『羽根手裏剣、折られる』

羽根手裏剣が、折られた。
敵のマシンガンの弾丸が偶然に当たっただけの事なのだが、ジョーにとっては屈辱以外の何物でもなかった。
「ジョー、まだ拘っているのか?」
帰りのゴッドフェニックスで、健が声を掛けて来た。
「羽根手裏剣を折られたのは初めてだ。
 外してしまったのも初めてなんだぜ」
「仕方がないじゃないか。あれは偶然の産物だ。
 ジョーの腕のせいじゃない」
健はどこまでも青い瞳をして、ジョーをじっと見た。
今日の空のように透き通った綺麗な瞳をしている。
「偶然の産物?そうかもしれねぇが、羽根手裏剣を折られた事は俺の沽券に関わるのさ」
「だからって、どう対処するって言うんだ?」
「スピードだ。もっと繰り出した時のスピードを鋭くしなければならねぇ」
「で、また訓練室に篭る訳?ジョーの兄貴」
甚平が呆れたような顔をした。
「そんなに拘るような事なのかなぁ?」
「うるせぇっ!黙ってろっ!」
ジョーの一喝に、甚平は怖がってジュンに抱き付いてしまった。
そんな処はまだまだ子供だった。
「まあ、いい。好きにするがいいさ。
 急な任務が入った時に疲れ果てていないようにしてくれ」
健はそう言うと、話を打ち切った。

ジョーは、三日月珊瑚礁基地の特別訓練室に1人篭った。
羽根手裏剣を繰り出す為に手首のスナップをもっと利かせようと、彼はまず縄跳びで自主訓練を始めた。
準備体操にも丁度良い。
それはそれはいろいろな技を繰り出した。
身体の前後で縄を交差させたり、高くジャンプしてみたり、様々な事を繰り返している。
手首のスナップと身体の柔軟性がないとこなせない。
スピードも半端ではなかった。
何時の間にか健がサブの部屋に入ってそれを見ていた。
「縄跳びとは考えたものだ…」
彼は何か手伝えないかとやって来たのである。
しかし、自分は必要ないと感じた。
ジョーは1人で納得行くまでやり通す事だろう。
何の心配も要らない。
ジョーは以前からそう言う男だった。
自分1人で技を磨く。
誰の手助けも要らない、と健は思った。
帰ろうと踵を返し掛けた処、「おい、健!」と訓練室のジョーから声が掛かった。
「暇なのか?暇なら付き合ってくれよ」
珍しい事を言い出すものだと、健は眼を丸くした。
「俺を容赦なく攻撃してくれねぇか?」
「ジョー、いいのか?」
「ああ、特に羽根手裏剣を繰り出すのを邪魔するような攻撃をして欲しい」
「いいぜ。付き合ってやるよ」
「後でコーヒーの1杯ぐれぇは奢ってやるぜ」
ジョーがニヤリと笑った。

ジョーの希望で、健だけがバードスタイルになった。
「訓練にはこれ位の差を付けなきゃ意味がねぇからな」
「ジョー、怪我をするなよ」
「いいから、手加減するんじゃねぇぜ」
「解った!」
ジョーは健の答えを聴くと、跳躍して羽根手裏剣を繰り出した。
以前より鋭い、と健は思った。
ほんの僅かの間の自主訓練で、ジョーは確かに何かを得た。
健はその羽根手裏剣をブーメランで容赦なく引き裂いた。
「くそぅ。まだまだだ…」
しかし、ジョーの羽根手裏剣は次から次へと繰り出された。
健はブーメランだけでは防げなくなった。
仕方なく、マキビシ爆弾を使用しなければならない程だった。
ジョーは飛び退ってこれを避けた。
「ジョー、もう俺には防げない位の勢いになっているぜ」
「そうだろうか?」
ジョーはまだ納得が行っていない様子だった。
「正直言って、あれはただの偶然だぜ。
 そんなに躍起になる事はないんだ。
 だが、ジョーが今の訓練だけで、また羽根手裏剣の精度とスピードをアップさせているのには驚いた」
「ハン!本当かね?」
ジョーは腕を組んで、そっぽを向いた。
「嘘を言ってどうする?俺がギャラクターならお前に近寄りたくはないな。
 少なくともエアガンよりは遥かに怖い。
 エアガンは確かに打撃を受けるが、羽根手裏剣で受けた傷よりは回復が早いからな」
健の言う事は確かにその通りだった。
「俺は羽根手裏剣を折られた事がなかった。
 今、おめえにブーメランで弾き飛ばされた事だって、俺にとっては屈辱なんだぜ」
「ブーメランと羽根手裏剣じゃ威力も飛び方も違う。
 そんな事にいつまでも拘るな。
 ……と言っても、そんな処に拘るのがジョーらしいんだけどな」
健は変身を解いて、屈託なく笑った。
ジョーもつい釣られそうになる笑い方だった。
「俺には鋭さが増したように見えたぞ、ジョー。
 バードスタイルになってみれば、もっと効果が上がっているだろう。
 コーヒーは後日でいいから、バードスタイルになって納得するまでやってみろよ」
健はそう言うと、早々に訓練室を出て行った。
ジョーが納得するまで付き合っては、自分が体力を消耗し兼ねない、と、この聡いリーダーは考えたのだ。
ジョーにもそれが解った。
「ようし、バードスタイルになってもう1度やってみるか」
サブのコントロールルームに行って、ランダムな攻撃が仕掛けられるように設定をした。
特に動く物に対して、過剰な程にビーム砲が反応するように危険なセッティングを行なった。
コントロールルームにはもう誰も来なかった。
健が止めているのかもしれない、とふと、ジョーは思った。
邪魔が入らないのなら、思いっきりやってやる。
ジョーはバードスタイルになって訓練室に入った。
攻撃はランダムだ。
全く読む事は出来ない。
それに向かって、羽根手裏剣だけでビーム砲に対抗して行く。
エアガンは敢えてサブに置いて来た。
動く物に瞬時に反応するようにセットしたビーム砲は、ジョーが放つ羽根手裏剣に向かって正確に攻撃を仕掛けて来る。
だが、羽根手裏剣は端が黒く焦げる事はあっても、数あるビーム砲を確実に破壊していた。
ジョーの羽根手裏剣の腕はまた格段に上がっているのだ。
あれ程の羽根手裏剣の名手に、まだ上を行く余地があったとはある意味驚きだが、ジョーはこれで満足した訳ではなかった。
「まだまだ上を狙ってやるぜ。俺の力で無敵の羽根手裏剣に昇華させてやる!」
ジョーは羽根手裏剣を握り締めた。
どんな体勢からも羽根手裏剣を繰り出せるように、いろいろな体勢から試して繰り出してみた。
見事にビーム砲を破壊する事が出来た。
それも羽根手裏剣を掠りもされないように進化していた。
ビーム砲の攻撃は1時間と言う設定にしていたが、20分もしない内にビーム砲を羽根手裏剣だけで全て破壊し尽くしてしまい、攻撃が停まった。
ジョーは初めて、長い息を吐き出した。
思い通りの進歩はあったと思う。
だが、まだ上を狙えるのではないか、とつい欲が出てしまう。
後の訓練は、トレーラーハウスに戻ってからにしよう、と諦めてバードスタイルを解いた。
サブルームから出ると健が腕を組んで待っていた。
白いバスタオルを投げて寄越す。
「どうだ?満足が行ったか?訓練室の使用許可申請は代わりに出しておいたぞ」
ジョーはそんな事はすっかり忘れていた。
「すまねぇな…」
受け取ったバスタオルで髪を拭く。
「まだ満足している顔つきではないな。
 でも、こんなに早く出て来た処をみると、効果はあったと思うが…?」
「確かにビーム砲は全て破壊した。
 最大限の攻撃に設定したが、羽根手裏剣が掠られる事もなくなった。
 だが、何だか腑に落ちねぇ。
 まだ上があるような気がしてならねぇんだ」
「ジョーの上昇志向は今に始まった事じゃないからな。
 まだ森に戻って訓練をするつもりだろう?」
健は全てお見通しだった。
「参ったな…。さすがはリーダーだ。全てを見透かされているぜ」
「気の済むまでやればいいさ」
また健が笑った。
どうやらコーヒーをねだる為に待っていた訳ではなさそうだ。
「じゃあな」
健は背中を向けて、今度こそ帰って行った。
「ふん」
と言葉では言いながらも、ジョーは仲間とはこうも有難いものかと思った。

トレーラーハウスに戻ると、周囲の樹にぶら下げている木の板に向かって、早速1本の羽根手裏剣を繰り出した。
風が強く、板は激しく揺れていたが、彼が描いた的のど真ん中に命中した。
「森の中では攻撃を仕掛けて来ねぇからな。
 専ら精神統一の訓練をするしかしようがねぇ」
俺が目指している『上』って何だ?
ふと疑念が沸いて来た。
今でも充分にギャラクターと闘えるだけの力は蓄えている。
それだけではまだ不満な自分。
それは何故か?
結局は、いつも後手後手に回って、未だにギャラクターの本拠地を叩けない自分への苛立ちその物ではないのか?
そうなのだ。確かにそうなのだ。
それを健はジョーよりも先に見抜いていた。
だからそっとしておいてくれたのだ。
ジョーはリーダーとしての健の器の大きさに改めて感嘆した。
(あいつには敵わねぇ…)
でも、それでいい筈だ。
自分はサブリーダーとして、健をフォロー出来ればそれで満足な筈ではなかったか…。
(俺もちょっと欲張り過ぎてたようだな…)
ジョーは独り言を言うと、トレーラーハウスの中に入った。
汗を掻いていた。
健にコーヒーを奢らなければ、いや、スパゲッティーぐれぇは奢ってやるか、と思ったが、汗を掻いたままで『スナックジュン』には行きたくなかった。
(まあ、健も後日でいい、って言った事だし、明日にするか…)
ジョーはジーンズの隠しポケットからエアガンと羽根手裏剣を取り出してから、するりと裸になって、バスルームの前に置いてあるランドリーボックスに脱いだ服を放り込んだ。
背中から長い脚に掛けてのラインがセクシーだった。
洗ったばかりの爽やかなバスタオルを手に取って、シャワールームへと入った。
鍛え上げられた肉体が全身を写せる鏡に映っている。
ボディービルダー程ではないが、程好く着いた筋肉が美しい。
ジョーが自分のボディーラインを鏡でチェックするのは、決してナルシストだからではない。
訓練を怠らない為にも、自分の筋肉が落ちていないか、確認しているだけなのだ。
特に怪我をして入院した後などは熱心にチェックをする。
大概の場合、痩せても筋肉は落ちていない事が多い。
彼が病中でも筋トレを続けているからだった。
身体の衰えが、敵にいつか付け込まれる隙となる。
彼はいつも自分をそうやって戒めていたのだ。
ストイックとしか言いようがない。
やがて形の良い筋肉を、白い泡が滑り始めた。




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