『嵐の予感(4)』

ジョーは仮面を剥いだブラックバード3人と対峙した。
『ジョー、こっちも警備員が正体を現わしたぞ!
 ブラックバード隊ではないが、今は応援に行く事が出来ん!』
『こっちもだわ!』
「俺の事は構うな。自分の相手だけに集中してくれ」
『ジョー、気をつけろよ』
「解ってる!」
ジョーはロビーの連中に向かって叫んだ。
「全員、今すぐ外に避難しろっ!
 こいつらはSPのあんた達でも手に負えねぇ精鋭部隊だっ!」
SP達は科学忍者隊にそう言われては退路を取るしかなかった。
整然と落ち着いて退去して行く処はさすが肝が据わっている。
一般人なら我先に、と出口に殺到する筈だ。
表には国連軍もいる。
外にもギャラクターが押し寄せたとしても、自分達で何とかするに違いない。
SPも国連軍も科学忍者隊には敵わないにしても、闘う為の訓練を受け、その仕事に誇りを持ち、生命を賭けている。
健達はより会議場に近い場所で敵を喰い止めている。
此処を早く片付けて応援に行きたい処だ。
だが、ブラックバードが3人。
そうは問屋は卸さない、とジョーも覚悟を決めていた。
ロビーはたちまち戦場と化した。
ジョーは縦横無尽に動き、ブラックバードを威嚇した。
1人も逃がす物か、と意気込みが伝わった。
この際、ロビーの設備が滅茶苦茶になっても仕方がなかった。
ブラックバードはそれ位の事をしなければ倒す事は出来ない。
ジョーはロビーのソファを片脚で蹴って、跳躍した。
1人のブラックバードに狙いを定める。
だが、仲間2人がなかなかジョーに攻撃をさせない。
三位一体となって、ジョー1人に集中攻撃を掛けて来る。
さすがのジョーも、敵の電気ショックネクタイに捕まった。
首を締められる。
バードスーツはある程度電気ショックから身を守ってくれるが、それでもこれは身体に堪えた。
意識を失う寸前まで来た時、ロジャースが国連軍から無理矢理に借りて来たマシンガンを持って闖入して来た。
彼は自分を利用したギャラクターに恨みを持っていた。
「ろ…ロジャース、来ては、行けない…っ」
ジョーは辛うじてそう言ったが、ロジャースは引かなかった。
マシンガンでジョーに電気ショックを送っているネクタイ型の鞭を切った。
ジョーは無罪放免された。
「有難ぇ。ロジャース、此処は俺に任せて外に出ていろ。でないと死ぬぜ!」
ジョーはロジャースに背を向けたままそう言うと、ブラックバードに向かって行った。
膝から回転する刃が飛び出した。
ジョーはそれを巧みに避け、羽根手裏剣を繰り出した。
ロジャースは離れた場所からそれを見ていた。
何となく彼の闘い方に既視感がある。
それが誰だったのか、薄っすらと記憶が甦って来る。
自分が意識朦朧としていた時だった。
あの彼は武器を使ってはいなかったが、もしや…?
名前も同じジョーだ。
先程南部博士と逢った時に打ち消した考えを、ロジャースはもう1度甦らせた。
そして、ジョーを死なせるものか、とマシンガンを構え直した。
せめて邪魔をしないように援護はしたい。
別のブラックバードの動きを牽制する事ぐらいなら出来る。
それを見ていた国連軍の有志が同様に中に入って来た。
ジョーは羽根手裏剣を敵の眼に向かって繰り出した。
片眼に確かに命中したが、片方の眼をやられた位で怯むブラックバードではなかった。
ジョーはエアガンを容赦なく心臓目掛けて発射する。
撃った処で、一時的に身体機能を止めるのみだ。
死には至らない。
そう言った意味での殺傷能力なら、国連軍のマシンガンの方が優れていた。
敵の隊長に『おもちゃ』と揶揄されたのも、そこに原因があった。
ジョーはついにブラックバードの1人を倒した。
だが、残りはまだ2人いる。
敵の膝蹴りには充分気をつけなければならなかった。
いつも、ブラッグバードと対峙する時には、注意を怠らなかった。
だが、ジョーには守るべき者が出来てしまった。
「ロジャースと国連軍は引け!危険過ぎる!」
ジョーは叫んだ。
だが、彼らは引かなかった。
その時、ブラックバードの1人がロジャースに向かって飛んだ。
ジョーはそれをエアガンで阻止しようとしたが、間に合わなかった。
「ロジャースを放せ。彼に用はねぇだろう?
 おめぇの相手はこっちだ」
ジョーがそうしている間にももう1人が彼に迫っている事に気付いていた。
「人質を取って挟み撃ちるするつもりかい?汚ねぇ野郎だ」
ジョーは吐き捨てた。
後方から来たブラックバードが膝蹴りを繰り出して来た処を、ジョーはバック転をして避けた。
そのまま敵の頭に脳天から重いパンチを入れる。
敵はすぐさま意識を奈落の底へと手放した。
だが、その瞬間、ジョーの胴には一瞬だけ隙が出来た。
ロジャースを人質に取っていたブラックバードはその一瞬をしっかりと捉えた。
ジョーに回転する刃で膝蹴りを入れた。
それは彼の腹部を直撃した。
肉の抉れるグシャっと言う音がして、ジョーの腹部からは血がボタボタと垂れた。
ジョーは信じられないものを見たと言う表情になった。
「ぐっ!」
それでも意識を失ってなるものかと、身体に力を入れた。
眼が血走っている。
そして、羽根手裏剣を繰り出し、彼の腹部を傷つけたブラックバードの喉元を貫いた。
その動きをした衝撃で腹部からは却って血が溢れ出た。
体脂肪の少ない彼は、恐らく筋肉を断たれ、内臓を傷つけられたものと思われる。
ロジャースは後悔した。
自分が出て来なければこんな事にはならなかった筈だ。
「け…健……」
ジョーはブレスレットに向かって、弱々しい声で呼んだ。
『ジョー、どうした!?何があったんだっ!?』
もう健の問いには答えられなかった。
健は異常を察知し、会議場の中にいる竜に自分の代わりをするように求めた。
そして、自分はジョーの元に飛んで来た。
ブラックバードは3人全員倒れているが、羽根手裏剣で喉笛を射抜かれて斃れている者を除けば、また息を吹き返す筈だ。
「ジョー、どうしてこんな事に?」
ジョーが油断をするとは思えなかった。
「俺のせいだ。俺が彼を援護するつもりで、逆に人質にされてしまったから…」
横で腰が抜けて膝を着いて泣いているロジャースを見て、健は全てを察した。
健はロジャースをしゃきっとさせる為に往復ビンタをした。
「国連軍と一緒に彼を運び出し、応急処置をしてくれ」
「わ…解った…」
国連軍の有志がやって来て、ロジャースを含め3人がジョーの身体を運んだ。
健の憎悪に火が着いた。
ジョーが脳天にパンチを入れた男が意識を取り戻し、会議場に向かってよろよろと走り出そうとした。
健がブーメランでその行く手を遮った。
しこたま首に当たった筈だ。
打撃を与えるのではなく、健は刃が付いた部分を当てたのだ。
血が飛び散り、男は即死した筈だった。
健は眼を背けた。
殺さないのが科学忍者隊の任務だが、どうしようもない事もあった。
しかし、今度は最初にジョーが眼を射抜いた者が意識を取り戻した。
「くそっ、あの野郎、俺の眼を…」
羽根手裏剣を右眼に刺したままの状態で、ブラックバードは呻いた。
健は怒りに任せて、敵の両膝にある回転刃をブーメランで破壊した。
だが、刃(やいば)はまだ肘にもある。
それが残っている限り、まだ敵は動く事が出来る。
歩けなくなった訳ではなかった。
健は華麗なジャンプを見せて、敵の鳩尾に重い膝蹴りを入れた。
これで敵は完全に意識を失った。
手強いブラックバードは倒したが、ジョーの事が心配だった。
だが、まだ任務中だ。
外に出てジョーの容態を確認している暇はなかった。
先程竜に任せた敵を倒す為に、健は一旦その場に戻らなければならなかった。
(ジョー、無事でいてくれ……)
祈るような思いで、ジョーが大量に流した血の海をじっと見つめてから、健は引き返した。

ジョーは外の駐車場に運ばれ、急遽設営された医療テントの中で血止めの応急処置を受けていた。
余りにも酷い傷なので、ドクターズヘリが手配された。
だが、彼らにはジョーのバードスタイルを解く術が解らなかった。
「まだ…任務が残っている。
 離脱…する訳には…行かねぇ、んだ…」
ジョーは意識を取り戻すと起き上がろうとした。
「まだ止血が完全ではありません。
 動いたら貴方は出血多量で死にますよ!
 内臓もやられているんです。
 重傷なんですよ!」
国連軍の医療部門の人間がそう言ってジョーを押し止(とど)めた。
「これ…ぐら、いの傷…、大した事ぁ、ねぇ。
 いつもの…事だ……」
そう言いながら無理矢理に起き上がったジョーは、「ぐっ」と呻いて大量の血を喀いた。
「無理です。死にに行くようなものです。
 早く手当をしないと本当に危ないんですよ。
 此処はお仲間に任せて…」
「何人もの人が…犠牲になって、までも…開催、されている会議だ。
 俺だけが、戦線を離、脱する訳には…行かねぇ、んだ……」
ジョーは男性従軍看護師の手を振り払った。
そして、フラっと立ち上がった。
立ち上がる力が残っている事に医療従事者達は驚きを隠せなかった。
ジョーの意志の力は強かった。
「ジョー、お願いだからやめてくれ。
 俺のせいなのは解っている。
 後でどれだけ責められてもいいから、病院で治療を受けてくれ」
ロジャースが土下座をするような形でジョーに一心に自分の願いを聞き入れてくれるように頼んだ。
「俺は…足手纏いに、なった事を…とやかく言うつもりは、ねぇ。
 それよりも、今、此処で…俺を止めたら、そっちの方こそ、恨むぜ」
ジョーの瞳は険しかった。
彼の不退転の意思を、ロジャースは感じ取っていた。
どうしてそこまでして『任務』に拘るのかは解らなかった。
ジョーが自分の残りの生命を意識し始めている時期と重なっていた事を、まだ誰も知らなかった。
ジョーは朦朧とする意識の中、ある事に気付いてハッとした。
「……甚…平!…応答、しろっ!」
『どうしたの?ジョーの兄貴?』
「その中にいる、全員に…今すぐ、ネクタイを、外させろ!
 いいか、全員、にだ。南、部博士、も例外じゃ、ねぇ。
 蝶…ネクタイのアンダー、ソン、長官、もだ…」
『ジョーの兄貴、どうかしたの?
 さっき竜が兄貴に呼び出されたけど?』
「つべ…こべ、言うな…。今、俺も、そっちへ行く…。
 早く、するん、だ…」
ジョーは強引に走り始めた。
止血帯から血が漏れた。
「危、ねぇ…。早く、しねぇと、皆殺し、にされる……」
ジョーは呟くと医療関係者の制止を無視して、会場内へと向かった。
ロジャースが続こうとしたのを、国連軍の人間が止めた。
また足手纏いになっては、と言いたいのが解ったので、ロジャースは唇を噛んで踏み止(とど)まった。
ジョーは会議場に転がり込むようにして辿り着いた、
「もたもた、してねぇで、早くネクタイを外、すんだ!
 電気…ショッ、クが……」
ジョーはそこまで言って、「ぐ、ふっ!」と血を喀くとその場に倒れ込んだ。
甚平の言葉にはぐずぐずしてなかなか従わなかった連中も、鬼気迫るジョーの姿と『電気ショック』の言葉を聴いて、すぐにネクタイを外した。
南部博士はそれを部屋の中央に集めさせた。
「全員、部屋の外に出るのだ!」
博士の指示に従い、会議を中断して粛々と部屋を出る出席者を見て、ジョーがよろよろと立ち上がった。
「ジョー!」
「ジョーの兄貴…」
「下がって、ろ……」
ジョーはエアガンのバーナーでそれを焼いた。
バチバチバチっと激しく光と音を立てた後、黒焦げになった布の束は、やがて不気味な程に静かになった。
焦げ臭い臭いが立ち込めた。
当然乍ら、ただのネクタイではなかった事は間違いようがなかった。
どうやったのかは謎だったが、全員のネクタイが何らかの方法で差し替えられていたのは明らかだった。
ジョーの勘は此処でもまた的中した。




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