既に世界的だったのだ。
その事は南部博士が一番良く知っていた。
この車は普通の乗用車を装っていたが、装甲が相当に厚かった。
そして、車の下からは丸いカッターが飛び出して来た。
タイヤを狙っているのが解る。
ジョーはそれを避ける為に中央分離帯を使ってジャンプをした。
反対車線に入っても、先程の発炎筒騒ぎで対向車は居ないのだ。
それからジョーは左ウインドウを開けて、エアガンの引き金を絞った。
強化ガラスを撃ち破って、運転手をワイヤー付きの銛で直撃した。
その穴から羽根手裏剣で喉笛を貫くと言う念の入れようだった。
これで怪しい車は蛇行をし始めた。
橋げたにぶつかって爆発を起こしているのを尻目に、ジョーは橋を走り抜けた。
その先にもまだ狙撃者が居ないとは限らない。
ジョーの強い警戒はまだ解かれてはいなかった。

『ジョー、そっちはどうだ?ジュンの方はギャラクターに襲われたらしい』
健からの通信が入った。
「こっちもだぜ。大分念を入れて襲い掛かって来やがったが、どうやら落ち着いたらしい。
 だが、まだ油断は禁物だ。
 で?アンダーソン長官は無事か?」
『ロジャースの確かな腕前と、ジュンの機転で無事に国際会議場に到着した』
「そうか。こっちはもうすぐだ。3回も攻撃にあったんでな」
『やはり博士だけは執拗だったんだな。俺もそっちに居れば良かった』
「いや、何て事はねぇさ。博士は無事だ」
「ジョーの働きは素晴らしかったぞ。諸君にも見せたかったぐらいだ」
「博士、冗談を言っている時ではありません。
 まだ気を抜かないで下さいよ。
 健、通信を切るぜ」
『解った。最後まで充分気をつけてくれ』
「ラジャー」
ジョーは決して気を抜かずに国際会議賞の車寄せまで到着した。
博士はまだ車から出さない。
ジョーは自分が先に降りて、辺りを睥睨した。
各国の重鎮を乗せた車が次から次へと到着している。
それの護衛に就いているSPまでをも、ジョーは監視の眼の中に入れていた。
どうやら大丈夫そうだ、と彼が考えるまでに1分程を要した。
「博士、もう大丈夫でしょう」
ジョーは車のドアを開けた。
博士を狙っている狙撃者らしき姿も全く見当たらなかった。
後は何かあるとすれば、会議が始まる前か、会議の最中か。
ジョーは暗澹と思いを巡らせた。
その時、建物の中から出て来るロジャースの姿が見えた。
相変わらず男前だ。
ジョーは科学忍者隊である事をロジャースには知らせていないので、知らぬ顔を通した。
車から下りる南部博士を見守っている風を見せて、背中を向けていた。
「南部博士」
ロジャースが話し掛けて来たので、仕方なくジョーは振り向いた。
だが、話し掛けられているのは博士なので、そっと身を開いた。
ロジャースを見る限り、彼を装った刺客ではなさそうだった。
「その節は有難うございました」
「礼なら私の養子に言うがいい。私は何もしていない」
博士は早く会議場に入らなければ、と言う思いもあったのか、それだけロジャースに声を掛け、ジョーを促した。
「行くぞ、ジョー」
「はい」
科学忍者隊のG−2号は『ジョー』と言うのか、とロジャースは思った。
何となく面影が似ているが、まさか、と彼はその考えを打ち消した。
身内をあんなに危険な任務には就かせないだろう、とロジャースは考えた。
生身のジョーの身のこなしを見ていれば解るのだろうが、ロジャースはその時殆ど気を失っていたので、そこまでは解らなかったのだ。
それでいい、とジョーは思った。
正体を知られる訳には行かない。
また平服の時に出逢う事があれば、その時名乗り合えばいい。
ジョーは博士を守って、会議場の建物の中へと忍び入った。
ジュンも既に長官に就いて中に居る筈だ。
これで科学忍者隊のメンバーが5名、揃う事となった。




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