『嵐の予感(5)/終章』

「ぐ…はっ!」
壁に寄り掛かるように倒れ込み、血を喀いたジョーは、顔面蒼白だった。
回廊の敵を片付けて来た健、ジュン、竜も駆け付けた。
「ジョー!手当を受けろと言った筈だぞっ!」
健の非難する声に、ジョーは力なく笑った。
「健、しかし、ジョーの機転によって皆が救われた事は事実だ…」
南部博士がポケットチーフでジョーの腹部を押さえながら言った。
止血帯で丁寧な軍隊式の止血処理はなされていたが、無理をして動いているので、出血は止まる事を知らない。
「健…、外はどう、なんだ?会議、は続け…られそうなのか?」
「ジョー、それ以上口を利いては行かん」
南部がジョーを止めた。
竜に手伝わせて、そっとジョーを横たわらせる。
「会議はほぼ結論に達している。後は議決を残すのみだった。
 諸君は心配しないで宜しい」
南部はジョーの脈を取り、頚動脈に触れた。
「微弱だ…。健とジュンは此処に残り、甚平、竜はジョーと一緒に退避せよ。
 国連軍に担架を要請する」
「博士、俺が連絡します」
健は後ろを向いて、表の国連軍と通信を取った。
「博士、ドクターズヘリがもう待機しているとの事です。
 今、ジョーを運びに来ます」
「博…士……」
ジョーが弱々しく呻いた。
「心配するな。君のお陰だ。議決を続ける事は出来る。
 もう危機は去った。後は健とジュンに任せなさい」
南部博士は穏やかな声でジョーの耳に囁いた。
それを聴いたジョーの意識がゆっくりと途絶えて行った。
それと共に全身が弛緩した。
南部博士が急いでジョーの変身を解いた。
治療をして貰うには仕方がない。
一部の人間に正体を見られる事になるが、止むを得ないと南部博士は判断したのだ。
それからすぐに担架がやって来た。
平服に戻ったジョーのTシャツはぐしゃぐしゃに引き千切られていた。
止血帯で傷口は隠されているものの、余りの酷さにジュンはそっと眼を逸らした。
ジョーはその担架にそっと乗せられ、ドクターズヘリでISO付属病院へと搬送され、緊急手術を受ける事となった。
甚平と竜が付き添っていた。

その後、会議は別室に場を移して、健とジュンの護衛の下、残りの採決が執り行なわれ、無事に終了した。
帰途に襲って来る事はもうないだろうと思うが、SP達には充分に注意するように、と南部博士が訓示を行なった。
アンダーソン長官には、普段からSPが就いている。
長官はジュンとロジャースの護衛はもう要らないだろう、と告げた。
それよりも重態のG−2号の元へ向かってやってくれ、と言って長官は踵を返した。
南部博士を始めとして、バードスタイルの健とジュン、そしてロジャースが病院へと向かった。
手術はまだ続いていた。
手術室の前ではバードスタイルを解かないままの甚平と竜がしゅんとして待っていた。
「博士ぇ!」
甚平は今にも泣き出しそうだ。
「どうした?竜、そんなに難しい状態なのかね?」
博士はまだ割と落ち着いている竜の方に訊いた。
「1度出て来た看護師によると、危険な状態が続いているとの事じゃわ。
 ジョーの奴、酷い傷なのに無理をしおったからのう…」
竜は悔しそうに壁を叩いた。
「だが、ジョーの機転が無かったら、私達出席者はあのネクタイの電気ショックで全員やられていただろう。
 いつ擦り替えられたのかが不気味だが…」
「生活の中まで、ギャラクターの魔の手が忍び寄っていると言う事ですね」
健が真面目な顔で答えた。
「うむ。恐ろしいテロ行為だ…。全員対策を講じるように注意喚起をしておいた。
 中にはネクタイを全部新調するなんて言う者もいたが、問題はそれよりも自宅や職場のセキュリティーにあるだろう。
 特に職場で擦り替えられた可能性が高いと私は見ている」
「そうですね。ギャラクターは全く油断ならない連中です」
健が答えた時、『手術中』のランプが消えた。
酸素呼吸器を着けたジョーは麻酔からだけではなく、完全に意識を失くしていた。
「大変危険な状態です。当分の間、ICUで管理します」
執刀医はそう告げた。
ロジャースは変身前の姿に戻ったジョーを見て、彼が科学忍者隊G−2号だったのだ、と確信した。
ジョーの生命は危うかった。
重篤な状態にある事は、誰が見ても明白だった。
希望の光はまだ見えなかった。

ジョーが一般病室に移ったのは、それから1週間も後の事だった。
それでも、若い身体の回復力は早い。
治療に当たった医師達が驚いた程だった。
健達は毎日のように見舞いに来た。
ジョーはさすがにまだ動き出す事すら出来なかった。
まだ点滴も取れず、食事も侭ならない状態が続いていた。
点滴だけで栄養を補っていた。
彼は自分の戦闘能力が落ちてしまう事だけが心配だった。
丁度健達が来ていた合間で病室に誰もいない時間が出来た。
焦りを隠さずに羽根手裏剣を弄んでいると、ロジャースが入って来た。
「済まなかった。俺のせいで…」
と項垂れるロジャースに、ジョーは、「何の事かな?」と低い声で嘯いた。
「俺はただの虫垂炎、いや、それに腹膜炎を併発したんで、ちょっと重症だっただけだぜ」
「もう、解っているんだよ。隠す事はない。
 君が科学忍者隊G−2号だって俺は解ってる。
 変身を解かれて運ばれる君を見たからね。
 手術室の前にもいたよ」
ジョーの心が逆立った。
「落ち着け、ジョー。俺は誰にも言ったりはしない。
 正直南部博士が自分の身内を科学忍者隊にしている事には驚いたが、他人にはさせられないと言う気持ちも解らなくはない。
 ジョーも辛い処だな……」
「何が辛いんだ。俺は、俺はな!
 ギャラクターへの復讐心だけで此処まで生きて来た。
 生きる糧がそれしかなかったんだ!」
ジョーの激高にロジャースはビクリとした。
ジョーの事情など彼が知る由もなかった。
「俺が南部博士の養子になっているのは、死に掛けた処を救って貰ったのが切っ掛けだ。
 両親が眼の前でギャラクターに殺され、俺も爆弾で殺され掛けた。
 南部博士が風前の灯だった俺の生命を救ってくれて、俺を死んだ事にして島から連れ出してくれなかったら、俺は死んでいたんだ」
「………………………………………」
「だから、俺は復讐を糧に生きて来た。
 死にそびれて生き返った俺には、親の復讐しか道は遺されていなかった!」
「そうだろうか?あれ程のレーサーとしての腕を持ちながら、復讐しか生き方がないなんて事はない筈だ。
 恐らくは君は復讐を遂げるまで、科学忍者隊として生きるだろう。
 でも、いつかはそれも終わる筈だ。
 聴いた処によると、君はまだ18だって言うじゃないか?
 まだ生き直す事は出来るだろう!
 絶対にレーサーとして大成出来る筈だ!
 俺はそれを信じているっ」
ロジャースは病人の枕元で話すには大き過ぎる声を出してしまった事に気付いた。
急に声を小さくした。
「もっと視野を広げろよ。未来は必ずある」
「俺に未来があるかどうかは解らねぇよ」
ジョーのその言葉が、自分が遠からず死を迎える覚悟をしている言葉だとはロジャースは気付かなかった。
「そんなに悲観的になるな。まだ君には将来があるんだから」
「将来……?」
ジョーのその言葉の後には、「将来なんて自分にはない」と続く筈だったが、ジョーはそれっきり押し黙った。
それを潮に、ロジャースは退去する事になった。
「君の怪我の原因を作った事は反省しているよ。
 また見舞いに来るから。
 とにかくゆっくり休んでくれ」
そう言って立ち去るロジャースを、ジョーは暗い眼をして眺めていた。

やがて、ジョーは回復して南部博士の別荘で養生した上で、任務に復帰した。
彼の体調の悪さは、傷の治療に専念した医師達に発見される事はなかった。
それが良かったのか悪かったのか…。
ジョーには任務から外される事が恐怖だったのだから、彼にとっては良かったのだろう。
退院の時には、ロジャースが車で迎えに来た。
健達が来なかったって事は、任務中って事だな、とジョーは思った。
すぐに飛んで行きたいが仕方がない。
「南部博士に別荘まで送るように言われている。
 暫くはそこで養生せよ、との事だ」
「折角病院から解放されたのに、まだ養生だと!?」
「焦るな、ジョー。幸い大きなレースは当分ない」
ジョーはそんな事を心配しているのではなかった。
「任務の事なら気にするな。あんたの仲間、いい奴じゃないか?
 ジョーの分まで、って頑張っているようだ」
「ふん。メカさえゴッドフェニックスに搭載してりゃあ、俺が居なくても困らねぇだろうしな」
ジョーは少し拗ねたような横顔を見せた。
「ミサイルを撃つ時と、肉弾戦の時に不在を強く感じるって言ってたよ。
 リーダーの……、『健』だっけか?」
「………………………………………」
「だから、養生はしっかりしろ。
 それが少しでも早く復帰する為に今やるべき事だ」
「おめぇ、言う事まで健の奴に似てやがる」
ジョーは小さい声で呟いた。
ロジャースにはエンジン音で聴こえなかったらしい。
「え?何?」
「何でもねぇよ」
こうして、ジョーにとっての嵐は過ぎ去って行った。




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