『ヘビーコブラ』

ジョーは『スナックジュン』のガレージで、G−2号機のキーを弄んでいた。
もう、深夜になろうとしていた。
バイクの健と話をしていたのだ。
その仕草からイライラしている事が解る。
「何だって言うんだ?俺に何か言いたい事があるんなら、ハッキリ言えよ」
「此処ではジュン達に迷惑が掛かる。出ようぜ」
健は親指をくいっ、と外に向け、バイクに跨った。
そのまま健に続く形で、ジョーは仕方なく、着いて行った。
車とバイクを置いて、夜中の街を彷徨った。
「健、一体何だって言うんだ?」
ジョーは朝焼けの中、路肩にあったドラム缶に座った。
健の用件は、ジョーが危惧していた通りの事だった。
2人は土に塗れて身体を使っての喧嘩になった。
実力が伯仲している同士、なかなか決着は着かない。
その喧嘩の様子を見ている限り、ジョーの身体に異変があるようには見えなかった。
健もそう思いながら、ジョーを投げ捨て、上手く着地した彼に殴られていた。
拳で話をしている内に、ブレスレットが鳴って2人は停戦した。
すぐに博士の元に集まったが、その日の任務は健とジュンに任された。
だが、ジョーにはどうも嫌な予感がしてならなかった。
「おめぇとの決着がまだ着いていねぇ」
ジョーは太腿の隠しポケットからエアガンを取り出し、密かに発信器を仕込んで健に渡すのだった。
「死ぬなよ、健」
健は「邪魔だが預かっておくぜ」と言いながらも、背中のベルトにエアガンを押し込み、出動して行った。
それを虚しく、ジョーは見送った。
健が自分の身体を気遣って、ジュンだけを連れて行った事など、彼には嫌と言う程解っていた。

ジョーは健達に危機が訪れたと解るまでは南部博士の別荘内の司令室にいた。
だが、敵の飛行艇に乗り込んだまま行方不明となった事を知ると、そっと甚平や竜にも言わずに姿を消した。
ライフルは国連軍選抜射撃部隊の統率者である、レニック大佐に頼んで1本譲って貰った。
レニックは黙って渡してくれた。
本当は管理が厳しいだろうに、とジョーは感謝した。
移動の途中でエスキモー風のコートを購入した。
これで準備は万端だった。
健に持たせた彼のエアガンに仕込まれた発信器はある地方の沼地から電波を送っていた。
辺りには妨害電波が流れている筈だったが、幸いにして周波数がずれていたらしく、ジョーの発信器の電波だけは彼に受信が出来たようだ。
ジョーはライフルとG−2号機だけで健達の危機を救うつもりだった。
そして、自分の身体を、戦闘能力を、もう1度試したいと言う気持ちもあった。
先日の任務でついに皆の前で彼の症状が露見してしまった。
気付いたのは健だけのようだが、他の者もおかしいと思ったに違いない。
だが、喉元を過ぎれば何とやら、で彼らは忘れてくれた。
ジョーが無事にバードミサイルで皆を救ったからである。
それもゴッドフェニックスを操縦しながら、と言う離れ業だ。
そのお陰で、ジュン、甚平、竜は何とか誤魔化せた。
疲れていたのだろう、と思ってくれたのだ。
しかし、健だけはそうは行かなかった。
ジョーが壊した計器を見、彼が右手から血を流しているのを見て、異常を察知してしまったのである。
8歳の時に知り合い、11歳の時からは殆ど一緒にいた。
ジョーとの付き合いは長い。
健が普段から鍛えに鍛えて壮健だったジョーの異変に気付かない筈がなかったのだ。
強気の彼が「自信がねぇっ!」と発言した事でも、健はそれを確信した。
だから、今回の喧嘩になったし、任務の相棒にはジュンを選んだ。
ジョーの焦りが解るだけに、健は本当に体調が悪いのなら、しっかり養生して早く元気になった欲しかった。
まさか、治らない病いだとは彼も思っていなかった。
この時点では、ジョーも異常を抱えつつも、その死が近い事までは考えていなかった。
長くは生きられない気がしていたが、余りにも遺された時間が短過ぎたのだ。

ジョーは特に健に向けて、自分は大丈夫であると言う処をきっちりと見せたかった。
(この生命が続く限り、科学忍者隊の任務から外される訳には行かねぇんだ!)
ジョーの悲壮な覚悟は、無謀とも言える闘い振りを見て健にも解った。
ライフルの腕は相変わらず確かで、メカを運転しながら片手撃ちで健とジュンを救ったその腕前には心から感嘆した。
ライフルは通常片手で取り扱えるものではない。
やはりジョーは只者ではないのだ。
彼の働きは、八面六臂の活躍と言えた。
だが、その唯一の武器であるライフルをジョーは健に投げ渡して寄越した。
健はゴッドフェニックスを呼ぶ事を提案したが、ジョーは合体して行く敵のメカを見ながら、1人で立ち向かう事を決意していた。
「見てろよ、健!」
これは彼の心の叫びだった。
俺はやってやる!
断じて病気なんかじゃない。
まだまだやれるんだ!
ジョーは自分の不調を認めたくなかった。
健の前で、復調した処を十二分に見せたかったのである。
誰にでも失敗はある。
あの時はちょっと調子が出なかっただけだが、もう大丈夫だ…。
ジョーはそれを身を以って見せようとしていた。
健は、
(ジョー、もういい…。意地を張って無理をするな…)
と思いながら、それを辛い眼で見ていた。
ジョーはヘピーコブラの上にG−2号機で乗り、頭部に向かってつるつると滑りながらも駆け上がった。
そして、ガトリング砲で見事撃破したのである。
その手腕は賞賛に値する。
彼1人で敵のメカ鉄獣を倒した。
『グレープボンバー』戦の時に彼が言った事が現実となったのだ。
自分の身体に異変がなかった事に一番驚いたのはジョー自身だった。
沼地に降りてから、夕陽の中、暫く呆然としていた。
(眩暈も頭痛もしなかった。
 俺の身体は元に戻ったのか…?
 それならいいんだが…)
彼自身がまだ疑心暗鬼だったが、まだまだやれると自信を取り戻した事は確かだった。
此処にやって来た甲斐はあった。
健はまだ不安を完全に消した訳ではない様子だったが、ギャラクターの野望はジョーの活躍により、費えた。
やがて、健の連絡でゴッドフェニックスが彼らを迎えに来た。
「ちぇっ、ジョーの兄貴、1人で抜け駆けなんかしてさ!」
甚平がプリプリと怒っているのを、ジョーが頭に手を置いて笑って見せた。
だが、大事なデータを持ち去られた。
健はその事よりジョーの身体の方が心配だったようだが、ジョーはそうではなかった。
カッツェにしてやられた事を歯噛みをして悔しがった。
彼が来た時には間に合わなかったのだから仕方がないのだが、ジョーは自分を責めた。

それからギャラクターは1ヶ月もの間、姿を見せなかった。
その間に実は恐ろしい計画が進んでいる事を、まだ科学忍者隊も南部博士も知らなかった。
博士は別荘に篭って、カッツェの正体に関する研究に没頭し、科学忍者隊のメンバーにはそれぞれの生活があった。
この時期、ジョーは『スナックジュン』に現われなくなって来ていた。
1度レースに優勝したと言って花束を持って来たが、それ以来もう数日来ていない。
健もジュンも、甚平も竜も、ジョーの事を心配し始めていた。
最初に甚平が「ジョーの兄貴、痩せたね…」と言ったのが切っ掛けだった。
健は既に異変に気付いていただけに、やっぱりジョーには何かある、と確信した。
だが、姿を現わさない以上、無理矢理に病院に引っ張って行く事も出来なかった。
その事を彼は後で後悔する事になる。
その頃、ジョーは1人でトレーラーハウスのベッドの中、進んで行く病状に苦しんでいたのだ。
市販の飲み薬がいつも綺麗に片付いているテーブルの上に散乱していた。
相当飲み散らかしている事が解る。
苦しさに耐え兼ねて、規定量よりも多くの薬を飲んでいる。
薬のパッケージを片付けられない程にジョーは弱っており、ベッドに蹲った。
長身を丸めるようにして、苦しみに耐えていたのである。
そんな姿は誰にも見せられなかった。
健が何度か訪ねて来たが、居留守を使った。
G−2号機が此処にあるので、ジョーがいる事は解ってしまっただろうが、健は諦めて帰って行った。
そんな事が何度もあり、健は危惧を強くしていた。
しかし、博士は彼らの前に姿を現わさない。
博士に相談すべきか悩んでいたのは事実である。
でも、出来る事なら告げ口のような形にはしたくなかった。
ジョー自身が自分から言い出してくれるのを待とうと思ったのである。
健もまた、彼の病状がそれ程までに重いとは全く考えていなかったのだ。
ジョーを心配しながらも、本人の出方を見ようとしていた。
ジョーだって少年とは言え、もう18歳だ。
大人の世界に片脚を突っ込んでいる。
健はそんなジョーを尊重したかった。
その考えが間違いだったと言う事に気付いた時には、既に手遅れだったのである。
健も辛い処だ。

だが、一番苦しいのは他でもないジョーだった。
身体が病いに冒されて行く。
拠所ない処まで来て、サーキット仲間から訊いた潜りの医者に行く事にした。
しかし、何も解らなかった。
そして、受診した事を後悔した。
今更病名を知って何になる?と疑問を持ってしまったのだ。
結果この潜りの医者に診せた事で、南部博士誘拐事件を解決に導く事が出来たのだが、結果ベルク・カッツェだけではなく、ジョーの正体もギャラクターの知る処となり、最後の闘いへの火蓋が切って落とされたのである。




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