『嵐の予感(3)』

「嵐の予感はまだまだこれからだぜ」
ジョーは仲間達に向かって呟いた。
「博士の狙いようが半端じゃなかった」
「随分大変だったようだな。博士から聴いた。時間が掛かったのも頷ける」
「大規模な攻撃を仕掛けて来やがった」
「発炎筒を焚いたとは、大胆だったな」
「人々を避難させる為さ」
「ジョーの兄貴、冴えてるじゃん。でも、かっこいい処を1人で全部持ってっちゃったな」
甚平が親指で鼻を掻いた。
「そんな事言ってられるかよ?問題はこれからさ。
 健、やられた要人もいるのか?」
「ああ…。SPが就いていながらも3人が暗殺されている。
 全て南部博士のポジションの重要な部下だったそうだ…」
健が沈痛な表情になった。
「じゃあ、博士も辛い処だな」
「ああ。これで会議まで邪魔されたんじゃ、今日会議を決行した意味がなくなる。
 俺達は何としても、ギャラクターを阻止する」
「解ってる事さ。で?会議場を探ってみて、どうだった?」
「まず、建物内に爆弾などのテロに使う物は見つかっていない。
 会議場に入る人々の手荷物検査と人体(にんてい)調査にも俺達が立ち会ったが、怪しい人物は特定されていない」
「表の警備は国連軍がするんだって?」
ジョーが訊いた。
「ああ、俺達は此処の中と入退室者のチェックをするようにとの博士の指示だ」
「チェックしてねぇとすれば、各国のSPや此処の警備員か…」
ジョーが1人ごちた。
「俺達も念の為注意して掛かっている。ジョーも良く気配を見ておいてくれ。
 誰が何をしでかしてもおかしくない状況だと思っている」
健はさすがにリーダーらしい事を言った。
ジョーは顎を引いて頷いた。
「全く健の言う通りだ。博士を狙った時のあの用意周到さから見ても、二重三重に策が練られている筈だぜ」
「場合によっては、会議を中止して貰わなければならない事もあると思うが、犠牲者を出してまで行なう会議だ。
 出来れば予定通り進行させたい。
 俺達は隠密裡に陰で襲撃して来る敵を倒して行く。
 会議場の中の警備は、甚平と竜に任せる。
 何かあったら必ず連絡を入れる事。
 俺とジョーとジュンは会議場外の回廊の警備だ。
 これだけ大規模な会議だと精鋭部隊を送り込んで来る可能性もある。
 各自努々油断をするんじゃないぞ」
「ラジャー」
健の指示に全員が答えた。
外周りになった3人はそれぞれに分かれて巡回を始めた。
甚平と竜は中に入り、怪しい行動を起こす者がいないか、厳しい眼でチェックを始めた。
会議は物々しく始まっていた。
『ジョー、ジュン。侵入者があったらすぐに知らせてくれ』
「解ってはいるが、侵入者は1箇所から纏まって来るとは限らねぇ。
 その時は俺達は孤立無援だぜ。
 その事を忘れちゃなんねぇ」
『勿論だ。敵の出方が解らない以上、仕方がない。
 念の為に言っている事だ』
『ジョーだって解っているわよ』
ジュンの声もブレスレットから入って来た。
「SP達はロビーに固まっている筈だ。そいつらも怪しいと思う。
 俺はそっちに注意を払いてぇ」
『解った。俺とジュンはこの回廊を警備している人物に注意していよう。
 ジョー、そっちは任せたぞ』
「ああ」
ジョーは生返事をしながら、ロビーを見た。
その眼が急に1点に絞られた。
「健、後で連絡する」
ジョーは一旦通信を切って、気配を殺した。
ロビーにはさっき帰った筈のロジャースが居たのだ。
アンダーソン長官の送り迎えをする為に、黒いスーツを着ており、それが良く似合っていた。
運転手は駐車場の車で待機するのが通例だが…?
ジョーは不審に感じて、ロジャースを凝視した。
(まさかギャラクターに再び洗脳されたんじゃあるめぇな?)
ロジャースを疑いたくはなかったが、今は何事も疑わなければならない時だ。
少しの事も見逃してはならない。
「健、ロビーのSPの中にロジャースが紛れ込んでいる。
 おかしかねぇか?」
『何だって?彼はさっき車止めに戻った筈だぞ』
「ああ、俺も見た。だが間違いなく、ロジャースだ。
 駐車場を確かめて来たい処だが、此処を離れる訳には行かねぇ。
 暫く注意して動きがないか監視してみる」
『解った。そうしてくれ。
 ギャラクターの変装である可能性もあるからな』
「ああ、俺だってそうである事を祈りてぇぜっ!」
ジョーは答えた。
「だが、そうなると、ロジャースは意識を失っているか、悪い場合には殺されているかもしれねぇ。
 それがギャラクターの常套手段だからな」
『国連軍に調査を依頼しよう。アンダーソン長官の運転手と言えば解るだろう。
 少し待っていてくれ。監視を怠るな』
「ラジャー」
ジョーはロジャース、若しくはロジャースの姿をした誰かから視線を外さなかった。
だが、その間にも、周囲に気を払う事は忘れなかった。
彼の動体視力は優れている。
広い視界の中で誰かが動けば、すぐに解る。
少しでも怪しい動きを見せれば、静かに眠らせる事ぐらいは朝飯前だった。
口を押さえてちょっと首筋に手刀を入れてやればいい。
後は身体を抱えて、そっと横たえれば済む事だ。
だが、今の処、おかしな行動をする者は見受けられなかった。
ジョーはロジャースに集中していた。
『ジョー、国連軍から連絡が入った。
 ロジャースはアンダーソン長官の車の運転席でクロロホルムを嗅がされて失神していた』
「それで充分だぜ。奴は偽者だって事だ。徹底的にマークする。
 今の処、ロビーには他に怪しい奴らは見当たらねぇ」
『そうか。俺とジュンの方も、今の処異常なしだ。
 会議場の中の甚平と竜からも何も報告はない。
 今の処、そのロジャースに化けた男の動きを見張っているしかなさそうだ』
「解ってる。それは俺に任せてくれ。
 おめぇ達は持ち場を離れられねぇだろう?」
『ああ、任せたぜ』
健からの通信は切れた。
ジョーは慎重に壁の陰からロジャースの偽者の姿を窺った。
今の処、ロビーで他のSP達と共にコーヒーを飲み、寛いでいる風だったが、SP達はどの要人を護衛して来たかすらお互いに話さない程、ピリピリとしたムードを醸し出している。
ロジャースの偽者も決して誰とも会話をしなかったが、彼だけリラックスムードが漂っているのを、ジョーは感じ取っていた。
(何故、あんなにリラックスしていられるのか?
 これから会議場を襲おうと言うのに、随分と余裕じゃねぇか…?
 まさか、ベルク・カッツェじゃあるめぇな!)
ジョーはそんな事を思った。
確かにそれは考えられる。
彼の正体がカッツェならその余裕も頷けると言うものだ。
だが、まだ行動を起こさない以上、いきなり行ってその仮面を剥がすのもどうか?
ジョーは悶々としていた。
ベルク・カッツェであると言う証拠は全くない。
もしかしたら、ブラックバードなどの精鋭特殊部隊の隊長である可能性もあった。
だとすれば、動き出すのを待った方が得策だ。
ジョーは彼の監視をしていて、ふと気がついた。
足元にさり気なく紙袋が置かれている。
手荷物検査はした筈だ。
それにSP達は全員手ぶらだ。
怪しいとは思われなかったのだろうか?
良く見るとロジャースに変装した男は、ネクタイを外している。
ジョーは天井へと跳躍し、上からそっとその中身を窺った。
どうやら外したそのネクタイを紙袋の中に入れていたようだ。
一見他には何も入っていないように見える。
ネクタイでは、何か爆発物や武器などを持っていたとしても、隠しようがないから、簡単に手荷物検査は済んだ事だろう。
ジョーは元の壁の陰に戻って考えた。
(待てよ…。あのネクタイ自体が武器や爆弾だったとしたら?)
ジョーの勘は良く当たる。
それが武器である可能性は否定出来なかった。
ネクタイが武器だとしたら、鞭などの打撃系か?
それとも形状を変えて来るのかもしれない。
或いは、ダイナマイトを腰に巻いて自分自身を特攻隊にするような爆弾なのかもしれない。
だとすれば、あれはカッツェではないと言う事になる。
いつ動き出すか一時も眼を離せない。
ジョーはこれまでの状況をそっと健に報告した。
『解った。引き続き監視を頼む。俺もその男、相当怪しいと思う』
健は最初にロビーを見に行ったジョーの勘に恐れ入っていた。
(さすがにジョーはこう言う時に目鼻が利く…)
内心で呟いていた。
博士の護衛兼運転手の経験も物を言っていると思った。
健は自分の任務を怠り無くやり過ごしながら、ジョーからの連絡を聴き逃さないようにと注意を払っていた。
ジョーが慎重に監視する中、ロジャースの姿をした男がやおら紙袋を持って立ち上がった。
トイレに行く風の気軽な感じである。
警備の者に声を掛けられたので、一言二言話していた。
多分「トイレに行く」と言ったのだろう。
警備員がトイレのある場所を指し示して、別の方向に歩き始めた。
だが、ロジャースに変装した男はその方向ではなく、会議場の方へと歩いた。
「どこへ行くんです?」
先程応対した警備員が止めようとした時、紙袋が舞った。
警備員はネクタイで首を絞められ、電気ショックを流されて一瞬呻いた末にバッタリと斃れた。
「敵さんが動き出したぜ!」
ジョーはブレスレットに向かってそう告げると、ロジャースの偽者の前にビュンと音を立てて、姿を現わした。
その瞬間、男は3人になった。
警備員の中に仲間がいたのである。
ジョーはさすがにそこまでは読んではいなかった。
「警備員の中に仲間が居た!」
ジョーは健に伝えると、羽根手裏剣を唇に咥えた。
敵もまさかこの段階で抑えられるとは思っていなかったらしい。
不意を突かれたような表情をしていたが、科学忍者隊のG−2号が相手と知って、舌なめずりをした。
仮面を剥ぐと、案の定精鋭部隊のブラックバードが現われた。




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